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「やはりお前は、妾の子よ不和。その不気味な角、赤い瞳。そして、その怪力。お前は鬼以外の何者でもない。それでもお前は『人』であり続けるのかのう?」
 そう、ふはははと笑いながら妬鬼姫が問う。
「ふ、ふわは……ふわは……」
 目を閉じれば、人々の笑顔が見えた。ふわの拙い漫才で笑ってくれた人々。その笑顔を愛した、血の繋がらないふわの兄。そして、自分を認めてくれたキヨと太助……それに。
「迷うな、ふわ! 痛みは半分、俺が持つ!!」
 父であるチドリの声が響いた。その言葉にふわの迷いの全てが消え去った。


第五話 結果

●遠い記憶
 ある日、ズタボロになって道に倒れていた女性を見つけた。
 どうしてこうなったのか教えてはくれなかったが、家に運んで甲斐甲斐しく面倒を見ていたら、絆されたのか、彼女は少しずつ、自分に心を許すようになってきた。
 戸惑いながらも時折見せる笑顔が、とても綺麗だった。
 完治するのにかなりの時間を要したが、ようやく体を動かせるようになっていた。
 ふと、遠くを見つめるように物思いにふけることが多くなったように思う。
 そのときにはもう、彼女思う心は……いつしか恋へ、そして愛へと変わっていた。
 気付いたときには、彼女を抱いていた。彼女も拒否すること無く、はにかみながら受け入れてくれた。

 それが、永遠に……続くものだと思っていた。
 翌日、彼女が姿を消すまでは。

「姫……」
 教えてくれた名は「つき」だったように思う。

 なぜあそこで自分は走り出したのか。
 なぜ咄嗟に「姫」と呼んだのか。
 振り向かせてみたいと思った、あの感情は何だ?
「俺、何か記憶が……?」

 はっと目覚めたのは、あの研究所だった。ゾンビに襲われたけれど、大した被害も無く、ほぼ無事な……未来のテクノロジーが詰った研究所の一室。
「夢……? それとも……」
 頭を押さえながら、漣 チドリ(AP030)は、夢うつつなまま首を振るのであった。


 夢に……いや、過去にうなされるのは、一人では無かった。
「んん……」
 うなされながらも見ているのは、過去の記憶。
 かつて、少女は……いや、幼女というべきか。幼い彼女がいたのは、遙か未来のとあるシェルター。食料はもう残り僅かになっていた。
 その食料を1番幼い子供に分け与え、最初に食事を止めたのは両親だった。
 大人から徐々に倒れていく。
「いい? 連絡がついたの……もうすぐ助けてくれるわ……だから、辛抱強く、待つのよ……」
 それが母親の最後だった。
 そして、上の子からゆっくりと倒れていき……最後に残ったのが……。

「生き残ったのは、この子だけ、ですか……」
 辛そうな顔で、グラウェルは告げる。
「はい、他の子供達も……それにご両親らしき遺体もありました……」
 カレンもまた、悲しそうな表情でそう報告している。
 幼女はわからないのか、きょとんとした顔で二人を見上げていた。
「でも、もう大丈夫ですよ」
「私達があなたを保護します」
 二人に抱き留められ、彼女だけ生き残った。

 後で聞いた話によると、丁度、周辺を調査していたグラウェル達が、偶然、幼女のいるシェルターを見つけて保護したとのこと。

「グラウェル……カレン……」
 目を覚ましたベスティア・ジェヴォーダン(AP033)は、思わず腕を伸ばした。
 そこは、迎賓館。勘九郎と共に来た場所。
「……あめ?」
 零れていた涙にベスティアの心がちくんと痛んだ。


●父と子の夜
 月が綺麗な夜。
 最初にそこを訪れたのは、冷泉 周(AP004)だった。
「君が来るんじゃないかと思っていたよ」
 迎えたのは、重造だ。周を部屋に招き入れ、応接室のソファーに座らせる。
「いろいろとお騒がせしてすみませんでした!」
 周の長い髪がさらりと揺れる。重造はそれを静かに見守りながら。
「それはいい。君がこうして無事に戻ってきたのだから。それよりも……話があるんじゃないかね?」
 そう促すと、周は適わないといった表情で懐から何かを取り出した。

 ――べっ甲の櫛。

「失礼を承知で……僕の我が儘です。捨てても構いません。隊長にお渡しすれば、父に渡る気がするのです」
 そして、もう一つは手紙。それは周の母が書いた遺書でもあった。
「その櫛は……私が彼女に渡したものだよ。何かあったら、それを持って私を訪ねるか、売るように言っていた」
「やはり……」
「これを見ても?」
 そう尋ねて、手紙に手を添える重造に周は、静かに頷いて見せた。
 中をゆっくりと読み進めていき、そして。
「……どうして、もっと早く……いや、彼女が……そうしたかったのか」
 悲しげな表情を浮かべながら、その手紙をそっと封筒に戻した。
「もうわかっているだろうが、どうやら、君は私の息子らしい。父らしいことを何一つしてこなかったツケが今、来ているようだ。……周、明日は彼らと共に皇居へ向かうのかね?」
「ええ、そのつもりです」
「出かける前に私の所に来ると良い。それまでに私が知っている皇居の地図を用意しておく。それを持って行きなさい。それと」
 重造は、周の瞳を改めて見つめる。
「必ず戻ってくるように。そして、私に渡したこの二つの品を取りに来なさい。……大切なものなのだろう?」
「はい。……無事帰還したら、たくさんご指導ください。隊長ではなく……父として」
 その周の言葉に驚くように目を見開いて。
「いいだろう。その代わり、必ず帰ってくるんだ。……お前の大切な者と共にな」
「えっ!? な、なんで……それを!?」
「いろいろと報告が来るのだよ。……ちゃんと二人で戻ってきなさい。私はここで待っている」
 周の驚きはそのままに部屋を追い出されて、周はしばらく呆然と立ち尽くしていたのだった。


 周が去った後、やってきたのは。
「失礼します」
 一 ふみ(AP022)だった。彼女もまた、重造に用があって隊長室へと入っていく。
「君も来たか」
「え? 他にも誰か来たのですか?」
 ふみの言葉に重造は笑みを浮かべる。
「ああ、冷泉軍曹……君の腹違いの兄がね」
「……え?」
 重造の言葉にふみは、驚きを隠せずに居た。
「で、ふみ。君は何をしにきたのかね? 何か用があってきたのだろう?」
「あ、そ、そうでした。これから勾玉の捜索に向かうため、皇居内の地図と后様のお姿を教えていただきたいと思いまして……」
「なるほど……」
 重造は引き出しから、一枚の写真を取り出した。
 そこには、重造と前帝夫妻と、現帝の四人が笑顔で写っていた。
「これが……后様……お綺麗ですね」
「もう少しで私の妻になるところだったよ」
「えっ!?」
「冗談だ」
 朗らかにそう重造は笑うと。
「その写真を持って行くと良い。どうなっても構わんが、もし可能ならば、彼らを……彼らのいた場所を教えてくれ。戦いの後で回収しに向かう」
「了解しました! これは必ず返しに来ますね。それに隊長の……いえ、お父さんの大切な方々を必ず見つけて、ここへ運んできます」
「場所さえ分かればいいんだが……ふみ、頼んだぞ」
「はいっ!!」
「ああ、それと地図は出かける前までに用意しておく。周と二人分用意しておかないとな」
「……わかりました」
 そういって、部屋を出る。急に父と腹違いの兄が出来てしまった。
 嬉しいのかよくわからない感情がふみの胸に押し寄せてくる。
「ふうっ……」
 重造に聞かれないように、涙を拭うと足早に自分の部屋へと戻っていくのであった。


●もたらされた真実と
 研究所では、四人がグラウェルの側に控えていた。
 カレンは他に用事があるらしく、ここにはいない。
「迎賓館の方は大丈夫かしら?」
 遠野 栞(AP031)は、迎賓館の方を見て、思わずそう呟いた。近づいてきた子猫の光をそっと抱き上げ、抱きしめる。

 ――大丈夫 お父様は強いもの。お母様と一緒にきっと無事だわ。だから私も、私にできることを頑張らなくちゃ。

 未だ安否の分からない両親のことを想い、栞は滲んだ涙を拭って、上を見上げる。

「もしよければ、ゾンビ研究を手伝ってくれませんか?」
 グラウェルが声をかけてきた。
「その、暇なら……ですけど」
 すると、栞が瞳を輝かせて。
「まあ グラウェルさんはぞんびの研究を? それが進んだら、ぞんびになる人を無くせますか? 病気になった人を元に戻せますか? それなら私、お手伝いします」
「ゾンビになった人を元に戻すことは難しいですが、これ以上ゾンビになる者達を減らすことはできるはずです。そのためのワクチン……いえ、薬を作っているんですよ」
 なるべく分かりやすいようにグラウェルがそう答える。すると。
「といっても、何ができるのかしら? そのお薬? わくちん? の被験者になれば役に立ちますか?」
 といった栞に。
「ああああ!!! そ、それは、駄目なやつ!! 君がゾンビになったら元も子もない!!」
 そう慌てて悲鳴を上げたのは、菊川 正之助(AP027)。
「被験者になってくだされば助かりますが、ダメという人もいますし、今回はしませんよ。それよりも、研究資料を見て、皆さんの意見を聞いたり、私のする研究の手伝いをお願いしたいのですよ。荷物運びとか」
「はいはーい! それなら、私もぐらさんのお手伝いします! 動いていないと落ち着かないんですよね。物を運んだりするくらいは出来ますよっ!」
 そう名乗り出るのは、有島 千代(AP025)。
「グラウェルがゾンビの研究をしていた事は察してたよ。じゃなきゃ、細胞を取ってこいなどと言わないだろうしね。それ以上に、何かあるんじゃと思ったんだが……」
 今度は氷桐 怜一(AP015)が話に加わる。
「ん? 私に何かついていますかね?」
 そう尋ねてくるグラウェルに怜一は苦笑を浮かべながらも。

 ――嘘も隠し事も無さそう、だな。となると、隠し事をしてるのはあの女……カレンの方か。こっちに来たのは失敗だったか……。

「怜一? どうかしたのですか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
 そういう怜一にグラウェルは少し、首を傾げて。
「それならいいのですが……」
「そうだ、ぐらさん! 私、気になってたことがあるんですよ。何度かぞんびに襲われてましたけど、随分ボロボロな姿とそうじゃないぞんびがいたように思えるんです。何がどうしてあんな違いが? あれですかね、鍛え方とか出身地とか、何なら食べてるものが違……うん、やめましょうかこの話!」
 千代はそういって、グラウェルに話しかける。
「あー、そうですね。食べ物が原因だと考えるのも悪くはありませんが、それ以外にも近くに居た者達がゾンビになるときもある。そのときの原因も突き止めなくては、薬は……ワクチンは作れないのですよ」
「そうなんですか……難しいんですね……」
「ええ、私も何年も研究していますからね。すぐに出来たら苦労はしませんよ」
「ところで……今ふと思ったんだけど。ゾンビは何に誘われてきたんだろう? それが分かれば安全地帯が作れるよね。それだけで安心する人多そうだし。ここの研究所を知っているのはグラウェルさんだよね……。何か心当たりはありませんか? もっと具体的に言うと、何かに狙われている心当たりというか、ゾンビを誘引する物質があったりとか。ゾンビに意思があるともあまり思えないけども……第三者がゾンビを引き寄せる何かをこの研究室に放り込んだ、とか。そもそもこの場所にそういう物質がある、とか。そういう可能性は十分ありうるよね」
 次に声をかけてきたのは、正之助。
「そうですね……ゾンビは生きているものに反応して、襲いかかってきます。人や動物、熱を持って動き回る者がいるなら、それを襲う性質があります。……が、他の者から聞いたのですが、どうやら、鬼を封じる刀が迎賓館にあるとか。この研究所は迎賓館に近い場所にありますから、その途中にある研究所にも来ていると、私は考えますね。そう考えれば、研究所を襲ってきたゾンビが少ないというのも頷ける話ですし」
 そうグラウェルは仮説を立てる。
「その辺になにかあると思ったんだけど……ただの経由地というだけ、か。そういえば何か、ボロボロのゾンビとそうでないのがいるって聞いたけど。ここに来たのはどっちが多かったとか分かるかな?」
「ああ、それならわかりますよ。カレンが調べていましたから」
「で、結果はどうだったんです?」
 前のめりになる正之助にタジタジになりながらも、グラウェルは答える。
「ボロを纏ったゾンビが大多数だったそうです。一部、この帝都の人々が着る着物や洋服を纏ったゾンビもいましたが……それでもボロ服を纏い、腐敗が進んだゾンビが多かったそうです」

 そんな話をしている間に、怜一は一人、彼らの居る部屋を出て、別の部屋へと移動する。
「まさか、こんなに早く使うとは思わなかったけど」
 怜一が目覚めた神通力は、『遠隔精神感応』。
「カレンは一体どこに居るのかわからないけれど、たぶん、できるはず……」
 思い浮かべた特定の人物と精神で会話をしたり、表層意識を読み取ったりできるその力で、怜一はカレンとの接触を図る。
「カレン、話があるのです」

 カレンは別の部屋で別の作業をしていた。
 どうやら、巨大な装置のメンテナンスをしているようだが……。
「え? 怜一さん? でも姿が……」
『神通力を使って、あなたと話をしているんだ。ゾンビのことや今回の件について、私に隠していることがあるのでは?』
 怜一はいざとなったら、カレンの心を見通すつもりであったが。
「知りたいのは、この帝都にゾンビを招き入れたことですか? それとも、我々が『未来人』だということでしょうか?」
『……その全てを、教えてくれないか』
 カレンは機械のメンテナンスを続けながら、怜一に全てを話す。それは前回、チドリ達に話した内容そのものであった。
『なるほど、腑に落ちたよ。いろいろと教えてくれてありがとう。グラウェルに言わないと言う件についても、了解した』
「それにしても……その、凄い力……なのですね」
『私も正直、驚いているところです。話はこれで充分。またなにかあったら、知らせます』
「ええ、わかりました。でもこの次は……通信機でお願いします。その、あまり気持ちよくないので」
 そう告げるカレンに了解と告げると、怜一は、そのまま、皆の要る部屋へと戻ってきた。と、入れ替わるように。
「あ、先生お帰りなさい! 私、ちょっと荷物運び頼まれたので、行きますね!」
 千代が部屋の外へと向かう。
「千代ちゃん。気をつけていくんだよ……」
 出て行く千代を見送り、怜一は告げる。
「私も医者の端くれだ。それにこの研究所の雰囲気は、何か懐かしい物を感じる。ゾンビの研究をするというなら私は役に立てる、手伝おう。あのボロなゾンビの細胞はあるか? できればそっちを重点的に、あとはきれいな方との違いを調べてみたいんだが」
「いいですよ、こっちに来てください」
 グラウェルと怜一はそろって、研究を始める。


 一方、こちらは荷物運びを頼まれた千代。
 グラウェルから頼まれた荷物を見つけて、後はこのまま戻るだけなのだが……。
「少し調べてみましょうか!」
 幸いなことに、カレンやグラウェルが操作していた箱……いや、コンピュータがそこにあった。
「だって今何が起きてるのかさっぱりですし。銃だの物騒な物がぽんと出てくるし、まともな団体じゃなさそうなんですよねぇ。急にぞんびなんてものが現れたのに、その研究をしていたなんて妙じゃないです? 研究所でやってることとか、ぞんびについてどこまで分かってるかとか、そもそも、ぐらさん達の経歴や目的がどうなのかとか、この辺り分かりませんかね」
 どう操作したらいいのかわからないが、1番大きなキーを千代は押してみた。
 ぽん……。
「まあ色々知ったところで別にどうするって訳じゃないですけどね、ぐらさん悪い人ではなさそうですし。だって知らないのって、もやもやするじゃないですか! 取るべき行動も分からなくなりま……す、し……」
 画面に表示されたのは、タイムマシン……いや、ゲートの操作方法だった。
 その中に気になることが一つ。
「え……ちょっと待って。この機械を動かすのに必要なのは……人の……命?」
 コンピュータには、当初、物の転送の際に使ったのは、キサラギ助手……カレンの母を、このプロジェクト開始時に使ったのが、キサラギ博士の2名を使用したと記載されていた。
「……機械に適合するのは、血縁者のみ。ワクチンが完成した暁に、ゲートを閉じる際は……カレン・キサラギが適任……ってことは、え? これ、どういう……こと!?」
 とにかく、ここで得た情報を近くにあった紙にメモすると、グラウェルから言われていた荷物を持って、千代も皆のいる部屋へと戻っていったのだった。


●戦いの前に
 ちくちくと、マントの端に美しい白百合の花が刺繍されていく。
 少し前に大久 月太郎(AP034)は、涼介の元を訪れていた。
 目的は二つ。
「す、すみません! 百合さんとの約束があるのに、危ないマネして……その、すみませんでした!!」
「あー、何したのか知らないけど、月太郎が無事ならそれでいいと思うぜ」
 月太郎の詳しい事情を知らない涼介は、ちょっと困った素振りを見せながら、月太郎の要望に応えた。
 それが、今まさに完成しようとしている百合の刺繍であった。
「か、完成……です」
「お、すっげえ綺麗じゃん! ありがとな!」
 さっそく受け取り、そのマントを羽織る。
「なんかさ、百合が一緒に居てくれてる気がする。大事にするな」
「涼介さん」
 そのまま行こうとする涼介に月太郎は呼び止めた。
「涼介さん……その、どうかご無事で」
「ああ、ちゃんと帰ってくるぜ」
 にっこり笑みを浮かべ、月太郎の頭をくしゃりと撫でると、涼介は皇居へと向かう一行の元へと駆けていったのだった。


 一刻も早く行こうとするベスティアの前に、一人の少年が声をかけてきた。
「ベス、もう行くのか?」
 声をかけたのは、雀部 勘九郎(AP006)。先日の帝の謁見を受けて、勘九郎はこの後、仲間と共に今だ見つかっていない勾玉を探しに行く予定だ。
「グラウェル待ってる」
「その、気をつけていけよ。今はまだゾンビ少ないみたいだけど、それでもいるからさ」
 勘九郎が自分を気遣っているのが、ほんの少し分かったような気がした。
「勘九郎、絶対に無理するな。仲間と力、合わせる」
「ありがと。お前もいざとなったら、仲間と力を合わせろよ」
 その勘九郎の言葉にこくりと頷くと。
「もう行く。勘九郎も気をつけろ」
「ああ、ベスもな!!」
 少し寂しい別れ。もう二度と会えないかもしれない……でも。
「また会おうな!!」
 遠くなるベスティアの背に、勘九郎は思わずそう叫んだ。


 それに気付いたのは、疲れてうたた寝したときに見た夢だった。
「それで、僕達はなにをすればいいんですか?」
 そう尋ねるのは、冷泉 周(AP004)。その隣には、四葉 剣士(AP032)の姿も見える。
「お二人に来てもらったのは他でもない、それがしのちょっとした実験に協力して欲しいのでござるよ」
 そう和やかに二人を出迎えるのは、役所 太助(AP023)。
「冷泉殿が四葉殿の背後に回り、その背中に手を触れて欲しいのでござる」
「……えっと」
 ちょっと困惑する周に剣士は。
「まあ、やってみればわかるだろう。役所の言う通りにしてみよう」
 そういうと、周は戸惑いながらも、剣士の背後に回り、背中をタッチする。
 それを真剣な目で見ていた太助が叫んだ。
「四葉殿、一歩前へ!」
「えっ!?」
 確かに周は剣士の背中にタッチした……感触があった。
 が、実際には一歩ズレていた。
「え? えっ!?」
 周は頭にハテナマークを大量に浮かべていたが。
「なるほど。役所の力は未来予知か」
「それよりも少し凄いかもしれないでござる。地理的条件を無視し、全体の戦況を俯瞰し運命を操る。戦いを見守る中で致命的な事象を捕捉した場合……今回は冷泉殿のタッチを阻害しようと、時間を数秒だけ巻き戻して、声をかけたでござる。いわば、『大局を見る目』でござるよ」
「そ、それは凄い! それを使いこなせば、あの鬼も……」
「但し、自分の『視力と引き換え』でござる」
「え……視力、と……?」
「さっきは1秒のみ巻き戻したでござる。この場合、強い眼精疲労止まりでござるが……実践で使うならば、10秒は必要でござろう。そうすれば、片目の失明は免れないでござるな」
 目の違和感を感じるのか、太助は左目をしきりに気にしている様子。
「……使うのか」
 静かにそう剣士が問うと。
「必要とあらば、両目とも使うつもりでござるよ」
 その決意に満ちた目に剣士は、少し諦めたかのように。
「そうならないことを祈る」
「太助さん……」
 心配そうに見つめる周に太助は笑顔で返した。
「大丈夫でござるよ。他にもたくさんの仲間が一緒でござる。この目はいざとなったときに使うだけでござるよ」


 ぽつんと一人、人気のない裏庭に座っていたのは、妬鬼姫の娘である事実を受け入れられずに、ショックを受けていた山田 ふわ(AP024)。
 そんな彼女にそっと近づく者がもう一人。
「ふわ……」
 声をかけてきたのは。
「キヨちゃん」
「大丈夫、ふわ。思い詰めな……」
「ごめん、キヨちゃん。今は、一人にして欲しいんだ」
 キヨの言葉は届かず、ふわはそのまま背を向けてしまった。
「ふわ……」
 キヨはそれでも何かを言おうとして、その肩に触れようとして、その手を止めた。
 悲しげな表情で、その手を胸にぎゅっと引き寄せると、キヨはふわを残して、ゆっくりと戻っていった。
 そんなキヨ達を偶然見かけたのが、もう一人。
 先ほど実験を終えたばかりの太助だ。
「ここ、いいでござるか?」
「太助ちん?」
 突然の太助の登場にふわは、少し戸惑いながらも。
「ん……いいけど……」
 太助は先ほどの状況を見て、キヨとすれ違っていること。ふわの傷心は深いと感じ取っていた。だからといって、その笑顔を曇らせたくはない。それに芽生えた淡い想いを秘めながら。
「ふわ殿は、鬼なんかではござらん! 角があろうがなんだろうが、その笑顔が証拠でござる」
「ふわの……笑顔……」
「そうでござるよ。皆も心配してるでござるよ。キヨ殿もふわ殿の笑顔を待ってるでござる。それに……ふわ殿のことは、それがしが絶対に守ると誓うでござるよ!!」
 そんな優しい声かけに、ふわはそっと太助の頬に顔を近づけた。
「ふへっ!?」
 そして、ふわの柔らかい唇が頬に重なる。
「ありがと、太助ちん」
 励ましてくれたお礼にと、兄にしていたようにしたのは、淡いキス。
「ふふふふ、ふわ、殿ぉーー!?」
「太助ちん、面白い顔!」
 元気を取り戻したふわは、ほんのりと頬を染めて、太助はキスに驚いて真っ赤になっていた。


 生きて帰れる保証はない。
 そう、感じたアルフィナーシャ・ズヴェズターグラート(AP020)は、メイドのハンナを呼んだ。
「お嬢様、ご用ですか?」
 いつもと変わらぬ声かけをするハンナに、アルフィナーシャは笑みを深めた。
 そのまま、そっとハンナの手を握りしめ。
「今までよく仕えてくださいました。ありがとう、ハンナ」
「お嬢様!?」
「主を助け、民を守るのが騎士の役目。お父様も、じいやもそれに殉じたのです。わたくしも……大丈夫、生きて帰ってきますの。帝ともお約束いたしましたし。お父様、お母様が一緒です。それに……頼れる仲間もいますの」
 遠くで集まる仲間の方を見て、アルフィナーシャが続ける。
「お嬢様……」
「ハンナとは、ここでお別れですの。ここに居ても良いし、祖国に戻っても……」
「いいえ!」
 ハンナは涙を堪えながら、笑顔で答えた。
「私はここでお待ちしております。ですから、お嬢様……必ず、必ず戻ってきて下さいませ」
「ハンナ……わかりましたの。必ず、帰ってきますわ」
 思わず、アルフィナーシャの目に涙が零れた。
 アルフィナーシャを想う者は、他にもいた。
「アルフィナーシャ」
 そう声をかけてきたのは、神崎 しのぶ(AP019)だった。
「しのぶ先生……」
「私が止めても、あなたはそれでも行くのでしょう?」
 そのしのぶの言葉に思わず、口を噤むアルフィナーシャ。
「ですから……無事に戻ってきてくださいね、アルフィナーシャ。あなたの戻ってくる場所は私達が守りますわ」
「先生……ありがとうございます。ここの事、よろしく頼みますわ」
 そういって、アルフィナーシャは涙ぐみながら、丁寧に以前、しのぶに教えられたお辞儀を見せるのであった。


 別れを選ぶ者もいれば、こちらは……。
「牽牛星、ちょっといいか」
 櫛笠 牽牛星(AP014)がいる部屋にそう言って入ってきたのは、天花寺 雅菊(AP013)。
「えっ……天花寺殿!?」
 戦いに向かう支度をしてた所に、突然やってきた雅菊にちょっとあたふたしてしまう。
「一体どうし……」
 牽牛星が尋ねるよりも早く、ずいっと差し出したのは。
「それ、大事なものだから死なずに返しにこい。そうじゃなきゃ嫌いになるからな」
「え? あ……これ……」
「ちゃ・あ・ん・と、返しにこい。約束したからな!!」
 念押すようにそういうと、雅菊はそそくさと部屋を後にしていった。
 雅菊が手渡したもの、それは雅菊が大切にしていた牡丹と薔薇のキーホルダーだ。
 それを渡そうと決意したのは、自分自身が帰る約束と櫛笠が帰る約束のため。
 そう、二人で生きて帰るために、そのキーホルダーを託したのだ。
「……雅菊さん」
 大切なキーホルダーをそっと抱きしめると。
「必ず……返しに行きますばい……」
 そう牽牛星は呟き、嬉しさで胸がいっぱいになるのであった。


『なら、誰かと一緒にやればいいじゃないですか』
 少々、苛立ちながらも迎賓館に戻ってきた桐野 黒刃(AP007)。
「……なんて誰が言ったかしらねぇが、簡単に言うな!」
 近くにあった壁に拳を打ち付け、続く言葉は。
「ああ無理だ、俺は無理だ。劇団のみんな以外とやるだなんて無理だ……。それに、三郎が培って壊れた城をオレが直すなんて……できるわけがねぇ」
 そう言い切って、少し気が晴れたのか、そのまま情報を得るために向かったのは、太助の所。
「おお! 黒刃殿! 姿が見えないと聞いて、心配したでござるよ!」
「まあな。ちょっと野暮用があってな。で、状況はどうなってるんだ?」
 太助からいろいろと聞いてるうちに……。
「それがしの想い人でござるか? そりゃもう、ふわ殿でござるよ」
 照れた様子で太助はそんな話をしてくる。
「まあ、まだ片思いでござるが……審判の刻を迎える前に、路上で漫才を見て、いつか都の福祉事業に出演をと声をかけたでござる。その時から彼女の笑顔が頭から離れないのでござるよ。これが恋というのかわからぬでござるが……」
「おい、それはどうあがいたって、一目惚れじゃねぇーかよ!」
 思わず黒刃がどついた。
「そういう黒刃殿は、想う人はいないのでござるか?」
「……まあ、気になるヤツは一人いるが……」
 きゅぴーんと太助の目が光った。
「誰でござる!?」
「彩葉だよ。ほら、厨房係のあの女。あのときの頭突きでオレは……いや、それよりも、そっちはどうなんだよ。それから進展とかしてんのか?」
「ほほう、黒刃殿は彩葉殿と……ん? それがしのことでござるか? むふふふ、聞きたいでござるか?」
「あ、いや、やっぱいいわ。……まぁ、頑張れよ」
 若干、食い気味に迫ってくる太助の姿に少々引きながら、黒刃は彼と距離を取るために個室トイレに飛び込んだのだった。


●寄り添う者と咎める者
 戦いの前の準備が進む中、研究所では二人の青年が佇んでいた。
「全部終わったら、ライスカレーでも食いてぇもんだな」
 そう思い出したかのように言うのは、八女 更谷(AP021)。
「ライスカレー? それなら、厨房の彩葉嬢に頼みます?」
 茶化すかのように漣 チドリ(AP030)もまた、声をかける。
「違う。お前がいつも作るアレがいい」
「……はは! 分かりました。そん時は腕を振るってやりまさぁ!」
 準備を終え、チドリはそのまま、迎賓館の仲間のいるところへと向かう。目指すはあの妬鬼姫がいる皇居。
「まぁ、なんだ。死ぬんじゃねぇぞ、チドリ。今度は俺が借りを返す番だからな。……ピンチになったら呼べよ、いつでも」
「勿論。遠慮なく呼び出しまさぁ。……アンタは護ると決めたモン、意地でも護り抜けよ」
 そうは言ったが、恐らく一緒に戦うことはないだろう。
 二人の居る場所が遠すぎるから。それでも心強い言葉だ。がしっと互いに拳を叩き合うと、二人は決めた道へと向かっていく。
 更谷は、遠くに行くチドリの背中を、見えなくなるまで見送ったのであった。


「グラウェルさん……信頼できる仲間がいなかったって……。今はいるのかな?」
 そう心配そうに研究所の一室にいるのは、結城 悟(AP028)。
 最初はグラウェルを黒幕だと思っていた悟だったが、きちんと話を聞かせて貰って、彼も色々なものを失いながらも、頑張ってるということが分かった。

 ――僕なんかが友人や仲間だなんて烏滸がましいかもしれないけど、でも。僕はグラウェルさんを、共にゾンビの脅威を終結させる仲間だって思ってる。

「なんとか、グラウェルさんに僕の気持ちを伝えられないかな……?」
 そう考え、悟が出した答えは。
「すみません、その……体調が優れなくって」
「大丈夫ですか? 診てみましょう」
 仮病を使って、グラウェルの所に行くことだった。お陰ですぐにグラウェルは悟を迎え入れてくれた。悟の良心がちくりと痛んだが。
「……え? 仮病?」
 悟の告白にグラウェルは、思わず頭を押さえていたが。
「ご、ごめんなさい! その、グラウェルさんとどうしても話がしたかったんです!」
「……今回は大目に見ます。ですが」
 そう区切ってグラウェルは言う。
「この次、また同じコトしたら、自白剤打ちますからね」
「お好きにどうぞ!!」
「…………」
 ぴこんと飛び上がり、そう言いのける悟にはあっと、ため息を零して。
「それよりも話とは……何ですか?」
「グラウェルさんは家族を失っていて……家族じゃないけど、僕もお手伝いのよし江さんがゾンビの犠牲になった時、とても悲しかったんだ。家を離れている父様と母様も無事か分からないし……だから、というのはおかしいかもしれないけど、グラウェルさんの寂しい気持ちは、なんとなく分かるつもりなんだ」
 と、悟はグラウェルの顔をしっかり見据えて言った。
「グラウェルさんにとって僕は研究対象の子供に過ぎないかもしれません。でも、僕はあなたのことを、共に戦う仲間だと思って信じています」
 それを伝えたくてとはにかむ悟に、グラウェルは。
「……それを言いにここまで……」
「えと……だめ、でしたか?」
「いえ……その、ありがとうございます」
 照れたように俯くグラウェル。
「で、ですが、そろそろ研究に戻らないといけませんので、今日はここまでということで。な、何かあれば、この装置で通信してください」
 そういって、グラウェルは自身が使っているものと同じ通信機を悟に手渡し、部屋から追い出した。
「……るい……ですよ」
 グラウェルは、少し戸惑った様子で。
「信じて……いいんですか? 悟」
 ほんの少し彼との距離が縮んだようであった。


 迎賓館でのやることを終えて、月太郎は研究所に戻ってきた。
 向かうはグラウェルの居る研究室。
「おや、月太郎じゃないですか。どうかしたのですか?」
「その、回復してすぐお説教だったから……グラウェルさん、助けてくれてありがとう」
「月太郎……もう体調はいいんですか?」
「はい、もう大丈夫です。むしろ、病気になるよりも元気いっぱいだし。でも正直、実験台になるっていえば、グラウェルさん達に喜んでくれるって思ってた……て、こんなこと言ったらまた怒られる?」
 はわわとしている月太郎に。
「思ってたという話だけなら、問題ないですよ。反省しているのなら、ですが」
「ちゃ、ちゃんと反省してますってば!」
「もう、無茶なことはしないでくださいね。私としても早くワクチンを完成させたいですが、月太郎や悟達が犠牲になるのは嫌なんです」
「グラウェルさん……」
 話をしているうちに、この人は根は優しいごく普通の人なんだろうと感じ、……力になりたい、守ってあげたいと、月太郎は思った。
「あ、あのっ!! だったら、今だけ月太郎を貴方の右腕にして下さい!」
 意志の弱い月太郎が、この提案をするのは、かなりの勇気が必要だった。
 彼の右腕になるということは、彼が持つプレッシャーを共に抱えることになる。想像するだけで恐ろしくて、自分なんかじゃ無理だと、月太郎は諦めそうになるが……。
「その、助けてくれたグラウェルさんの力になりたいんです……そ、その覚悟はできてますから……だからっ……」
「いいですよ」
 グラウェルは微笑みながら手を差し伸べる。
「で、ですが……私もカレン以外の者と組むのは久し振りというか、その初めてに近いというか……なので、嫌なことがあれば、その、教えてください」
 そういう彼の言葉に月太郎の顔がたちまち綻ぶ。
「はいっ!! 実は考えていたことがあるんです!!」
「考えていたこと、ですか? 聞かせてください」
 グラウェルに促されて、月太郎は兎にも角にも、研究のお手伝いに尽力し、意見も積極的に出していかないと……! と意気込んでいる。
「その……異なる種類のウイルスを同時に接種すれば、ウイルス同士が互いを治そうとする方向に働くのでは? 実験が必要なら月太郎の足を使って下さい。両手は命より大事だから絶対ダメだけど、足なら! 実験でウイルスが回復ではなく発症の方向に動くようであれば、全身に広がる前に足を切断すれば発症は防げるはずで……」
「それはダメです!!」
 グラウェルがすぐさまダメだし。
「誰かの何かが失われることは、したくないんです……ゾンビ相手にとか、ゾンビ病を発症した人に試してみるというのならともかく、月太郎の足がなくなるのだけは、嫌です。せっかく病気を克服したのに、何を言ってるんですか」
「あ……その、ダメ……ですか?」
 グラウェルに言われて、しゅんとする月太郎に。
「あ……いえ、その、考えは悪くないと思います。月太郎の前に研究所にいるマウスで試してみましょう。それで問題ないようでしたら、もう少し進めてみましょう」
「あ、ありがとうございます!!」

 その後、月太郎の仮説に則って、マウスで試してみたが、上手くいかずにマウスはすぐに死んでしまった。もしかすると、『病魔に蝕まれた体』がキーなのかもしれない。
「結核や癌といった回復が難しい病気でないと、発動しないのかも知れません。今はそれを全て試す時間はないので、検証はここまでにしておきましょう。ですが、それを知れただけでも充分な結果ですよ」
 そういって、月太郎の頭を撫でるグラウェルに、月太郎は少し照れながら。
「じゃあ、他の研究もお手伝いします! 早くゾンビ病を治せるようにしたいですから」
「ええ、よろしく頼みますね」
 その日から、グラウェルの側に月太郎の姿が加わった。


 試練とは終盤に近い程、困難に──そして、絶望的になるもの。
 それはかつて、紡がれた様々な物語の構成と同じく。
 我々が、現在置かれた状況も同じく……。

「サンプルが増えて研究は一歩進み、ゾンビ病を根絶する希望も見えてきました。しかし、そうなるとどうしても考えてしまいます」
 十柱 境(AP016)は、研究所の一室で静かに呟く。
「過去を忘れて……『僕達』は、このままで良いのでしょうか?」
 実際問題、アナザーである境は、記憶がないが故に、現状のように行動が取れている。辛いことを思い出したとして、重みに潰されるのがオチだということも、理解しているつもりだ。

 ――いえ、何にしてもゾンビ病を根絶してから、ですね。

 それでもと境もまた、グラウェルの元へとやってきていた。幸いにも月太郎は研究のための道具を取りに行っているらしく、その姿がない。それは境にとっても好都合だった。
「あの……グラウェル。一つ、相談があるんです」
「境、珍しいですね。貴方から相談だなんて。私ができることなら、力になりましょう」
 そういうグラウェルに境は続けた。
「その、僕には記憶の一部がないんです。それを……その、戻せることができれば嬉しいのですが、可能ですか?」
「記憶がない……記憶を失うということは、とてつもない何か……ショックとか事故とか外的要因によって、引き起こされるのが大半ですね。境は何か事故に遭ったこととかありますか? 記憶を失った状況を教えてください」
「あ……その、ある組織から意図的に奪われた……感じなんですが」
 その言葉にグラウェルは、眉を顰めた。
「それは困りましたね。恐らくそれは催眠術か何かで、操作された可能性があります。この場合、どうやって操作されたかが分からないと、取り戻すことは難しいですね……」
「では、その方法が分かれば、失われた記憶はすぐに戻ると?」
「それはやってみなくてはわかりません。場合によっては戻らないこともあるでしょう……それほどまでに、記憶を操作すると言うことは難しく、我々の時代でも秘匿された部分でもあります。私も少し齧ったことがあるので、少しはできるかもしれませんが……やはり専門家に頼むか協力が欲しい所ですね……」
 どうやら、グラウェルでも手が余る案件のようだ。
「そうです、カレンに頼んでみてはいかがでしょう? 確かカレンが専門にしていた研究の一つに記憶にまつわるものがあったはずです」
 その言葉に境は驚きながらも。
「わ、わかりました……カレンに頼んでみます」
 そういって、境もまた、グラウェルの研究の手伝いに加わるのであった。


 鏤鎬 錫鍍(AP008)は、研究所にある自室で、深いため息を零していた。
「咎められますかね。無能と理解できぬ助手にでも」
 錫鍍はグラウェルの効率の良くないやり方に嫌気が差していた。
 だからといって、上司を換えるわけにも行かず。
 そう錫鍍が取った行動は。
「ぐら……なんとかさん。話があります」
「……いい加減、私の名前を覚えたらどうですか?」
 そう言いながらも、やってきた錫鍍を追い返すこともなく、迎え入れてくれた。
 一人で休憩していたらしく、他には誰もいないようだ。
「それは好都合」
「ん? 何か言いましたか?」
「いえ、なにも」
 グラウェルの後について、錫鍍はグラウェルの部屋へと入っていく。
 部屋の中は研究に使う資料と本で、ごちゃごちゃになっていた。グラウェルはそのごちゃごちゃの部屋から二つ椅子を引っ張り出して、錫鍍に勧める。錫鍍はすぐさま、その椅子に座って。
「今迄もこれも、無能選択の理由がほぼ『報連相不足』に尽きます。新社会人です? 前の件も、サンプルをいつどう扱うかを多少なり知らせれば防げたのでございます。更に己の失態を隠すのに、ただでさえ足りぬ人手を減らすと。手を複数本お持ちです? 純然たる無能か、他に真なる目的があり、疎かになっていると思われても仕方ありませんが? どの道、表向きだけは上司の体裁を整えて頂けません? 皺寄せは下が受けるので」
「そうですね、皆さんにもう少し研究内容を話すべきでしたね……」
 そういうグラウェルを、錫鍍は見定めるように、いや、分析しているかのように見つめていた。

 ――他意はなさそうですね。ただ単にこういう作業に向いていないか、無能オブ無能だっただけでしょうかね。

「早い段階で、無能だからと言っていればよかったのです」
 と、ふと錫鍍は思い立った。
「まさかと思いますが、他にもやらかしていませんよね? 何かを伝え忘れたとか」
「……あ」
「……え?」
 二人の、時が止まった。
「ああああ!! た、確か、あの鬼でしたっけ? 死人を従えてきたって言ってましたよね? 彼女の体を調べることができれば、ゾンビ病を解明する何かがわかるかもしれません。そうであれば、鬼のサンプルが必要です! その鬼が本当にゾンビ病の大元であれば、ワクチンもそれで完成するはず」
「それは早く言うべき事象でございますよっ!!」
 錫鍍はグラウェルのうっかりに思わず、笑みがこぼれた。いや、笑ってなければやってられない。
 グラウェルの言葉を伝えるべく、二人はそのまま迎賓館に駆け込むのであった。


●迎賓館にて
 迎賓館にやってきたグラウェルと錫鍍だったが……時既に遅く。
 もう一行は皇居へと向かっていった後だった。
「ど、どうしたら……このままでは、ワクチンが作れないかも知れません……」
 頭を抱えるグラウェルの前に現れたのは、三ノ宮 歌風(AP026)。
「何かあったのですか?」
「この無能がうっかり伝え忘れたのですよ……そうですよ、これを使えば、我々の仲間には伝えられるではありませんか」
 錫鍍がゾンビセイバーの通信機能のことを思い出したが。
「その伝え忘れたことを教えてください。私がなんとかします」
「なんとかって……」
「私にも不思議な力が宿ったようなのです」

 いわば、その力は『英知の交換手(インテリジェンス・オペレーター)』とも言うべき力。
「皆さん、聞こえますか? 歌風です。グラウェルさんの言葉を伝えます……妬鬼姫を倒した際に、その体の一部を持ってきて欲しいそうです。それが……ゾンビ病解決の糸口になるそうです」
 こうして、うっかりグラウェルの大事な伝言は、歌風の手によって、皇居に向かった者全員に届けられたのであった。
「……うん、これでよしっと。また何かあるかも知れないし、今までの情報をまとめながら、待機しておこう」
 そういって、歌風は今まで書き留めたものをまとめていく。
「そうだ! 全てが終わったら、本にしよう!」
 これは良い考えだと、歌風は目を輝かせて、その後の作業を続けるのであった。


 シャーロット・パーシヴァル(AP001)は、ふうっとため息を零した。
「出かける皆にゾンビセイバーを渡すことができたけど、まだまだやることが多いね」
 残っていた天からの落とし物を利用して、ゾンビセイバーの増産を行っていた。また、カレンを通じて、未来からもゾンビセイバーがいくつか支給されたので、それも入れてなんとか全員分を用意することが出来た。念には念をである。
 それが終わった次のシャーロットの仕事はというと。
「ルーカスのことも気になるけれど……僕や皆が倒れてしまっては意味が無い。だから僕も戦うよ、皆とは少し、違うかもしれないけれど」
 そして、シャーロットの作り出した物は……。
「さぁ、僕の手で改造して変化したもの達、ゾンビを倒すために行動するんだ。いいね」
 小さなロボットと言うべき存在達が、わちゃわちゃと動き出した。
『シャーロット、ボク達……』
『ナニすればイイ?』
 『アルターロジック』。自分が改造し制作したものに意志を宿すことが出来る力だ。自律的行動は出来るが、物に込められた力以上は行動出来ない。また効果範囲は限定的であり、シャーロットが居る迎賓館の周りだけが効果範囲である。
 それでも、迎賓館での戦いには大いに力になってくれるだろう。
「ゾンビが来たら、撃退するんだ。確か君は地雷をもっていたね。君はゾンビが来たら、そのゾンビごと吹き飛ばしてくれないか」
『うん、わかったよ!』
 シャーロットの作ったもの達が、こうして意志を持って、動き出すのはなんだかちょっと不思議な気分だ。まるで、可愛らしいペットか子供ができたような。そんな彼らに壊れるようにと指示を出すのは少し躊躇われるが、そうしなければ、シャーロット達がやられてしまうのだ。苦渋の選択というべきか。
「後は……そうだね、やはり皆に協力しなくては。迎賓館の周りに居る皆と力を合わせよう。敵のボスのことは良く分からないけれど……大丈夫、なんとかなるよ。なんとかしなければいけない。僕が作れるなら何でも作ろう。僕に出来るのはそれくらいなのだから」
 ロボット達が出かけていくのを見送りながら、シャーロットは、今度は皆の力になるべく、迎賓館へと戻っていったのだった。


 別れを告げたしのぶの姿は、迎賓館の対策本部にあった。
「な、なんとか……できましたわ……」
 少しお疲れ気味のしのぶは、区役所会議の際に使って欲しい資料を完成させた。
 さっそく、太助のいない間にプレゼンが行われる。
「……ということで、現在、薬が不足気味な状況を打開すべく、薬がなくても療養出来る方には、その方法を教えていくつもりですわ。もちろん、きちんとした診察を行ってからですけれど」
「まさか、そのための費用が必要だというんじゃないだろうな!」
 疑り深い者が、そう言うと。
「緊急事態ですからお代はいただきませんの。サービスですのよ」
 そのしのぶの言葉に、その者は黙ってしまった。
「その上で……迎賓館にいらっしゃる方で、薬の必要な方と現在ある薬の残量を調べて、医療用機器や薬品の必要な量を定めて、こちらの紙にまとめましたわ。もし他の地域に要請できるのであれば、お願いしてくださいませ。それと……」
「まだあるのか?」
「迎賓館以外に帝国ホテルの方にも、支援が必要ではないかと思っていますの。もちろん、他にも緊迫している場所があるのなら、彼らにも支援が必要かも知れませんが……帝都ホテルには帝都に必要な方々が多数いらっしゃりましたから、そちらを優先する方がよろしいかと思いますの」
 そういうしのぶの意見は、もっともな内容が多く、すんなりと受け入れられることになった。緊張していた気持ちがふっと軽くなるようであった。
「それにしても……他の地域からの医師はまだ派遣されないのでしょうか?」
 正規の医師が派遣されたら、医者の真似事は潔く返そうと思っていたのだが……この様子だとしばらくは来なさそうだ。しのぶの仕事はまだ続きそうだ。
 会議を終えて戻るしのぶに、小さな子が寄ってくる。
「おばちゃん、お菓子ある?」
「私、おばちゃんではありませんわよ。一応、お・姉・さん……ですわ」
「……お姉さん、お菓子ある?」
 言い直した子供に、しのぶは笑みを浮かべた。
「よくできました。ちゃんと言えたご褒美に……これをあげますわ」
 そう言ってしのぶが出してきたのは、ミルクチョコレートの欠片。
「わあ、ありがと!!」
 嬉しそうに受け取り、元気を取り戻す子供をしのぶは見送る。
 これはしのぶの神通力『休憩の友』だ。念じると『食べると疲労が回復するミルクチョコレート』が一かけ掌に現れる。味は甘くておいしい。……が、その分、しのぶ自身が少し疲労する。自分の元気をチョコレートの形にして分け与える事が出来る力なのだ。
「さて……私も少し休みましょうか」
 肩の凝ったしのぶは、資料を手に自室へと戻っていくのであった。


 如月 陽葵(AP011)は、迎賓館の屋根の上に上がって。
「おれの歌が……役に立った」
 前回の出来事を思い出すように、そう呟いていた。
 目を閉じれば、その光景が再び蘇るよう……陽葵にとって、それは喜びでもあった。
「なら今度は、他の人達を励ますような歌を届けたい」
 遠くの方に見える、皇居へと向かう者達を見つめながら、そして、再びゾンビに襲われるかも知れないと怯える迎賓館の人々へと、心を込めて。

 歌が聞こえる。
 優しく寄り添うように、けれど、強く鼓舞するかのように。
 聞いているだけで、力が湧いてくるような不思議な歌。

 それが陽葵の神通力、『陽葵の詩』だ。自身の歌声で歌に対する感動、及び聞いた相手の喜怒哀楽を操ることが出来る力となっている。ただし、あまりにも相手の感情が高ぶりすぎていたり、感情を持たない人対しては効果が効きにくいようだ。一応動物に対しても聞くが、人間ほどの効果は期待できない。

「この歌が、皆に届くように……」
 この帝都に届くかのように、陽葵は喉を痛めない範囲で、屋根の上の細やかなコンサートを続けたのだった。


●皇居へ!
 皇居へと向かう途中で、剣士はグラウェルへと通信を繋げた。
「自分はこれからゾンビの殲滅の為、皇居に向かわなくてはならない。もし研究所がゾンビに襲われ、危機的状況になったら連絡を頼む」
 その言葉にグラウェルは。
『えっ? 貴方は、私を守ってくれるのではなかったのですか?』
 不安にかられているようだが、剣士が真剣な眼差しを向けているのを見て、何とか踏みとどまった様子。
「最初に言ったはずだ、貴殿を守るのが自分の任務であると。それは必ず守る。だから貴殿は自分の成すべき事に集中して欲しい」
 言うべき事を言った後、剣士はそのまま通信を切った。何か言いたげだったグラウェルの姿が最後に見えたが……。
「いいんですか、四葉さん。あなたの上司……なのでしょう?」
 それを見ていた周が心配そうに見つめている。
「問題ない。今はこれからのことに集中すべきだからな」
「わかりました。あなたがそういうのなら、従いましょう」
 そんな二人の様子を、ふみははわわーと見ていた。本当ならば、手に入れた地図とか情報を共有しようと思っていたのだが……周と剣士の二人の空気が邪魔してはイケナイ感じがして、憚れるのだ。と、周がふみの姿を見つけて、瞳を細める。
「一……いえ、ふみさん」
「は、はいっ!!」
「ただいま」
 そういう周を見て、ふみは感極まって。
「う、うわあああああん!!」
「えっ……!? ふ、ふみ……さん!?」
「よかった、よかった……ですっ、立ち直ってくれて……本当によかった……兄さんが幸せなら、私はそれで……充分」
 その一言で、周は気付いた。どうやら、ふみは重造から自分の父親だと教えられたのだろうと。
「僕も……ふみさんに幸せになって欲しいです」
 良い出会いがあるといいですねと言えば、またふみは泣き出して。
「さて、そろそろ泣き止まないか。皆が困惑している」
 剣士がそう告げると。
「あ、そ、そうでした……皆さん、集まってください!! ここに地図があります」
 そういって、ふみは皇居の地図を広げ、その内部情報を皆で共有するのであった。


 そして、皇居へと向かう道中、ゾンビが襲ってくる回数が少なかった理由が、現地に着いて分かった。
「問題なく来れましたが……まさか、これほどまでとは」
 思わず、昴 葉月(AP010)が呟く。葉月達の前には、大量のゾンビ達が皇居の周りを覆うかのように集まっていたのだ。
 どうやら、妬鬼姫は一行をこの皇居に入れたくないらしい。
「これよりこの地を荒らすこと、どうかお許しください」
 突入前に周はそう手を合わせる。その表情には、今までの迷いはなく、一種の清々しさをも感じられた。
「皆、いよいよでござる!! 打ち合わせたとおり、これより、二つの班に分かれて行動することになるでござる。一つは勾玉を捜索する班。そしてもう一つは妬鬼姫のいる場所に向かう班でござるよ」
 そういって、太助は皆を呼び寄せる。
「ここは一つ、円陣を組んで、気合いをいれるでござるよ!」
 その言葉に反対する者はなく、班を越えて、ひとつの円を作った。
 思わず皆の顔に笑みが零れる。
「勾玉を見つけ、妬鬼姫を打倒するために!」
「「えいえいおーっ!!」」
 この場にいる全員の心が一つになった、そんな瞬間だった。

「この先は自分と冷泉軍曹が道を切り開いて行く。諸君は後に続いて欲しい」
 そう言いながら、剣士はレーザーガンがまだ使用できるかを確認する。エネルギーに余裕がある事を確認すると、その表情は更に険しさを増した。
「ここからは我々プロの仕事だ」
 そう言うと隣にいる周に視線を合わせた。
「それでは掃討戦と行こう。冷泉軍曹、やれるな」
「全て、我々の手の内に取り戻しましょう。平穏と安寧を皆に。そして勝利と栄光を……剣士、あなたに」
 にこりと笑みを浮かべる周に、剣士はうむと頷く。
「行くぞ」
「はいっ!!」
 最初に皇居に踏み入れたのは、剣士と周の二人。
 先導するように周が軍刀で切り込んでいき、その後ろでしっかりと剣士がフォローするかのように、周が斬りそびれたゾンビの頭をレーザーガンで仕留めていく。
 その動きに迷いや躊躇いは一切なく、相手の攻撃を冷静に躱し、その流れのままに相手の頭を蹴りで吹き飛ばしていった。
 と、そのとき。
 紫電が身体を纏い、身体能力が急激に上がった。
「ん……これは……」
「大丈夫ですよ。たぶん、剣士のそれを壊すものではありませんから」
 『紫電清霜』。近隣1名に紫電を纏わせ、身体能力を上げる効果を付与する、周の神通力だ。同効果を付与した対象と共に戦う間、対象との距離・時間に応じて、共振し効果が増幅していくらしい。とはいっても、その分、戦闘終了あるいは離脱で失効、同効果を付与した対象の分を上乗せした負荷を受けるのだが。
「なるほど、随分戦いやすくなった」
 そういう剣士に周は嬉しそうに瞳を細めるも、その手は止まることを知らない。
「次、2時の方向に3体。冷泉軍曹、援護を頼む」
「了解!」
 二人の勢いはますます上がっていく。彼らの後に動くゾンビは皆無だった。


「俺達も負けてられないな! 行くぞ、吉兆!!」
 周と剣士の奮闘に感化された涼介が声を張り上げ、彼らもまた皇居へと走り出す。
 周達が向かった別の方向から、ゾンビ達がやってきたのだ。
「おうっ!!」
 涼介に声をかけられ、九角 吉兆(AP005)は、前回受け取った強化アームで次々とゾンビ達をはね除けていく。それだけではない。
 ガリガリ、ボリボリボリ!!
「ちょ、お前、何して……!?」
「いいんだよ、これで!!」
 近くに落ちていた石や木くずを齧る吉兆の姿が徐々に変化していく。それが、吉兆の神通力『狂骨阿修羅』だ。カルシウムが含まれた物を口から摂取することで、体内の骨を変質および発達させる力である。吉兆が最初にしたのは、強化アームを骨皮で纏わせることで身体と一体化させること。
「ずっと自分の名前が嫌いだった!!」
 体に馴染んだ強化アームで、ガリガリと齧りながら、次々とゾンビ達を蹴散らしていく。その様子に涼介は驚きながらも、慣れてきたのか自分の攻撃に集中していった。
「縁起が良さそうな名前なのに、いつも不運不幸不条理に苛まれてるんだ!!」
 そう言いながらも、これでもかと溢れてくるゾンビ達を吉兆は蹴散らしていく。
 その間にも吉兆の体の変化は終わらない。硬質化した尖骨を両肘、両踵から露出させ、更に退化した尾てい骨を超発達させて、長い骨の尻尾を生成。
「でもやっと分かった!!」
 そのまま、一気に3体のゾンビを蹴散らした。
 尻尾を自分の体に巻き付けて跳躍。ベーゴマの要領で自らを回転させ、全身で斬りつける。
「俺は幾億幾兆の苦難に見舞われても最後には吉を掴む男!! 全ての不条理を叩き斬ってやるッ! ……俺は、久角吉兆だ! あーはははっ!」
 若干、壊れているようにも感じるが、彼は正気だ。その証拠にゾンビの骨を食べたい衝動をぐっと抑え込んでいる。それもこれも、あのグラウェルの失敗談を聞いたからに他ならない。人間を卒業している姿をしているが、これもゾンビ軍団を倒す為なのだ。
 吉兆の側には、吉兆が倒しそびれたゾンビを狙い撃ちする涼介の姿も。翻るマントにはあの月太郎が刺繍した百合が見えた。


 ――強いゾンビも妬鬼姫もいる、無事に帰れるかなんてわからない。でも、あいつがゾンビを操ってるなら、倒せばこの病気も無くなるかもしれない。百合ちゃんみたいな犠牲を出さないためにも、やるしかないよな。
 きっと顔を上げて、葉月は次々と迫るゾンビ達を睨み付ける。
 周や剣士、それに涼介や吉兆も蹴散らしているというのに、次々とやってくるゾンビ達を見据えて。
「……だから、俺にも皆に目覚めたみたいな力が要る。戦う為に、守る為に……力が必要なんだ!」
 そう葉月が叫んだときだった。
 ぶわりと、背中から広がるものを感じた。
 炎を纏った大きな翼。それは不死鳥の翼のようにも見えた。
「これなら……行ける!」
 助走をつけて、一気に飛び上がると、そのまま上空から援護射撃を行う。その炎の翼……いや『燃え上がる闘志を秘めた翼(クリムゾン・ウイング)』が葉月の神通力だ。
 自分以外の何かの為に行動したいと意識した時に発動可能なそれは、いつ付いた物かわからない背中の火傷跡から生えたような炎の翼を生み出した。炎の翼が発現している間、戦闘能力の増強と飛行能力を得る。
「くっ……あっちに行け!!」
 進みすぎた涼介がゾンビ達に囲まれ始めた。それに葉月は気づき、駆けつけようとした、そのときだった。

 ぱあああんっ!!

 暖かな光がドーム状のバリアを作り、涼介を守った。その間に吉兆と葉月が周りにいるゾンビを蹴散らしていく。
「涼介、大丈夫か!!」
「あ、ああ……」
 少し呆けているようだが、すぐに武器を構え、戦線に復帰する。
「さっき、百合の声が聞こえたんだ」
「百合ちゃんの?」
「『無理しちゃ駄目だよ』って、『守れるのは一度だけ』とも言ってた。……もう少し、冷静にならないとな」
 そういう涼介に葉月は。
「そうか、百合ちゃんが……なら、お前もあんまり無理するなよ」
「それはお互い様だろ?」
 にかっと二人は互いに笑い合いながら。
「おーい、こっちにも来てくれよ!」
 ガリガリと石を咥えながら、吉兆が叫ぶと、涼介と葉月は彼の元へと急いだのであった。


 別の場所……研究所の月太郎の元でも。
『月太郎君、いろいろありがとう』
 それは百合の声と。
「百合……さん……」
 周囲に溶け込むような、淡い姿で月太郎の前に現れたのは、もう生きてはいない百合だった。
『お兄ちゃん、お陰で助けられたから。次に生まれ変わったら、友達になってくれる?』
「もちろん! ううん、親友以上の関係になりましょう!」
 その月太郎の言葉に、百合は嬉しそうな笑みを浮かべて、すうっとその姿を消した。
「……また、ね……百合さん」
 零れた涙を拭って、月太郎はグラウェルの待つ部屋へと戻っていったのだった。


●勾玉と后の行方
 剣士や周、葉月や涼介、吉兆の奮闘により、勾玉を捜索する班は、目指す場所へとスムーズに移動することが出来た。
 それに、奥へ行くよりは、ゾンビが少ないのも気になる。
「もしかすると、妬鬼姫は勾玉の存在をあまり気にしていないのかも知れないね」
「あるいは、ボク達が見つけ出せないって高をくくっているのかも」
 春風 いづる(AP029)の考察に秋茜 蓮(AP002)が付け加える。
 どちらにせよ、これはチャンスだ。今のうちに探索を終えて、后の持つ勾玉を――八尺瓊勾玉を見つけ出さなくてはならないのだから。
「あ、皆様。今のうちにこれをお渡ししますわ」
 そういってアルフィナーシャは、いづると井上 ハル(AP017)を呼び寄せた。不思議なことにハルの服は少し煤けているようにみえたが、気のせいだろうか?
「え、ウチ?」
「ボク、ですか?」
 いづるとハルは驚いた表情でアルフィナーシャを見る。
「紀美子様の話では、お二人に鬼斬丸が反応を示したとか……十分に資格があるとお見受けいたしますの。どうぞお納めくださいませ」
 アルフィナーシャは、草薙の剣をハルへ。八咫の鏡をいづるへと手渡した。
 すると、二つの神器が光を帯び、その光がそのまま、二人の周りを覆うかのように包んでいった。
「これって……」
「認めてくれたってコトでええんかな?」
 戸惑いながらも、二人は有難くそれを受け取る。
「きっとそうよ! それに、神器をみんなで持つのも、賛成よ! だってもう仲間みたいなものじゃない?」
 古守 紀美子(AP012)が言う。一人に集中させるよりは、こうして分担して持っていた方がそれぞれの力を扱いやすくなるだろうし、守りやすくなるだろう。
「そういって貰えると、勇気が出てくるわ。ありがと、紀美子ちゃん」
「ボクも頑張るよ」
 紀美子の言葉にいづるもハルも嬉しそうな笑顔を見せた。


 ――ネズミさがしに、所長に教えてもらったペット探しの技術、役に立ったなぁ……。やはり探偵とはペットを探すものなのか。怪人と推理合戦とかしないものなのか。いないならいっそ、自分が怪人になり帝都に謎を! ……とも思ったけれど、ゾンビの謎で今は手一杯かな。
 というわけで、蓮が取った行動は。
「よし、良い探偵になるために、ペットを手にいれよう!」
 ネズミは退治したものの、あれで全部かわからないし、ネコを連れてきちゃえばネズミ対策になるよね! と、野良猫を手懐ける為、軒下を覗き込むうちに、ある神通力に目覚めた。ついでになんとか、野良猫を蓮のペットとして手懐けることもできた。
 だからこそ、勾玉探索のメンバーを集める紀美子の呼びかけに。
『え、何か探しものですか? 得意です! やりますよ!』
 蓮はそう言って、立候補したのだ。
「まさか、探索先が皇居だったとは思いませんでしたけど。ねえ、猫さん」
『いいから、さっそく始めようぜ。そのなんとかっていう玉を見つけないと行けないんだろ、大将』
 片目に傷のある猫が、蓮の猫がそういうと。
「うん、よろしく頼むよ。何か分かったら教えて」
 さっそく、その猫を放ち、捜索を開始する。ちなみに蓮の神通力は『動物会話』。小動物との会話が行える能力だ。
 その力を最大限に使って、屋根の上にいた鳥や池や堀の魚にも呼びかける。
『屋根の上にはいなかったわ』
『池の中にもいないぜ』
 と、なかなか見つからない。探す場所が悪いのだろうか。


「わたくしが思うに、剣璽の間にあるのではと考えますわ」
 アルフィナーシャは、借りた地図を見ながら、そう告げた。帝の話によると、神器はもともとそこに収められていたとのこと。
 ならば、その部屋にあるのかもしれないと、さっそく探しに行く。
「……これは」
 残念ながら、そこに后の姿はなく、代わりにあったのは……。
「前帝……」
 首を切られて、横たわる前帝……つまり、現帝の父親だった。傷が少ない所を見ると、発病直後に軍部の誰かが斬ったような、一撃で仕留めたような雰囲気を感じた。
「待って! 私に任せて!!」
 同行していたふみがそっと、前帝の触れる。
「辛かったですよね、苦しかったですよね。あなた達の家族の平穏は、きっと取り戻しますから、ゆっくり眠ってください」
 暖かな光がその体を包み、ころっと一つの弾丸を生み出す。
「こ、これって……」
「で、できた……」
 ふみが使ったのは、『有象無象ノ一弾』。人としての生を奪われたゾンビの、無念の思いを受け取り力とする神通力だ。動かなくなったゾンビに触れることで発動し、受け取った後、彼らは人の遺体へと戻るのだ。その証拠に前帝の悪かった顔色が生前のものへと、安らかな表情へと変化したのだ。また、この力で生み出した弾丸は鉛の弾丸で、致命的な痛みを与えることはできないが、何度も撃ち込めば重ねて不快感を与えることのできる弾丸でもある。その弾丸を大事に仕舞い込むと、ふみは近くにあった布でその顔を覆ってやった。
「ここには后がいないようですわね……次に行きましょう」
 アルフィナーシャの言葉に、皆は同意し、次の場所の探索へと向かう。


 一行が次に向かったのは。
「書斎とかに大事なものを入れる場所がないかしら? それがなくても、何か神器の詳しい情報が欲しいし……最悪『勘』に頼るわよ、こういうのは自分の感性を信じなさいって言うじゃない?」
 紀美子の提案により、前帝の使っていた書斎へとやってきた。
 ここにもゾンビが来たらしく、かなり部屋が荒らされている。
「神器に関する資料があるかと思ったんだけど……」
 残念ながら、その資料はここにはないようだ。だが、この部屋に大勢の者達が入ってきた形跡が見て取れた。恐らくここを経由して、どこかへと向かった……そんな気がする。
「……これは……」
 いづるが机の上に、帝達の家族の写真が入った写真立てを見つけた。こっそり、いづるはそれを鞄の中に仕舞い込む。できれば、あの幼い帝の支えになるようにと。


 複数の足跡を頼りに、次に訪れたのは子供部屋だった。
 いや、正しくは現帝の部屋とも言うべきか。
 ここも荒らされていたが、探している后と勾玉の姿はどこにもなかった。
「今度はアルバムか……」
 表面が少し汚れていたが、中身は問題ない。現帝の幼い頃からのアルバムが数冊見つけることが出来た。さっそくそれもいづるは回収していく。
 ――これから帝として重い責務を負う幼い少年の為に。家族の思い出はこれから先、生きていく上で支えになると思うから。


「ウチな、皇后さん関係のとこ……皇后さんの部屋が怪しいと思うんよ」
 そう提案するのはハル。その言葉に。
「はいはーい、私もそう思います! それに、そこに何かありそうな気がする」
 ハルの提案に賛同するのは、堂本 星歌(AP009)だ。
 星歌は道中、后と勾玉を探しながら、残されたもので使えそうな物があれば、少しずつ回収していた。だが、その多くは壊れており、今まで見つけたものも、ペンやノート、辛うじて動いている懐中時計が関の山だった。それでも何かの足しになるかも知れないと、勾玉探しをしつつ、必要な物を探しては、回収していく。
 そして、后の部屋にもやってきたが……そこにも后と勾玉の姿はなかった。
「勾玉……って、神話では天岩戸の時に作られたんだっけ。なら、その逸話に従って固く閉ざされてそうなところとか、探してみようかな」
 そういって、星歌が厚い壁を叩いたそのときだった。

 ゴゴゴゴ……。

「えっ!?」
 驚愕する星歌の前に現れたのは。
「隠し通路!!」
「本当にあったんだ!!」
 蓮と勘九郎が思わず、声を上げた。
「逃げる際中に落としたとか、途中で襲われてーって可能性高いんじゃないかと思ってたんだけど、本当に隠し通路ってあったんだな!」
 勘九郎は少し興奮気味に出てきた入り口と通路を交互に見ている。
「江戸城の地下には、秘密の通路があるなんてお話を読んだことがあるけど、そんな通路どこかにないかなって思ってたら、本当にあったんだね!」
 蓮もまた興奮気味にさっそく、通路の中に入ろうとした、そのときだった。

 がたーんっ!!

 突然、閉じていたはずの后の部屋の扉が勢いよく開いた。
「あああああああ……」
「うううううぅぅ……」
 どうやら、妬鬼姫が気付いたのか、ゾンビ達がその扉から大勢出てきたのだ。
 とっさに前に出たのは、ハル。
「ここはウチに任せてや!」
 ヒートソードと草薙の剣を抜いて、身構えた。
「……なぁ草薙の剣、こうなったら一蓮托生やで。ゾンビっちゅう人に降りかかる雨雲を払ってくれへんか」
 そのハルの声に応えるかのように、剣がキラリと輝いたかのように見えた。それを見て、ハルは一気にゾンビ達をなぎ払うように草薙の剣を凪いだ。
「ああああ……」
 その一撃で、部屋に入り込もうとするゾンビ達を、廊下の外へと追いやることに成功。
「ハルちゃん、私も手伝うわ!」
 ふみも銃を手に戦いに加わる。
「ボクも囮になるよ」
 いづるもまた、戦線に加わる。
「皆、今のうちに先へ!!」
 ハル達が抑えている間に、他の者達は、すぐさま通路の奥へと突き進む。
「もしかして、あれは……」
 アルフィナーシャが声を上げた。通路の先にいたのは。
「危ないっ!!」
 勘九郎の声のお陰で、それに襲われることはなかったが。
「ああああ……」
 ゾンビと成り果てた、后の姿が……そこにあった。
「后は見つかったけど」
「ああ、あいつは勾玉持っていないようだな」
 幸いなことにゾンビは、その后のみ。どうしようと戸惑っている間にも、ゾンビの后は皆のところへとゆっくり近づいてくる。
「俺に任せろ!!」
 勘九郎が背中のバットを引き抜くと、そのまま后の懐に飛び込み。
「雷神鎚(ミョルニル)!!」
 雷神トールの力を帯びたバットが、一撃で后を葬ったのだった。


 危機を脱した一行は、周辺を探し始めた。
 ハル達もすぐにゾンビ達を撃退できたらしく、今は合流を果たしている。
 さっそく、戻ってきたふみが自身の神通力を使って、后を人の遺体へと変えて、新たな弾丸を手に入れていた。
「皇后様、あなたのご子息は、偉大なる王となるべく、お立ちになりました。もはや、案ずることはございませんの。どうぞ、安らかにお眠りください。あなた様の代わりに、このアーシャが、あの方の行く末を見守り続けることを、お約束いたしますの」
 それが終わった後、アルフィナーシャは持っていたハンカチを、后の顔へとかけてやる。
「后が持っていなかったってことは、この何処かにあるはずだと思うんだけど」
 手分けして探しても見つからない中。
「なら、ちょっと休憩しませんか?」
 そういって、皆におにぎりを配るのは、御薬袋 彩葉(AP003)。
「腹が減っては戦は出来ぬってやつですよ!」
 そういう彩葉の言葉に、皆は少し休憩することに。
「それに……こういうのって、普通はこんなくぼみとかに隠すんじゃないですかね?」
 冗談交じりで彩葉が突っ込んだくぼみ。
「あっ……」
 そこで取り出されたのは……。
「彩葉ちゃん、それ!!」
「「八尺瓊勾玉!!!」」
「えええええ!? オラが見つけただがーー!?」
 しかも、取り出した瞬間に、彩葉の体が所有者を認める光に包まれたお陰で、勾玉はそのまま彩葉が持つことになったのだった。


●研究所での戦い
 剣士と周はたくさんのゾンビ達を葬っていた。かなり奥へ来ていたらしく、辺りに仲間の姿はない。
「やっと二人きりになりましたね。お役に立てましたか」
 その周の言葉に剣士は。
「まさか、これほどまでとは思わなかったがな」
 それはゾンビの量かそれとも周の力のことか。
 そんな剣士の言葉が周の鼓動を早くさせる。と、そのときだった。剣士の通信機から音がなっているのに気付いた。
「グラウェルか」
 すぐさま、剣士はそれに応える。
「すみません、こっちにもゾンビが来まして……もし戻れるなら来てください」
 緊迫した声が響いた。幸いにも、ここのゾンビは既に殲滅済みであった。
「直ぐに向かう」
 手短にそう切り上げると。
「け、剣士……!?」
 近くにいた周をおもむろに肩に担いだ。
「舌を噛まないように気を付けろ」
「ちょ……まっ……!!」
 途中、戦う仲間を見つけて、ここで切り上げることを走りながら告げて。
 尋常じゃないスピードで、グラウェルのいる研究所へと向かった。そう、この『誰かを担いでもスピードが落ちない走力』が剣士の神通力の正体だった。


 時間は少し遡る。
「……なるほど。ボロのゾンビとそうでないゾンビとは、似ているようで違うウイルス形態のようですね」
「ええ、だからこそボロの方が強い特性を持っていると考えるべきでしょう。体を腐敗させる代わりに限界以上の力を付加する……恐ろしい相手です」
 そう呟くグラウェルの言葉に怜一は、眉を顰める。
「現在、研究が進んでいるのは綺麗な方……仮に『ノーマルゾンビ』と呼称しましょうか。我々と似たような服と審判の刻に生じたゾンビは、多少の変化はあるものの、ほぼ同型として間違いありません。しかし……ボロの……仮に『スポイルゾンビ』と呼びましょう。そのゾンビとは全くの違う型式を持っている。しかも、一定の時間が経つと変化する性質も持っています。これは非常に厄介ですよ」
 グラウェルの話によると、ノーマルゾンビに対応するワクチンは、かなり完成に近づいているとのこと。しかし、跡から現れたボロの、スポイルゾンビに対するワクチンに関しては、一定の効果はあるものの、形を変えるという性質のお陰で充分に効果を果たさないそうだ。
「あるパターンにそって、変形しているとはわかったのですが、そのパターンがどのくらいの種類があるのかわかりません。ですが……」
「鬼姫……いえ、妬鬼姫の体内から抽出したサンプルがあれば、それを知ることができるかもしれない……そういうことですね」
「ええ」
 グラウェルは怜一の言葉に頷く。と、そこにおにぎりと味噌汁を持ってきた栞が入ってきた。彼女の足下には、ペットの子猫の光がまとわりついていた。
「そろそろ休憩してはいかがですか? あまり根をつめてはわかるものもわからなくなってしまいますよ」
「栞さん」
「あなたが作ったのです? ありがとうございます」
 怜一とグラウェルは、栞の差し入れを受け取り、しばしの休憩を過ごす。
「あの、研究の進み具合はいかがですか?」
 栞が心配そうに尋ねると。
「いろいろとわかってきましたが……あともう少しですね」
「それにしても美味しいですね」
 幸せそうにおにぎりを頬張るグラウェルの姿に、怜一も栞も思わず、顔が綻ぶ。
 と、そのときだった。
「た、大変です!! ゾンビが……ゾンビが来ますよー!!」
 厠に行っていた正之助が、あたふたとやってきて。
「み、みんなーーっ!! なんか、ゾンビがいっぱい近づいてますううう!!」
 屋上まで行って調べていた(成果はコインが数枚)千代も、そこから見えたゾンビの影に驚いて、ここまで戻ってきたようだ。
 ちなみに正之助は、自身の神通力『未来視』。すっきりした後にうっかり発動させて、ここの危機に気付いたようだ。
「詳しいことは皆さんに共有しますね」
「……な、なるほど」
「き、菊川先生……その、ちょっと……気持ち悪いです……」
 誰かが殺されるようなシーンであったため、栞がちょっと気持ち悪そうだ。
「あ、す、すみません!! 次は気をつけます!!」
 少し未来視したものを共有する場合は、相手を考えた方がいいのかもしれない。
「とにかく、わかりました。援軍を呼びましょう」
 グラウェルはさっそく通信機を使って、いろいろは方面へと援助を求める。
 だが、現時点、迎賓館も襲われているらしく、迎賓館に居る特務部隊は来られないようだ。
『わかりました。それなら、私達が出ます』
 そう告げたのはカレン。側には更谷の姿も見える。
『どこまでできるか解らんが…俺にできる限りはあんたらの為に戦ってやる。だから、あんたらも自分の仕事に全力で取り組んでくれ』
 その更谷の言葉にグラウェルは嬉しそうに。
「お願いします。他にも声をかけてみます」
 そう告げた。
 次にグラウェルが声かけしたのは、剣士のところ。
「すみません、こっちにもゾンビが来まして……もし戻れるなら来てください」
『直ぐに向かう』
 その言葉にホッとするのもつかの間、すぐに通信が切れてしまった。
「……と、とにかく、我々も何かできることをしましょう」
 ここに集まっている者達も武器を手にゾンビの襲来に備えていく。
「皆さん、どうかご無事で。そして、すぐに疲れたら私の所に来てください」
 そういって、栞が何か澄んだ聖域のようなものを生み出した。
「これは……」
「疲れた人達を癒すための場所です。たぶんですが、ゾンビのような者は入って来られないと思います。ただ……その、長くは続けられないと思います」
 それが、栞の神通力『迦陵頻伽ノ歌』であった。
「それなら、こうしましょう。疲れた人が来たら、その力を使ってください。そして、その人が復活したら、力を弱め、栞さんの力を温存してください」
 正之助がそう提案すると。
「わかりました。では、そうしますね。皆さん、どうか気をつけて」
 そういって、栞は出かける正之助、怜一、千代達を見送ったのだった。


 ゾンビ達はかなりの数が迫ってきていた。前回の倍以上もいるかのように感じる。
「予想通りだな」
 ここには戦闘能力の低い生存者もいる。改めて更谷は、リミッターのないレーザーガンを受け取っていたことに安堵した。これならば、グラウェルを含む生存者を、カレンと共に守ることに専念できるだろう。
「少々面倒だが……」
 試し撃ちとして、1番近づいてきていたゾンビの頭を打ち貫き、さっそくぶっ倒していた。
「ん、まずまずか。カレン、だったか……」
 更谷は近くに控えるカレンに声をかけた。
「あ~~あんたに頼むのも酷だとは思うが……俺もまだ死ぬわけにはいかねぇんだ。そんなわけで俺の背中を頼む」
「……いいですよ。私でよければ」
 そういって、二人は迫るゾンビ達を迎撃していく。
 更谷はさっそく、自身に芽生えた神通力を発動させた。
「……そこっ!!」
 物陰に隠れていたゾンビ達を次々と打ち倒していく。
「す、凄い……」
 思わずカレンがその更谷の働きに感心している。
「まあ、この『忍者の地獄耳』があれば、どんな敵だって問題ないぜ」
 と、カレンの横から出てくるゾンビを見つけた。
「おっとっ!! 邪魔だぜ、ゾンビさんよっ!!」
 2発撃ち込んで、そのゾンビも蹴散らした。
「……後ろじゃなくて、横の方が危なかったみてぇだな」
 照れたようにそう更谷が言うと。
「みたいですね。更谷さん、ありがとうございます」
 そのカレンの言葉に。
「いいってことよ。それよりも、敵さんはお構いなしみたいだぜ……」
 カレンも更谷もかなりの数のゾンビを打ち倒しているが、その数が一向に減らないように感じる。
「きっと敵も……本気になったということですね」
「かも……なっ!!」
 二人だけでは捌ききれなくなった、そのときだった。
「ウガアアアアアアア!!!」
 もの凄いスピードで走り込んできた、獣……いや、それは。
「ベス!?」
 カレンが叫ぶ。
 カレンの言う通り、現れたのはベスティアだった。身体には輝く雷光が包み、稲妻のごときスピードで駆け抜け、触れるものを次々と焼いていった。
「グルルル……カレン、無事か?」
 『雷獣(ライトニング・ビースト)』。それがベスティアの神通力だ。ただ、この神通力はもの凄い威力を持っていたが、その分、使うほどに体力を消耗し、疲労するもの。自分の命を燃やすことで威力や持続時間を増すことができるが、命を燃やし続けると疲労だけでは済まず、五感を失ったり、最悪死に至るという面も持っていた。
「ええ、大丈夫です。ベスも無理しないでくださいね」
「……分かってる」
 そうは言っても、この数のゾンビを撃退するには、まだまだベスティアの神通力に頼らざるを得ないだろう。

 ――それでも、構わない。
 ベスティアは思う。たとえ記憶が失われているとしても、結ばれた絆は消えない。
 特に優しく接してくれたグラウェルとカレンに報いるためにも、その爪を、牙を止めるわけにはいかないのだ。
「ガアアアアアアア!!」
 威嚇するようなベスティアの声に、ゾンビ達は思わず動きを止めた。
 その間に、カレンと更谷がゾンビ達の頭を撃ち。
「ウオオオオンン!!!」
 仕上げと言わんばかりにベスティアの纏っていた雷鳴がゾンビ達を消し炭へと化していく。
 もうダメだと思ったそのときだった。
「皆さん、大丈夫ですか!!」
 今度は千代達がやってきた。別の所で戦っていたのだが、落ち着いたらしく、カレン達の援護にやってきたのだ。
 それだけではない。
「どうにか間に合ったようだな。……状況は?」
「そ、それよりも、早く下ろしてくださいーっ!!」
 恥ずかしそうに声を上げる周を抱えた剣士も、合流を果たした。
「ああ、そうだったな」
「そうだったな、じゃないですよ、もうっ!!」
 顔を染めながら、ぽかぽかとしている周に思わず、この場にいる全員が和みそうになったが、そんな時間はない。なぜなら。
「ああああ……」
「うううううう……」
 ゾンビは引っ切りなしにやってくるのだから。
「冷泉軍曹」
「ええ、ここでも見せましょう、け……じゃなかった、四葉さん」
 メンバーが揃った一行は、勢いを増して。


 そして、数時間後。辺りにいたゾンビを全て撃破することに成功した。
「ベス、しっかり!!」
 しかし、その代償は重くのし掛かる。ベスティアの体力を激しく消耗させ、その身体が獣のように変化しようとしていた。
「とにかく、研究所の中へ! 栞さんの聖域ならば、きっと!」
「わかりました」
 抱きかかえようにもカレンでは、運ぶのは難しい。そう判断した剣士はカレンの代わりにベスティアを抱きかかえ、そのまま研究所へと戻ってきた。
 中では、栞が癒やしの聖域を展開して、戦っていた者達の疲労を癒していく。
「敵は全滅した。後は貴殿が成すべき事を成すだけだ」
「そうですね。その前に、皆さんはここでゆっくりしていてください。私は研究を続けます」
 剣士の言葉に応えるように、グラウェルもまた止まっていたゾンビ病の研究を再開させたのだった。


●帝の願い
 ふと、帝は窓の外を眺めていた。
 その先は、かつて住んでいた場所……皇居であった。
「陛下、どうかしたのですか?」
 お付きの者に声を駆けられ、帝は思わず苦笑を浮かべた。
「皆さんはあのゾンビに対抗すべく、戦いに向かいました。本来ならば、僕も向かうべき所を……皆さんに託した形になります。ですからせめて……」
 帝は帝家に伝わる方法で、願いを込めた。
 本来ならば、神々に捧げる国の平和を願うための、祈り。でも今は……。
「戦っている皆さんが……無事に戻ってきますように……」
 共に戦えない代わりに、帝は彼らの無事を願ったのだった。


●妬鬼姫の最期
 事前に打ち合わせしていたが、時間が掛かっているらしく、勾玉捜索班は、まだ妬鬼姫撃破班に合流を果たしていない。
「ならば、ここで更に時間を稼がないといけませんね」
 くいっと、眼鏡をあげて、リーゼロッテ・クグミヤ(AP018)は、その口の端をくっと上げた。余裕を見せるためか、それとも自分の切羽詰まった状況を打破するためのものか。
 前回使わなかったガラス瓶を取り出し、さっそく、襲いかかってくるゾンビに投げつける。そっちに気を取られている間に、ライフルで頭を撃ち抜いていった。
 そんな中、かなり奮闘していた吉兆が突然……。
「うっ……うおぉぉ……」
 急にお腹を押さえて、蹲っていた。
「だ、大丈夫か、吉兆!!」
 一緒に居た涼介が声をかける。
「あ……ごめ……ここ、厠……どこ……だっけ……?」
 真っ青な顔でそういうと、涼介もさあっと顔色を変えて。
「さ、さっきあったぞ、こっちだっ!!」
「吉兆のことは頼んだぞ!!」
 葉月の言葉に涼介は頷き、急いで厠に向かう吉兆の後を追いかけていった。

「身体が軽い。イイ気分でさぁ」
 そう上機嫌な声を上げるのはチドリ。レーザーガンを片手に。
「足を止めるな! 道は俺が開く!」
 さっそく、チドリは『フォーカス&スナイプ』を発動させた。
 とたんに、チドリの視界にデジカメの撮影モニターのようなサイバーな電子映像を展開させていった。
「これは……」
 その映像には赤いターゲットが付け加えられることに気付いた。それに併せて打てば、そのまま、ターゲットした所に弾が飛ぶ。たとえ敵が避けても、だ。
「おっと……!!」
 しかし、集中が切れると、先ほど展開した映像が途切れてしまう。恐らくそれがこの能力の代償なのだと、チドリは理解する。その上、モニターを展開している間は、自分が思っているよりも早く身体が動くことにも気付いた。これもまた、神通力の力の賜物なのだろう。
「さぁて、大掃除の時間でさァ!」
 そのまま、ゾンビの大群を引きつけ、その数をどんどんと減らしていくのであった。


「全く……ここまで来るとは、酔狂なやつらじゃの」
 と、声が響いた。妬鬼姫だ。その手にはキセルと巨大な鉈を持ち、ゆるりとだるそうに彼らを見下ろす。
 気付けばそこは、皇居の奥にあるホールだった。恐らく、来賓を迎えるための場所だろう。その場所に潜んでいたとは、なんとも皮肉な話だ。
「それとも、死にたがりのやつらかの?」
 そういって、キセルをリーゼロッテ達へと向けた。
 とたんに、背後にあった扉が開き、腐敗したゾンビ達がわらわらと飛び出してきた。
「貴方のことにはさほど興味はありません。ですが――『我ら』の使命のため、ここで堕とさせて頂きます」
「堕とせるものなら、堕として見せよ!」
 間近に迫るゾンビをレーザーガンでもって、一気に蹴散らし、リーゼロッテは、後ろに背負っていたライフルを構えた。
「当たる――当たる――当てる――!!!」
 キセルを吹き飛ばし、そして、再びレーザーガンに持ち替え。
「当てるっ!!」
「軌道さえ分かれば、こんなものっ!!」
 妬鬼姫がリーゼロッテの放ったレーザーを避けようとしたが。
 がくんと曲がって、そのままリーゼロッテの狙っていた角にぶち当たった。
「あああああっ!!!」
 強烈な電撃を受けて、その角にヒビが入る。
 リーゼロッテの神通力は『命令絶対遂行宣言(パーフェクト・オーダー)』。その効果は見ての通り、自分が発射した弾を弾道を曲げ、ホーミング弾に変える能力であった。発射した弾丸を対象に向けて曲げ、命中率を上げるものなのだが、自分で意識して発動することがほぼできず、「当たれ」「当てる」と強力に念じた際に確率で発動するものであった。
「あの人が妬鬼姫……ああタイプだ。いやぁ、あんたガチ好みなんだよねぇ。鞍替えするのも悪くねぇかもなぁ!」
 そう近づくのは、黒刃。
「なら、もっと妾の元に来るが……」
 角を押さえ笑みを浮かべ、黒刃を招く妬鬼姫に。
「……なんつってな!」
「なっ……貴様、貴様ぁああああ!!!」
 放ったボウガンは、妬鬼姫の胸を貫いた。が、しかし。
「こんなナマクラで、妾を倒せるとそう思っているのか、人間の分際があああ!!!」
 引き抜き、胸の傷をたちまち塞いで見せた。
「うお、マジかよ……けど、やるしかねえよなっ!!」
 強気な態度で、ガンガンとボウガンだけでなく、レーザーガンも取りだして、打ちまくっていく。
 が、その内側では。

 ――あぁ……強気に出ちまったけど、こいつ本当に倒せんのかね……。三郎、みんなを引っ張れる頭がいいお前ならどうやってやるんだ? ……あいつなら、ああ……声が聞きてぇな。憧れてた女優、嫌いだったけど悪いやつじゃなかったオーナー、可愛くて素直な後輩、……三郎。
「教えてくれ!」
 思わず叫ぶ黒刃の言葉に、黒刃の神通力が目覚める。
『なに怖じけづいてんだよ、色男が』
「えっ……」
『ほら、手伝ってやるから……お前の大舞台、成功させようぜ』
 気付けば、三郎だけではなく、共にステージに立った失った仲間達が次々と黒刃の前に現れた。
『さあ、最高のショウの始まりだっ!!』
「うおおおおおおっ!!!」
 『帝都劇団の最後の絆』が、黒刃の持つステージ力を存分に高めていく。
「こっちだぜ、お嬢さんよ!!」
 ホールにあるシャンデリアにロープを投げつけると、その勢いを利用して、黒刃は強烈なキックを妬鬼姫へと叩き込むのであった。

 その間にもゾンビ達は止まることを知らない。
 迫るゾンビの相手をするのは、雅菊と牽牛星の二人。
「うおおおおおっ!!!」
 すぐさま、ゾンビに警棒を叩き込み、先手を打つのは雅菊。確実に倒すために、仕上げは軍刀でもって、その首を刈っていく。
「ついでにコレもお見舞いしてやるぜ……」
 『復讐の炎』。それが雅菊の神通力だ。絶対にゾンビたちを滅ぼすという強い意志が黒い炎の形をとったもので、その炎でもって敵を攻撃する技だ。本人の怒りが強ければ強いほどより黒くおぞましい炎となっていく。
「しゃーしかね! 雅菊さんが通りよるとばい! どかんか!」
 負けじと牽牛星も雅菊の後を追うように、援護していく。
 しかし……どこか雅菊の攻撃に危うさが見え始めてきた。
 最初は少しは自我があったかのように思ったのだが、次第に……。
「棘……叶……兄貴が必ず……」
 棘と叶という名は、雅菊が自分の世界で失った妹達の名前。その記憶が甦り、じわじわと雅菊を狂わせていく。自分の身体を顧みない攻撃に、牽牛星は。
「軌道修正!!」
 自身の神通力を発動させ、雅菊の為に生きるという強い献身の意志が、ビー玉を介して所持者の雅菊を身体を強化し、受けるダメージを牽牛星が肩代わりしていく。
 それでも無茶を止めない雅菊の戦い方に、思わず牽牛星が。
「雅菊しゃん、何しよーんと!! らしゅうなか戦い方で勝てる相手と!!」
 そういって、殴って止めた。
「ぐほっ!!」
 その同士討ちのような状況に、思わず妬鬼姫は嗤う。
「ははは、仲間同士で仲違いかえ? ここで貴重な戦力を潰すなら、大歓迎してやるわ」
 そう楽しげな様子を見せていたが……しかし。
「はっ……俺は一体……」
 その牽牛星の想いを込めた一撃で、目を覚ませることに成功した。
「へへ、ちゃんと役に立てとりますか? 雅菊さん」
 そういう牽牛星は、かなりボロボロ、傷だらけになっていた。牽牛星のゾンビセイバーはまだ壊れていなかったが、この怪我ではもしかすると……。
「はぁ、すまねえ……らしくねえな。迷惑かけた分働くとするか」
 改めて、自分の頬を殴り、完全に目が覚めた雅菊が戦線に復帰する。
「牽牛星は、そこで休んでろ。後は俺がやる」
「じゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらいます。後は任せたですばい、雅菊さん」
「ああ、ゆっくりしてろ」
 次にはなった雅菊の『復讐の炎』におぞましさが消え、代わりに麒麟のような獣がその炎でもって、ゾンビ達を燃え尽くしたのだった。


 そして、彼らが待っていた時がやってくる。
「皆さん、お待たせしました!!」
「勾玉お届けに来ましたよーっ!!」
 ふみと彩葉が声を合わせてやってきた。それと同時に探索班の皆もホールの中へと入っていく。ただそれだけなのだが、この場にいる者達の気持ちが軽くなっていくのが分かった。
「なん、だと……」
 逆に狼狽え始めるのは妬鬼姫。
「ははは! だが、神器を一つ揃えたからと言って、お前達の……」
「残念ね、全部そろっているわよ!! 刀も神器も全部っ!!」
 紀美子が高らかに叫ぶ。
「みなさまは鬼神を。このゾンビは、わたくしが引き受けますの!」
 先に動いたのは、アルフィナーシャだった。
 サーベルを地面に突き立て、呼び出すは、氷でできたシベリアンハスキー12頭立ての犬ぞり、しかも6人乗りの荷台付きという豪華なソリが地中からせりあがってくる。アルフィナーシャは御者台に立ち、手にしたサーベルをなぞると、その軌跡が樹氷のように氷の刃を形成。そりで駆け抜けながら
「大地を疾駆せし氷刃!!」
 斬撃を放つ。両断された敵は、凍ってダイヤモンドダストのように砕け散っていった。
「止めなんて言わない。ほんの小さな傷でいい……たった一瞬、隙を作って、歯牙にもかけなかった人達の力を示すんだ!」
 ふみは今まで『有象無象ノ一弾』で生み出した弾丸でもって、妬鬼姫を狙う。
「そんな力で、妾を倒せると……思うなああああ!!」
 妬鬼姫はその弾丸を受けた傷をいつものように塞いでみせようとしたが。
「ぬぬ……傷の治りが遅いだと……」
「それが、あなたが傷つけた人達の、生きたいって想いよ!!」
 ありったけの『有象無象ノ一弾』で、ふみは妬鬼姫を傷つけていく。

「役者が揃ったなら、好都合でござるな! さあ、神器の力を使うでござるよ!!」
 太助の声にハルといづる、そして、彩葉の持つ神器の力を発動させた。
「「「うおおおおお!!!」」」
 とたんに凄まじい力が、三人を襲う。
「どうやら、その力、制御しきれぬようじゃの。そんな力で妾を倒せるとは、笑止千万! 今度こそ、皆をまとめて討ち滅ぼしてくれようぞ!!」
 キセルを失い身軽になった両手で持って、巨大な鉈を振るう。
 が、しかし。
 そこには、神器を持っていた三人の姿はなかった。
「とにかく、このまま攻撃してみるわ! いくで、迦具土(カグツチ)!!」
 もの凄いオーラを帯びた草薙の剣に、ハルは自分の神通力を乗せていく。燃えさかる炎が草薙の剣の刃を覆い尽くし、そのまま、一気に斬りつけた。
「あああああっ!!!」
「ぐううううっ!!」
 その反動は強く、ハルの身体をも焦がす勢いだった。幸いにも火傷まではいかないが、連続して使えるものではない。ハルは一旦退いて、様子を窺う。
「まともに行っても難しそう。なんとか隙をつくらなくちゃ……さあ鬼さん、こちらっ!」
 いづるは『韋駄天』を使って驚異的な脚力を発揮し、壁や天井を蹴って、妬鬼姫の頭上から鏡が反射する光を浴びせた。
「くっ……!!」
 それは妬鬼姫の持つ鉈で避けられてしまったが。
「私はこれから戦場で頑張り、皆さんにご飯を食べて貰わないといけないんです! ちなみにこのおむすびは、紅鮭と梅干しと味噌大根とおかかですよ! 暖かい麦茶も作りましたから皆でゆっくり飲んで食べて下さいね」
 行く手を阻むゾンビ達に、彩葉はガンガンと持っていた大量のおむすびを口に投げ込んだ。
 するとゾンビ達がほわほわ……っと朗らかな表情を浮かべ、動きを止めていくではないか。そのまま後ろへとぶっ倒れていく。実はこれ、彩葉の神通力『和みご飯』の効果に他ならない。
「あ、なんか凄い顔色悪い人が居ます! すいません、大丈夫ですか? 気持ち悪いですか? 大丈夫そうなら、ご飯食べましょう! 何食べますか? あ、ダメですよ! 好き嫌いしちゃあ。ほら、食べましょう! さぁ! さぁ!」
 次々とゾンビ達を朗らかにさせて、最後に。
「あなたも、ですよっ!!」
 勾玉の力を帯びたおにぎりが、妬鬼姫の口の中に放たれた。
「むぐっ……ごほごほっ!! こんなときに、こんなものを食わせるやつがおるか!!」
 しかし、妬鬼姫は気付いていない。
 三人の度重なる攻撃で、その動きが鈍っていることに。
「恐ろしいけど、あたしには、あたし達には歴代の巫女様がついてる!! この力はあたし達、古守の神嫁……いいえ、古守の巫女達の最後の祈りと、あとは恨み辛み! あんたのせいで、何人の巫女が未来を諦めざるを得なかったと思う? あたしもねぇ、散々泣いたわ。どうしてあたしだったの? なんでってね!!」
 今度は紀美子の番だ。月読を引き抜き、自身の力を解放した。
 紀美子の神通力は、『巫女降し』。
「でも、ここに来て、やっと分かった! やっと理解したのよ。あんたを倒して、神嫁なんてふざけた伝統を終わらせる為だって! あんたは終わりよ、ここで終わるの!! 終わりなさい!!! 終われ!!!!」
 そして、神嫁として鬼神に捧げられ、その命を以って長きに渡り鬼神を封じ続けた、古守の歴代の巫女達を召喚する。
『ありがとう、紀美子。あなたのお陰で私達の役目も、もうすぐ終わるわ』
 そう告げたのは、母によく似た巫女。
「え……」
 そのまま、召喚された巫女達は、その力を紀美子……だけでなく、妬鬼姫を討ち果たそうとする者達の力をも高めていった。

 チドリは、ようやく全ての記憶を取り戻していた。
 朧気に浮かんでは消えるその幻とも言うべき記憶。それは確かに数年前に妬鬼姫らしき女と契りを交わしたという事実。
 同時にふわの父親が自分だと言うことも理解したのだ。
「よく見れば……親子そろい踏みよのう」
 どうやら、妬鬼姫も気付いたらしく、その赤い瞳を愉快そうに細めていく。
「――ああ。相変わらずイイ女ですねぇ」
 それなりの恋愛をしたのか、行きずりの関係か。
 どちらにせよ、チドリの中に強烈な印象を残した女である事に違いなく、他の女に心を渡せなかった理由もそれだと気づく。
「道理でどんな女にも、本気になれなかったわけだ」
 しかし、チドリは理解していた。相手は憎むべき敵。鬼を倒す意思は揺るがず。
「帝都は人の営みを繋いでいく場所です。異分子はお引き取りを」
 レーザーガンの引き金を引いた。
「おのれ……そのまま、こちらにつけばいいものをっ!! それというのも、お前が……お前がここにいるからっ!!」
 狙うのはチドリ……ではなく。
「やらせるかっ!!」
 チドリは咄嗟にふわの前に飛び込み、盾となった……はずだった。
 がつんっ!! 鉈は誰も傷つけてはいなかった。
「ダメでござるよ……チドリ殿が倒れたら、ふわ殿が泣いてしまうでござる」
 片目から血を流す、太助がそこにいた。そう、太助が咄嗟に『大局を見る目』を使い、二人を救ったのだ。
「太助、お前!!」
「太助ちんっ!!」
 血を流す瞳を閉じながら、太助は告げる。
「戦の勝利とふわどのの笑顔を守れるならば、それがしの片目など安いもの」
 ちっと、妬鬼姫は血の混じった唾を吐いた。
 それでも妬鬼姫はなおも足掻こうとする。
「お前のせいで、太助ちんがっ!!」
 激情のままにふわは、妬鬼姫と迫り、釘バットと鬼斬丸を振るう。
「そんな刀だけで、妾を倒せると思うたか!!」
 がきーーーーんっ!!
 激しい音と共に、何かがはじけ飛んだ。バットだ。金属製のバットの先が鉈で切り落とされたのだ。幸い、鬼斬丸は刃こぼれひとつせず、ふわの手に収まっている。
「やはりお前は、妾の子よ不和。その不気味な角、赤い瞳。そして、その怪力。お前は鬼以外の何者でもない。それでもお前は『人』であり続けるのかのう?」
 そう、ふはははと笑いながら妬鬼姫が問う。
「ふ、ふわは……ふわは……」
 目を閉じれば、人々の笑顔が見えた。ふわの拙い漫才で笑ってくれた人々。その笑顔を愛した、血の繋がらないふわの兄。そして、自分を認めてくれたキヨと太助……それに。
「迷うな、ふわ! 痛みは半分、俺が持つ!!」
 父であるチドリの声が響いた。その言葉にふわの迷いの全てが消え去った。
「あぁ、私は人間だ!」
 そう叫ぶと同時に、利き手の皮が赤黒く変色し、歪に歪み、鬼斬丸と一体化する。鮮やかな赤い瞳、けれど、もう前回のような角は生えることはなかった。いま、ふわの中には、歴代の鬼斬丸の所有者達の想いと記憶が渦巻いていた。
 そう、これがふわの神通力『真・鬼斬丸』の力。
「お前のような鬼と決別し、お前を殺すために生まれてきた!」
 太刀筋は分かる。鬼斬丸が教えてくれる。
「なっ……そんな」
 巨大な鉈で受け流すが、それでも流しきれない。
「妾が……妾がやられるはずは……ないのじゃ!!」
 フェイントを交えた、妬鬼姫の攻撃は……何故かまた避けられた。
「例え両眼の光が潰えようとも! 決して皆の希望は消させぬ!! そのまま、一気にいくでござるよ、ふわ殿!!」
 両目から血を流した太助が、叫んだ。
「はいっ!!」
「や、やめろっ!!」
 鬼斬丸が、妬鬼姫の身体を突き刺した。
「うおおおおおおっ!!!」
「ふわさんっ!!」
「力を合わせるわよ!」
「妬鬼姫を倒すんだ!!」
「そのまま、一気にとどめやっ!!」
 たくさんの声が、力が重なり、そして……。
「あがあああああああっ!!!!」
 ふわは妬鬼姫を切り裂き、この因縁に終止符を打ったのであった。
 ゆっくりと倒れ……残ったのは動かなくなった、片腕一本のみ。
「さよなら、俺のお姫さん。願わくばまた次の世に」
 一行は、念のため、近くにあったカーテンを引きちぎり、それで妬鬼姫の腕を包むと、グラウェルの言葉通り、研究所へと運んだのであった。


今回のMVP

井上 ハル
(AP017)

御薬袋 彩葉
(AP003)

天花寺 雅菊
(AP013)

春風 いづる
(AP029)

今回の獲得リスト

シャーロット・パーシヴァル 称号「ゾンビセイバー職人」・可愛い子達がいっぱい♪・迎賓館を守りました
秋茜 蓮 神通力の力で片目に傷跡のあるさすらいの猫をゲット!(名前はまだない)
御薬袋 彩葉 称号「最強のおにぎり配り」・スキル「幸運」獲得・八尺瓊勾玉
冷泉 周 称号「重造の息子」「最強の二人」・剣士との強い絆・べっ甲の櫛と遺書を渡す・剣士さんに担がれました
九角 吉兆 称号「骨の魔人」・人間卒業?・吉兆と涼介と良い関係・お腹痛いです……
雀部 勘九郎 ベスとのしばしの別れ・后を一撃で倒しました
桐野 黒刃 太助と恋バナ?・劇団員の力を借りて
鏤鎬 錫鍍 上司が無能だと部下は苦労します・グラウェルのうっかりに辟易
堂本 星歌 皆と一緒に勾玉探し・ペン・ノート・壊れかけの懐中時計
昴 葉月 皆の道を切り開くために!・吉兆と涼介と良い関係
如月 陽葵 歌姫の歌は枯れることなく響き渡る
古守 紀美子 自分の勘を信じて・神嫁の因縁を断ち切りました!
天花寺 雅菊 帰るために託したキーホルダー・正気に戻ったのは牽牛星のお陰・無事、告白しました!
櫛笠 牽牛星 託されたキーホルダーを胸に・ボロボロになって、ゾンビ病感染・告白されて嬉しさいっぱい
氷桐 怜一 神通力でカレンと通信・過去のことを知りました
十柱 境 ゾンビ病を根絶するために・失われた記憶のことが……?
井上 ハル ここはウチに任せてや!・戦いで大いに活躍・草薙の剣
リーゼロッテ・クグミヤ ガラス瓶は全てなくなりました・妬鬼姫の角にヒビを入れた女
神崎 しのぶ プレゼンは概ね成功!・おばちゃんではありませんわ!!・子供達に好かれました(チョコあげてたので)
アルフィナーシャ・ズヴェズターグラート ハンナとしのぶとしばしの別れ・露払いに参加・后を見送りました
八女 更谷 ライスカレーの約束・カレンと共に戦いへ・カレンの隠し事
一 ふみ 称号「重造の娘」・前帝と后の場所を報告・重造と帝家族の写真
役所 太助 ふわからの頬キッス!・黒刃と恋バナ?・ふわ殿とイイ仲♪
山田 ふわ チドリさんがふわのお父さん!!?・太助ちんととってもイイ関係♪・さようなら妬鬼姫(お母さん)・さよなら釘バット
有島 千代 単独行動でカレンについての極秘情報をゲット!?・見たことないコイン(未来のコイン)を数枚ゲット
三ノ宮 歌風 力を使って、大事な伝言を
菊川 正之助 ゾンビの考察・栞の発言に吃驚仰天!
結城 悟 グラウェルと親しくなりました!・通信機(ゾンビセイバー)
春風 いづる 八咫の鏡・写真立て・思い出のアルバム数冊
漣 チドリ 称号「ふわの実の父親」・ライスカレーの約束・痛みは半分俺が持つ・さよなら、俺のお姫さん
遠野 栞 お手伝いがしたいの・おにぎりとお味噌汁を作って配布
四葉 剣士 称号「最強の二人」・周との強い絆・周を担いで研究所へいざ!
ベスティア・ジェヴォーダン 思い出した過去の断片・勘九郎とは良き仲間・なんとか猛獣化は逃れました
大久 月太郎 称号「グラウェルの右腕のような助手」・試してみたけど、ちょっと上手くいかなかったようです・グラウェルの信頼を得ました