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 紀美子は暗い洞窟へと足を踏み入れた。こんなにも薄暗いのに心細さはないし、怖いとも思わない。
道はかなり曲がりくねっていたが、一本道だった。
 幸いにもこの中にはゾンビもいないらしく、順調に中へ中へと進んでいく。
 そして、辿り着いた先にあったのは。
「壊れた岩……これがご神体?」
 巨大な岩のような石碑のようなものが、雷に打たれたかのように真っ二つに崩れていた。


第二話 結果

◆迎賓館でやることは
 移動を願い出るようにと促す重造の話を受けた、その日のうちに、桜塚特務部隊は動き始めた。
 ちなみに移動は、その翌日となっている。
「まずはお前達にこれを支給しておく」
 四葉 剣士(AP032)は、グラウェルから受け取ったトランシーバー4つを、昴 葉月(AP010)、冷泉 周(AP004)、九角 吉兆(AP005)の4人に手渡した。もちろん、使い方もレクチャーした後で。この4つのトランシーバーは、周波数を合わせれば、最大4人で会話が可能なようだ。
「この後、一と行動を共にするのであろう。これも持って行け」
 剣士が持っているソナーゴーグル2つを、吉兆と周に、ネットガン2つを周に渡した。
「くれぐれも騒ぎにならないようにな」
「「はい!」」
 そう、桜塚特務部隊は、こっそりと収容された人々と、これから収容する人々を怪我の状況によって、隔離をすることになった。
 該当者には、番号板を渡して案内し、更に医者に診て貰うという流れを作ることで、あまり混乱は出ずにそれを遂行することができた。
 怪我をしていない者は、今までの場所にいられるが……。
 普通の怪我人は、医務室に近い部屋へ、ゾンビにつけられた怪我がある者は、地下にある外から鍵をつけられる大部屋へと隔離された。
「……お兄ちゃん……」
 百合は、もちろん、地下の大部屋に行くことになっていた。
 不安そうに涼介を見上げる百合。その二人に声を掛けるのは、葉月だった。
「百合ちゃんの怪我は大丈夫なのか?」
「ああ、少し引っかかれただけだってさ。先生にも問題ないって」
 ――引っかかれただけ……。
 それがどれだけ致命傷かは、葉月も充分理解していた。百合の中にゾンビになる因子は確実に育っているだろう。まだ自我を持っているが、徐々にその体温はソナーゴーグルで低下しているのを観測している。ゆっくりとゆっくりと……。
「皆さん、次は採血をお願いします」
 看護婦が集まった人々の採血を一人ずつ行っていく。
「私、怖い……」
 怖がる百合に葉月は。
「すぐ終わるから平気だよ。ほら、俺も手本見せてあげるから。ついでに『お兄ちゃん』も手本見せてやれよ」
 葉月に小突かれて、涼介も苦笑しながらも採血を行う。
 それが良かったのか、百合は大人しく採血を受けて、やっと安心したような笑みを浮かべた。
 ――妹の百合ちゃんも『家族が被害を受けた』涼介も放っておけない。……なんでこんなに気になるのかは、わからないけど……。

『お兄ちゃん……』
 自分より幼い子のイメージが、突如、葉月の頭の中に浮かんだ。
「えっ!?」
 さっきの少年はいったい……深く思い出すとすると、ずきーんと頭が痛んだ。
 あまりの痛さに、葉月は別のことを考える。
 ――それにもし、ゾンビ病の治療が必要になったら、肉親のサンプルが役立つかも。……こんな事考えてるなんて、絶対に知られないようにしないと。
 痛みはすぐに治まったが、そんなことを考える自分に、複雑な思いを抱くのであった。

『びょうにん、いっぱい。何とかしろ』
 そう役所 太助(AP023)の後ろでこっそりと囁いたのはベスティアなのだが、太助はベスティアの後ろ姿をちらりと見て、金髪の少女としか捕らえられなかったようだ。しかし、その助言を受けて、自分の役目を理解したようだ。
「ここに【災害対策本部】を設置するでござる!!」
 どんと、大きな看板を掲げ、机と椅子、筆記用具等を用意し、さっそく迎賓館の人々の声に耳を傾けて、問題解決へとつなげようとしている。
 ちなみに看板の横には、【よろずお困りごとはこちらまで。手助け随時募集中!】と記載されていた。
 それだけではない。この本部設置には、数多くの賛同者もいる。話を聞いた周、葉月、リーゼロッテ、剣士、ふみもまた、協力してくれていた。
 しかし……それでも文句を出す者も居る。
「今は危急の時、ご辛抱を。我々の未来のためにも……」
 そう言いながら、切実に対応をしていく。
「本部の状況はいかがかな?」
 と、そこへ重造がやってきた。
「神崎隊長殿! まだ慣れぬ部分がありますが、さした問題もなく進んでいるでござるよ」
「それは何よりだ。お陰で我々も役所殿の働きで、随分、楽をさせて頂いた。何かあったら私に出来ることなら、協力しよう」
「それは……ありがとうございます」
 太助は、そんな重造の言葉に励まされ、心強く感じる。
 だが、本部は出来たばかりだ。
 太助に届く悩み事は、充分な物資がきちんと必要な人に渡っていないということ、帰って家の物を取りに行きたいという者がいること、区切りがないため、一目が気になる等、人々の声が寄せられている。医療の方がなんとかなった次は、彼らの要望にどう応えるが重要になりそうだ。

「皆様のお世話をさせてもらいます、リーゼロッテ・クグミヤと申します。皆様、此度のことで不安も不満も多いと思います。何かありましたら、遠慮なく私にお申し付けください。また、どんな些細なことでも構いませんので、異変や気が付いたことがあった際も、私に報告してくださいませ。我々は、貴方方が生き残るための協力を惜しみません」
 リーゼロッテ・クグミヤ(AP018)は、重造とグラウェルの演説の後に、そう演説し、その言葉通り、人々の声に寄り添い、信頼を得ていった。グラウェルに進言したら。
「それなら、剣士とも協力して、役所太助……さんでしたっけ。彼と連携を取ると良いでしょう。期待していますよ」
 幸いにもそこに剣士もいたお陰で、スムーズに連携を取れるようになった。後は……。
「太助様。やはり、同じような要望が届いているようですね」
「ええ、リーゼロッテ殿。人の目が気になるという女性の声が多いようでござる。それに……」
「一部の男性避難者が女性を襲おうとしているようです」
 リーゼロッテや部隊の者が見つけて、何とか未然に防いでいるが、もう少し強化した方がいいのかもしれない。
「拙者も少し見回るようにするでござるよ」
「私もよく見ておきますね」
 二人は互いに頷くと、迎賓館の治安を守るため、再び見回りを始めるのであった。

「うーん、私も物資調達とか拠点とかに行きたかったんですが……」
 よいしょっと、迎賓館の厨房で食材を運んできたのは、御薬袋 彩葉(AP003)。
「私みたいな、きちんとした攻撃手段の無い人間が行ったところで、役に立つかはたかがしれている気がします。それならばいっそ、ここに残って何かしていた方がお役に立てる気がします」
 と、彩葉が袖をまくる。幸い、彼女の手元には、店から持ってきたマッチとウォッカがある。
「ここにある食材を調理して、長期保存出来るように仕込んでおきますか!」
 さっそく手にしたのは、野菜類。
「これは塩漬けにしましょう」
 水抜きはしっかりと。
「下手に水があると、そこから腐りますからね!」
 全ての野菜の処理が終わると、次は果物に取りかかる。
 こちらもお酒に漬けて、水抜きをし、同じように腐らないよう処理していく。
 お米は涼しい場所へと運び、酢があるのを見つけ、嬉しそうに漬物も作っていった。
「食材は無駄に出来ませんからねぇ。あっと、備蓄がどのくらいあるのか、確認しないと」
 ふと彩葉は、嬉しそうに笑みを浮かべて。
「ふふ、今ならきっと『モダンガール』と名乗っても、良いような気がしますよね!」

 ――あぁ、ここにあの時のお姉様がいらっしゃったらなんて仰りますか。……あの時の、素敵な……しのぶお姉様……!

 引き続き、そう思いにふけっていると。
「ちょっと、ごめんなさいね。お水、こちらにあるかしら?」
 なんと、そこに噂の神崎 しのぶ(AP019)が水を求めてやってきたのだ。
「し、しのぶお姉様!!」
「まあ、あのプリンの彩葉さん……でよかったかしら?」
「ああああ、あってるだ……じゃなかった。あ、あってます!!」
 突然の訪問に驚く彩葉にしのぶは、微笑んで。
「喉が渇いたから、飲み物をいただきたいと思って……お水とかありますの?」
「あああ、水ならそこに!!」
「ありがとう」
 近くにあった湯飲みに、しのぶは水の入った大きな甕(かめ)から柄杓を使って水を掬う。湯飲みに水を汲んで、ようやく喉を潤すことが出来た。
「ところで……彩葉さんは、ここに残るの?」
「あ、はい。外に行ってもお役に立てないので、ここでお料理してがんばろうかと」
「まあ、お料理ができるの? 素晴らしいですの!」
 お嫁さんに欲しいですのと続けるしのぶに、彩葉は夢心地で話を聞いていたが。
「そういえば……しのぶお姉様もここに残るんですよね?」
「ごめんなさいね。私、もう少ししたら、帝国ホテルに移動しようと思ってますの」
「えっ……」
「でもまた会えますわ。だって、今日ここでお会いできたんですもの」
「しのぶ……お姉様……」
「美味しいお水、ありがとう。彩葉さん」
 そういって、笑顔で立ち去るしのぶを、移動するということに驚いた彩葉は、ただ見送ることしかできなかった。


◆それぞれの夜
 そして、夜を迎えた。本来ならばもう少し早い時間に頼んでいたのだが。
「遅くなってすまない。それで、話というのは何かね?」
 隊長室を兼ねた応接間で……重造の目の前には、アルフィナーシャ・ズヴェズターグラート(AP020)が、席に座っていた。
「お忙しい所、お時間いただき、ありがとうございます」
 そう前置きして、アルフィナーシャはすぐさま話を切り出した。
「ようやく安息を得たというのに、移動せよと言われても、受け入れ難いものがございますの。でも、わたくしのような子供が大人しく従えば、大人が従わぬわけにはいかないのですの。わたくしに白羽の矢をたてた、意図は理解できますの」
 彼女の後ろには、メイドのハンナが静かに控えている。
「このようなこと、申し上げたくはないのですが、『間引き』をお考えなのでは」
 アルフィナーシャは静かに続ける。
「より多くの者を救うために、少数を犠牲にする。施政者としては間違った考えではありませんの。わたくしの婚約者でもある侯爵様とお父様も、多くの臣民の助命を乞うため、民を扇動し、革命同志を虐殺した大罪人として、自ら処刑台に立った……そう、聞いておりますの。ですが」
 すくっと立ち上がり、さっとサーベルを抜いてその刃を重造へと向ける。
「偽ってそれを為そうというのであれば、許されることではありませんの。その折には、お父様が遺してくだされたこの剣。ゾンビではなく、あなたがたの首を狙うものと、覚えておいてくださいませ!」
「ちょっと待ってくれ。そんなつもりで君をホテルへと招待したわけではない」
 いやと、重造はやや困ったように首を振った。
「少しは君のような子供が拠点を移動すれば、他の者が移動しやすくなるだろうという、下心は全くないと言えば嘘になるだろう。だが、君をホテルへと移動して貰うのは、今はそこがここよりも安全な場所であることもある」
「安全な場所……?」
「詳しいことはまだ言えないが……帝国ホテルへ行けば、言葉の意味が分かるはずだ。それに君のような幼い子供をより環境の良いホテルへ向かわせたいという気持ちも分かって貰いたい。絶対に君を傷つけるようなことはしないことも約束しよう」
 どうやら、重造は間引くわけではなく、ただアルフィナーシャをより安全な場所へと連れて行きたいようだ。
「帝国ホテルへ行けば……わかりますのね」
「ああ、ハンナさん共々、我々が安全にお運びしよう」
「では、明日出立いたしますの。ごきげんよう」
「ごきげんよう、アルフィナーシャ嬢」
 重造に見送られ、アルフィナーシャは、割り当てられた部屋に戻ると。
「ハンナ、出立の準備を。帝国ホテルへ向かいますの」
 その形見のサーベルで自らの長い髪を切り落とし、生き抜く決意を新たにするのだった。


 アルフィナーシャが退室した後。
 隊長室を訪れたのは、冷泉 周(AP004)と一 ふみ(AP022)だった。
 あの審判の刻の後、二人が似たような境遇だということを知り、二人は何か手がかりが得られるのではと、重造の元へと来たのだ。
 周が軽くノックをし、部屋の中へと入っていく。
「神崎隊長、救出作戦にあたって指揮の命、ありがとうございました」
「そんな礼を言われるようなことはしていないぞ。まあ、座って話そうか」
 何かを感じ取ったのか、重造は二人に席に座るよう促し、自分もどっかと二人の向かい側に座る。
「その、わたしも臣民の皆さんを助けに行きたかったので、本当に嬉しかったです。あの、ありがとうございました!!」
「一候補生もか。君達は似たもの同志のようだな。……まあいい。君達の活躍は私の所にも届いている。話があるのなら聞こう」
 そう切り出してくれたので、周はさっそく。
「お気遣い、ありがたく頂戴いたします。では……ひとつ頼らせてくださいますか」
 そして、周は自分の身の上を語り始めた。
「私事で大変申し上げにくいのですが、亡き母の遺言と遺品を渡すため、父を探しています。母の名は巴。父は将校であるとだけ。それと……」
 周がふみへと促すと。
「その、候補生になる少し前に亡くした母から、お前はやんごとないお方の娘だと言われました。母がいうには、瞳がそっくりなのだと。……星空のようなこの瞳が……」
「……」
 思わずふみは、目の前の重造を見つめた。そういえば、重造も深い青い瞳だった。ふみほどではないものの、その輝きは似たものを感じる。いや、それだけではない。どんな時でも冷静でいるその真面目さは、隣に居る周の雰囲気にも似ているようにも感じる……。
「……そうか。ここに来るまで、苦労したようだな。なにか困ったことがあれば、私の所に来ると良い。出来る限り力となろう」
 明確な返答はなかったが、重造はそう告げた。どうやら、これ以上は父親のことを聞くことは出来なさそうだ。
「そうですか。では、一候補生。夜も遅いので先に戻っていて下さい。もう少し隊長と話がありますので」
「はい、わかりました。では、お先に失礼させていただきます!」
 周はそう言って、ふみを退出させると、二人っきりになってから、また口を開いた。
「実は、お伺いした目的は、父のことにございません」
「ではないというと?」
「皇居の救援要請のときに、珍しく動揺していましたね。そのときにこう仰っていました。『晃仁陛下』と」
 そのことに重造は、はっと何かに気付いたような素振りを見せて。
「何が……言いたいのだ」
「決して他言いたしません。神に誓っても。私では頼りないかも知れませんが、少しでも神崎隊長の負担を和らげたい……この気持ちに嘘偽りはございません」
 その真剣な物言いに、重造はふっと笑みをこぼした。敵わないと言わんばかりに。
「いいだろう。その代わり、このことは他言するな……第49代帝が亡くなられた」
「えっ!?」
 突然の帝の死の事実に周は狼狽える。
「知る者も少ないが、私の言った晃仁陛下とは、その亡くなった帝に当たる。……私は晃仁陛下とは幼馴染だったのだよ。できれば1番に帝の元へと馳せ参じたかったが……その前に私は帝にこう言われたのだ、『私よりも臣民を優先して欲しい』とな」
「それで……神崎隊長は、臣民を優先したと……」
「ああ。それともう一つ」
 天井を見ていた重造が、くるりと周の顔を見つめる。
「『何かあった際は、残された帝を頼む』と」
「……まさか、その帝は無事ですよね!?」
「ああ、陛下が身をもって守ったお子だ。今はホテルに居られる」
 その重すぎる事実に周は、少し目眩を感じた。だが、それも一瞬。
「とにかく、周りにはこのことを漏らすな。まだ、人々を混乱させたくないのだ」
 いいなと念を押されて、周は静かに頷くことしかできなかったのだった。


 一方、その頃。
 百合達が居る地下へと向かう影が一つ。
 そこに現れたのは、如月 陽葵(AP011)だった。
 色々やらなければいけない。使命があるかも知れない……。
 だが。
 陽葵自身、歌の活動を続けたいと思っている。それと同時に、現地のファンと別れるのも辛い。
 そう思い、たとえ人が少なくても、今は自分の選んだ道を歩むと決意し、迎賓館に残ったのだが……。
「こう、具体的な案が出てこなかったんだよな」
 人々の話し相手になったり、歌を聴かせたりとはしていた。それで、少しずつ人々が笑みを見せてくれるのが、嬉しかった。けれど、それだけでは足りない気がする。
 そんなとき、甘味処の晴美が言ったのだ。
『ねえねえ、それならさ。地下に居る人達に歌を聴かせてあげてよ。不安で眠れないって言ってたから。ほら、ひまちゃん、歌がすっごく上手いじゃん! きっと喜んでくれると思うんだ!』
 そのアドバイス通り、今日、初めて地下へと赴き、眠れるように子守歌を歌うつもりだ。
「……あれ?」
 だが、どうやら、先客がいた様子。
「百合さん、怪我はどうですか?」
 扉越しに優しく話しかけるのは、大久 月太郎(AP034)だ。
「ん……良くなってきてると……思う」
 扉につけられた窓から顔を出しながら、百合は答える。
「百合さんの怪我……ゾンビにやられたんですか?」
「……そう。引っかかれたの。熱を持ってるみたいで……それに、周りの人達もなんだか苦しそうなの……」
 悲しげにそう訴える百合に、陽葵が声をかけた。
「ならさ、歌ってやるよ。癒す力はないけどさ、安心はさせられるだろうし。落ち着くだろうしな!」
「えっと……」
「名前くらい覚えろよ。俺は如月陽葵だ。お前は?」
「……大久月太郎」
「月太郎か、良い名前だな!」
 そういうと、陽葵はさっそく歌を歌い出した。大きな声でなく、優しく静かに紡がれていく暖かな子守歌を。
「百合さん、皆の様子はどう?」
 月太郎が尋ねると。
「うん、すっごく良いみたい。皆、幸せそうに寝てるよ」
 どうやら、歌で安心したのか、少し呻り声を出していた人々が、静かな寝息を立てている様子。
「私も少し……安心したよ」
 そんな不安げな百合に月太郎は持ってきた宝物を見せた。ちなみに陽葵は歌うことに集中しているらしく(そのお陰でもの凄く綺麗な歌が響いている)月太郎の方は見ていないようだった。
「ほら、これを見て元気出してください」
「わあ! 綺麗っ!!」
 月太郎が見せたのは、宝物のハーバリウムの小瓶。
「その……皆には内緒ですからね?」
 月明かりに翳しながら、百合は月太郎が持ってきた宝物を嬉しそうに眺めていた。
 こんなひとときが、長く続くようにと、月太郎は思わず願わずには居られなかった。
「……誰かを慰められるくらい綺麗なもの、わたしも作れる人になりたかったな」
 その呟きは、歌い終わった陽葵に届いた。
「作れば良いじゃねーか。それ、お前が作ったんだろ?」
「え? あ……これは……自分が作った物じゃないから」
「でも、手本があるならさ、それを模したやつでも作ったらいいんじゃね? まあ、それと全く同じものを作ろうとは思わないでさ、好きなのを作るってのもいいと思うぜ」
「月太郎君、なにか作れるの? なら、お守り作って欲しいな。綺麗なお花の……お守り」
 百合がそういうと。
「お守りですか……いいですね」
 月太郎と陽葵、そして百合は、三人で笑いながら、これからのことを語り合うのだった。


◆これからのために得るもの
「ハルさん、頼まれてたのを持ってきたよ」
 そういって、シャーロット・パーシヴァル(AP001)が手渡したのは、少し大きめな銃だった。だが、これは軍部が使っている銃とは用途が違う。
「これが、テイザーガン? なんかえっらい軽いんやね」
 軽い銃……いや、テイザーガンを手に、井上 ハル(AP017)は、まじまじとその銃を見つめていた。そう、シャーロットが回収した天からの落とし物を使って作ったのは、いわば、銃型のスタンガンこと、テイザーガンだった。
「そりゃ、銃弾ではなく電極が相手に刺さるからね。その分、軽くなってるよ。それと、ゾンビはいいけど、生きてる人に向けて撃たないようにね。心臓が弱かったら、死んじゃう可能性もあるから」
「そ、そうなん!? こっわー……気をつけるわ」
 ハルは迎賓館で手に入れたスカーフをマスクのようにつけると、さっそく外へと出かけていく。その手にはテイザーガンの他にも、もう一つ。
「気をつけてね、本当に。女の子一人じゃ……心配だよ」
「大丈夫や。ウチには、これもついてるんやからね」
 棒のようなものを手に、ハルは一人で出かけて行く。もちろん、一人で怖くないと言えば嘘になるだろう。だが、ゾンビ病解明のためには、一つでもサンプルは必要だ。
「とはいっても、大勢じゃなく、1体だけを狙うつもりや……」
 ハルは慎重に1体だけいるゾンビを探し……。
「見つけた! 逃がさへんで!」
 小柄な女性のゾンビが一人でいるのを見つけて、即座にテイザーガンを放つ。
「があああああ!!!」
 動けなくなった所で、ハルはその棒のようなもの……いや。
 ぶんと、紅く燃える刀身を備えた剣を、ヒートソードを振るった。ハルの類い希な怪力の力も相まって、ゾンビは容易く手足を切られていく。
「あああああああああ!!!」
 叫び声を上げるゾンビに驚きながらも、ハルの手は止まらない。
「グラウェルの兄ちゃんは生き血って言うてたけど、ゾンビ丸々持って行った方が研究は捗るはずや」
 だが、こんな姿を学校の者達に見られるのは嫌だ……。
「さっさと、グラウェルの兄ちゃんに持っていこう……」
 落とし物の中にあった黒ビニールのゴミ袋に、それらを手際よく入れると、もう一度、周囲を確認した。ヒートソードに付いた血を振るって、払うと、そのまま急いでグラウェルのいる迎賓館へ。
「あれ? ハルっち、何持ってるの?」
 声を掛けられたのは、あの晴美だった。
「え!! あ……その、ゴミ持ってきたんや。このまま運ぶさかい、ほな、さいならー!!」
「……ゴミ? マスクするほどのゴミって、そんなに臭かったのかな、あのゴミ……」
 何とか気付かれず(?)、ゾンビサンプルを届けられたことに、ハルはホッと胸をなで下ろすのであった。

 迎賓館のホールでは、帝国ホテルへと移動する者達で溢れていた。よく見ると、金持ちや貴族らが多い様子。その中で、櫛笠 牽牛星(AP014)は、見知った顔を見つけて、声を掛けた。
「アルフィナーシャさん!」
「まあ、牽牛星様!」
 アルフィナーシャが嬉しそうに牽牛星の元にやってくる。側には会釈するハンナの姿も見えた。
「って、アルフィナーシャさん、髪ば、切ったんですか! あげん綺麗かったとに」
「ええ、まあ……気分転換に。そういえば、わたくしに何かご用ですの?」
「そ、そうやった」
 アルフィナーシャに言われて、牽牛星は改めて、口を開く。
「怖いかて思うかもしれんが、帝国ホテルもレンガ造りで丈夫……なによりホテルやけん、寝床も確保が出来る良か場所やと思います、ですから……」
「心配してくださったのですね、ありがとうございます。大丈夫ですわ。私、ホテルに行くことにしましたの」
「そうですか……それが良かと思いますけん、そのお元気で」
「牽牛星様も」
 二人は笑顔で別れる。アルフィナーシャが向かう一行には、同じくホテルへ向かうしのぶの姿も見えた。
「お、挨拶は終わったか?」
 見送り終えた牽牛星に声を掛けるのは、共に行動する天花寺 雅菊(AP013)だ。
「ええ、さっき終えたばっかりばい。ところで、天花寺殿の用事は終わったと?」
 アルフィナーシャと挨拶している間に、雅菊は迎賓館にいる人達に欲しい物を尋ねていた。そう二人はこれから物資調達に向かうのだ。折角だから、希望の物を持ってこようと思ったのだが……。
「あー、それがな。なんていうか、部屋を仕切るやつ? ほら、衝立っぽいのが欲しいとか、家からあれやこれを持ってきて欲しいとか、そういうのが多くてさ……正直そこまで出来ねえって感じ?」
 ちょっとお使い的な感じを想定してたのだが、どうやら、人々が欲しがる物はそういう物では無かったようだ。
「だから、予定通りに行こうと思ってな」
「ですね。流石にそこまで面倒見切れんけんね」
 と、二人が予定の場所へ向かおうとする所へ、カレンが雅菊の姿を見つけて走ってきた。
「お、遅くなってすみません。申請されてたものです」
 そう言って、カレンが雅菊に手渡したのは、軍人達が好んで使うサーベルだった。
「できればこれよりも、性能が高い物をと思ったのですが、グローブ型がいいのか、ソード型がいいのか分からなかったので……すみません、この世界で確保しやすい武器になってしまいました」
「いいよ、今回はこれで。いざとなったら無くてもなんとかなるしな」
 サンキューと、カレンからサーベルを受け取り、雅菊は笑みを浮かべる。
「近距離用武器というよりは、できれば具体的に申請していただけると助かります。皆さんには、この世界で……死んで欲しくないので」
「カレンさんみたいな、綺麗か人に心配して貰えるなんて、嬉しかねぇ。やる気が出るばい」
「あっ牽牛星さんっ!!」
「じゃあ、これ有難く使わせて貰うよ。いってきまーす!」
 頬を火照らすカレンをそのままに、二人はそそくさと迎賓館を出かけていく。

 彼らが目指すのは、警察署だった。
「誰かおらんですかー?」
 ここにもゾンビが襲ってきたらしく、かなり荒れていた。だが、静かなところを見ると、牽牛星の同僚達はなんとか追い返すことができたのだろう。
「その声……牽牛星か?」
 牽牛星の声を聞きつけて、奥にいた同僚2人が出てきた。
「他の皆は……?」
「ああ、見回りに出ているよ。出たばかりだから1時間もすれば、戻ってくるだろう。お前も無事でよかった。で、どうしてここに?」
 同僚の言葉に、牽牛星と雅菊は顔を見合わせ、アイコンタクト。
「実は、帝国ホテルにも複数の都民が避難しとりますけん、警察の治安維持が必要とされとります。少しの間だけで構わんけん、一緒に来ていただくると嬉しかです」
 ついでに健康チェックのための採血もしたいと言うと、同僚達は信用した様子で、牽牛星達と共にホテルへと向かう……振りして。
「この辺で、採血ばさせてもらいますけん」
 さっそく取り出したのは採血用の……吸血銃。
「ホテルでしないのか?」
「ホテルは混んでて、大変なんですよ。ここなら誰も来ませんし。ちくっとするだけで、痛みは少ないですから安心してください」
 雅菊も牽牛星と同じように、吸血銃を出して、もう一人の同僚の採血を行う。グラウェルの言う通り、採血はすぐに終わった。
「コレで終わりばい」
「なっ!? 牽牛星!?」
 見たことのないハンドガンを同僚に向けると、そのまま彼の頭部を撃ち貫いた。しかも、銃弾の音も出ず、静かに犯行を行った。
「な、何を……ぐおっ!?」
 もう一人は、雅菊の持つサーベルで首が飛ぶ。
「お前、同僚にこれとか、外道だな」
 サーベルに付いた血を払い、笑いながら雅菊は牽牛星に言う。
「そげな天花寺殿も、躊躇いなく躊躇いのう切っとーですか。それよりも、こいつらん頭、潰してばくれませんか」
「はいはい、今潰しますよー、ふんっ!!」
 さくさくと頭を潰して、2体の遺体ができあがった。
「これ、どうする?」
「あそこに沼があるばい。底なしなら、ここば捨てときましょ」
「お、ラッキー。じゃあまとめて落としとくぜ」
 始末した二人は何事も無かったかのように、再度、警察署に入っていった。他の者達が戻ってくるのは1時間後と言っていた。あまり時間は無いし、得られるのは必要最低限になるだろう。
「拳銃にライフルもあるばい」
 拳銃を4丁と、弾の入ったケースを二つ、鞄の中に入れた。ライフルは二つ肩にかける。
「一つ持とうか?」
「ええんですか?」
 嬉しそうな笑みで牽牛星は、持っていたライフルの一つを雅菊へと渡したときに。
 ころーんっ。
 何かが落ちた。
「わわわっ!!」
 焦って、牽牛星が拾おうとするのを、一足先に雅菊が拾う。
「ビー玉?」
「ありがとうございますっ!!」
 さっとそれを奪い返して、牽牛星は胸ポケットに収める。
「ほ、ほら、早うしないと皆が戻ってくるばい」
「ほいほい。……あ、救急箱みーつけ」
 救急箱を背中の鞄に入れると、雅菊は恥ずかしそうにしながらも他に持って行けそうなものがないかと牽牛星は辺りを物色していく。
「まだあるばってん、これ以上は持って行けんですね」
「まあ、まだあるってことを覚えておけばいいんじゃね? ほら、行くぞ牽牛星」
 二人は、たくさんの拳銃とライフル、それに救急箱を迎賓館の人々のために持ち帰ってきたのだった。
 グラウェル達には、現地人の血液サンプルを提出するのも忘れずに。


 ふみは、周からネットガンを受け取り、仲間と共に物資調達へと向かった。
 目指す先は、遊郭が立ち並ぶ歓楽街だ。

 ――見知った顔のゾンビが脳裏に焼き付いてる。……あんな、風に、どれだけの人が……。
 ――見捨てられがちで上へ期待しない所では、今もどこかでそんな風に……。
 ――助けなきゃ、終わらせなきゃ。その為には武器だって要る。

 ――だから。

「ふみ、来たぞ!!」
 ゾンビだ。別人だとわかっていても、その顔が見知った人の顔に重なるのは気のせいだろうか。
 銃でゾンビの頭部を狙い、次々と倒していく。倒しきれないゾンビには、周からもらったネットガンで足止めをして。
「場所が場所だからかな……拳銃とかが多いね」
 ふみは物資調達した荷車の中身を見つめた。拳銃が5丁、ショットガンが2丁、それぞれの弾丸が100くらいだろうか。
「ところで……さっき見つけた白い粉、あれ小麦粉じゃないの?」
 きょとんとした顔でそういうふみに、年上の同僚が苦笑を浮かべながら。
「あれは小麦粉じゃない。俺も本物を見たのは初めてだが……きっとアヘンだ。小麦粉なら厨房にあるだろうが、あれはこう……別の部屋にあっただろ?」
「そっか……」
 ちなみにアヘンは、元あった場所に戻しておいた。
「ん? あれ? あれって……どっかで見たような……?」
「どうかしたんですか?」
 ふみが声をかけると。
「いや、見間違いだと思うんだ。ほら、吉兆が通ってた牡丹さんに似てたから……」
「でも、あっちの方向って……」
 牡丹らしき影が向かった先は、迎賓館だった。


 一方、迎賓館の門の近くでは、吉兆が避難してくる人々や、逆に他の拠点へと向かう人々の整理を行っている。
 その目元には、あのソナーゴーグルがつけられていた。
「はい。では、こちらの札を持って医務室へどうぞ」
 幸いなことに、現時点では体温の低い者やゾンビに怪我を負わせられた人は来ていない。と、そのときだった。
「きゃああああ!!!」
 人々が急に飛び込んできた。
「ちょ、なにがあったんですか?」
 ソナーゴーグルをつけたまま、人々が逃げてきた先を見ると。
「……ゾンビだ」
 急いで配布された銃を、吉兆は構える。
 ソナーには、体温が低いことを示していた……が、しかし。
「え……」
 その腹部には、確かな熱があった。とても小さい熱だったが……。
「もしかして、ゾンビじゃ無い?」
 ゴーグルを頭の上に跳ね上げれば、そこにいたのは……。
 虚ろな目をして、呻り声を発する……。
「ぼ、牡丹……牡丹……なの、か……」
 つい先日まで、楽しく語らっていた吉兆が贔屓にしていた遊女。それが、彼の目の前にいた……変わり果てた姿でゆっくりと守るべき迎賓館へと。
「吉兆! 相手はゾンビだろ!? 早く撃て!!」
「だって、牡丹は……俺の……」
 守ってやりたかった、そのために軍人になろうと思っていたのに……。
「う、うわあああああああ!!」
「吉兆!? 待て、何を……」
 涙を流しながら、吉兆はゾンビを銃の先端についていた銃剣で切り裂いていく。何度も何度も泣きながら。
「あああああああ!!!!」
 それはゾンビの声か……それとも、吉兆の魂の叫びか。
 吉兆の倒したゾンビはそのまま、グラウェルのサンプルとして運ばれていった。
 残念ながら、牡丹のお腹の中にいた子は未成熟し過ぎて、生まれることもなかったそうだ。その知らせを聞いてもまだ、吉兆は涙を流しながら呆然としていたのだった。


◆迎賓館にて、再び
 続々と物資が運ばれる迎賓館で、三ノ宮 歌風(AP026)は一人、資料室へと向かっていた。
「今回の件……もしかしたら、過去に同じような事件があるかもしれない……」
 そう考え、迎賓館にある資料室で調べている。
「……これは?」
 そして、一冊の地域の古い文献にぶち当たった。
「100年前に、死人が襲ってきた、だって?」
 文献によると、山の墓場から死人が出てきて、麓の村の人々を襲ったらしい。それを救ったのは、3人の剣豪。原因は……。
「お、鬼……?」
 いや、もしかすると、これは伝承として残した奇病の話かも知れない。
 見つけたのはそれだけ。だが、もしかすると、帝都の図書館あたりにある書物を調べれば更なる事実を知ることが出来るかも知れない。
 歌風は見つけた書物を手にして、資料室を後にしたのだった。


「あれ? シャーロットお姉さん。どこに行くの?」
 迎賓館から離れた場所にある研究所で、堂本 星歌(AP009)は、シャーロットと共に、グラウェルの隣の部屋にある落とし物倉庫の物資を利用して、弾丸を作ったり、壊れたアイテムを修理したりして、使えるようにしていた。
 星歌は、今後に使えるかも知れないと、ローラースケート……確か晴美ちゃんという女の子が履いていたものと同じ物を一つ、作り出していた。他にもスタンガンを2つに電子レンジを修理して、グラウェル達に褒められてもいた。
 ちなみに、星歌がシャーロットの所に来たのは、もう一つ理由がある。
『すみません。錫鍍さんから苦情が来てしまいまして……可能でしたら、彼女のことをお任せしてもよろしいでしょうか?』
 と、カレンからシャーロットに、頼まれたのだ。丁度、自分もここでいろいろと作る予定でもあったので、一緒に居られるときは、面倒を見ている。
「うん、ちょっと一段落したから、迎賓館に運んでくるよ。すぐに戻ってくるから、ここで待っててくれるかな?」
「うん、わかったよ。私もまだやることあるし、いってらっしゃい」
「いってきます、ショウカ」
 星歌に見送られ、シャーロットは出来たばかりの弾丸を手に、迎賓館へと向かう。
「こんにちは。リョウスケいる?」
「あ、シャーロットさん。どうかしたんですかー?」
 笑顔で応対する涼介にシャーロットは、少し心配げだ。
「頼まれてた弾丸の補充、持ってきたよ。これでいいかな?」
「もう出来たんですか! 助かります! さっそく、皆に渡してきますね!」
「無理してないかい? とにかく……小さな怪我も大事になるかもしれないから気を付けて。何かお手伝いすることがあれば、言ってほしいな」
 気遣うシャーロットに涼介は、少し泣き出しそうな顔をするが。
「ありがとう、シャーロットさん。俺は大丈夫。百合も、きっと大丈夫だから」
 そう笑顔を見せる涼介が、少し痛々しそうに見えた。
「生き残れるよう、頑張るよ。大丈夫、怖くはない。……うん、大丈夫」
 その言葉は、自分にも言い聞かせるかのように、シャーロットもまた、安心させるかのように笑みを見せたのだった。


「無の……グラなんとかさんはこれだから」
 鏤鎬 錫鍍(AP008)は、ぶつくさ呟きながら、要らないブリキを使って工作中。
 バチバチと火花を散らしつつ、ハンダ付けしながら、黙々と作業を進める。
「錫鍍さんに人間を託す節穴、市民の混乱への燃料投下、技術者へ作業場所指定も具体性も皆無の指示、全てが気に食わない吸血銃……。随分と悪手を踏むのがお得意で? 哄笑でございます。特に吸血銃。随分熱を入れられたのでしょう? 思考のはんだが弾けておられる。余白の無い構造も趣味ではありません。ゾンビへの接近を控えろと口にし、接近前提の採取道具を提案……その上、戦闘中持ち替えるリスクも考えずに?」
 考えられないといった風で、工作はそろそろ終盤。
 完成したのは、二つ。
 一つは、銃口が二つ付いた、新しい吸血銃だ。ひとつは針を打ち出し、その長いチューブでもって、遠距離から撃ち込めるようにした。もう一つの銃口からは実弾を込めており、戦いながらもゾンビの血液が採れるようになっている。
 そして、もう一つはと言うと。
「武道に長けた者は銃より拳でしょうか。簡易的なロボットアームでございます」
 両腕に反応して、背から伸びたアームで攻撃できるようになっている。もちろん、こちらにも、同様の吸血機構を掌部に備え、背中には採取物とアームの収納機構が取り付けられている。
「で、これを……どうしましょうか」
 軍部に渡した方がいいだろうか、それとも……。
 錫鍍は思わず、首を傾げたのだった。


◆キヨの持ってるお役立ちグッズ?
 意外にもキヨの家に向かうという者達は数多く。
「そうですか……ありがとうございます」
 春風 いづる(AP029)は、情報を取りまとめる役人に自分の家族の安否を確認したが、迎賓館には来ていないらしい。
 学校あたりに避難しているのではと言われた。学校に行けばなにか分かるかもしれないが……。
「えっと、これで全員?」
 キヨが声をかけると。
「キヨさん、ボクも行く」
 いづるも立候補した。それだけではない。
「後、できるだけ露出は避けた方がいいかもしれない」
 手袋をつけたり、布を巻きながら、いづるはキヨはもちろん、他の者にもそう勧める。そんな中、見知った顔を見つけて、いづるは声をかけた。
「秋茜さん」
「あ、いづるさん……」
 秋茜 蓮(AP002)だ。彼に近づき、いづるは告げる。
「秋茜さんも。もう一度言うよ、君は悪くない」
 暗い顔をする彼にいづるは笑顔で続ける。
「せっかくのお洒落にしょんぼりは似合わないよ。そうそう、緊急時は事務所使っていいよ。泊まり込み出来るよう食料や毛布の備品もあるしね」
「ありがとうございます、いづるさん」
 その声掛けに蓮も少し元気が出てきたようだ。そう、悪いのはゾンビ生み出したやつらなのだ。それが誰なのか……いや、人なのかさえも分からないのだが。


「あのっ、私でよければご一緒します! 詳しいことは分からないですけど、私も待つだけは嫌です! それに、何かしら物はあるに越したことはないと思いますし、人数がいた方が色んな物を持ち出しできますよね?」
 モップを片手にキヨ達のメンバーに加わるのは、有島 千代(AP025)だ。
「千代姉様、私も行きます。皆が助かるために必要な物があるかもしれないもの。私にもできることがあるのなら、精一杯やってみようと思うんです」
 遠野 栞(AP031)もまた、彼女に引き続き、一行に加わる……が。
「にゃーん」
 足元にいたのは、審判の刻で助けたあの子猫だ。迷子にならないよう栞の持っていたリボンを首元に付けている。本当ならば、この子猫はあの涼介の妹の百合に託したかった。だが、彼女のいる地下へ行くことは現在禁止されており、その機会がなかったのだ。それに、涼介の話によると、かなり体調も悪くなってしまったそうだ。どうしようと思っていると。
「その子なら、私が預かろうか?」
 そう声をかけてきたのは、桜子だった。
「私、ここでやることあまりないから……」
「桜子さん、ありがとうございます。……お利口に待っていてね」
 子猫の額に口づけして、栞はホッとした表情で、そっと子猫を桜子に預ける。
 そんな少女達を少し離れたところで見守るのは、菊川 正之助(AP027)だ。
「天からの落とし物、か。奇妙な話だよね。……多分、空から落ちてくるのは間違い無いんだろうけども、空のどの辺りから落ちてきているんだろう……? 普通に考えると燃え尽きてしまったり、壊れちゃいそうなのになぁ。案外、どこか別のところからやってきて、頭の近くに落ちてたりして」
 と正之助が天からの落し物の考察を述べていると。
「皆、待たせたね」
 後からやってきたのは、氷桐 怜一(AP015)。その肩にはライフルが下げられていた。
「怜一君、そんな物々しいライフルなんてどうしたの」
 思わず、正之助が声をかけると。
「軍の知り合いに調達してもらったんです。他の人達には内緒でお願いしますね、先生」
 外に出るのであれば、護身は必要と、怜一はグラウェルに頼んで用意してもらったのだ。嘘は言っていない……たぶん。
「知り合い…? その知り合いは、よっぽど権限が強そうだね……」
 不思議そうに首を傾げていたが、正之助はそれ以上、突っ込むことなく千代達と合流するのであった。


「オレも行くぜぇ! 欲しい物もあるからな」
「はいはーい!! ふわちゃんもふわちゃんも!!」
 桐野 黒刃(AP007)と山田 ふわ(AP024)も、その力を活かして、護衛を兼ねたメンバーとして加わった。いや、まだいる。
「うっし、こんな状況なら俺は自分で動いた方が軍の人や、お年寄りやご婦人や小さい子の負担にならないよな」
 そう準備運動をして、肩に鞄をかける雀部 勘九郎(AP006)だ。
「キヨちゃんだっけ? バットの代わりになりそうなものがあるなら貸りにいくぜ! 先輩も一緒にどうです? 先輩のことは俺が護りますから!!」
 ニッと笑って、勘九郎は胸を叩き、海斗を誘うが。
「そうだな……人数は足りてるようだし、僕は残るよ。残っていろいろ調べたり、迎賓館での設備を良くしようと思う」
「うう、残念。じゃあ、キヨちゃんの荷物運びが終わったら、こっちに戻ってきますね」
「ああ、無事に帰ってきてくれよ。まだ約束果たしてないんだからな」
「了解、夏目先輩!」
 拳を軽く叩き合い、二人はもう一度、笑顔を見せた。
 と、そこで勘九郎は、ずっと気になっていた気配に声を掛ける。
「おい、出て来いよ。そこにいるんだろ?」
 勘九郎に言われて、ひょこっと物陰から出てきたのは、身なりが普通の子供っぽくなった、ベスティア・ジェヴォーダン(AP033)だ。その腰にはシャーロットから受け取った大きめのサバイバルナイフが取り付けられていた。
「ずっと付いてきてただろ? お前、誰なんだ?」
「……ベス」
「ベスっていうのが、お前の名前なのか?」
 勘九郎に言われ、こくんとベスティアは頷いた。
「ベス、勘九郎についていく」
「え? お前も付いて来るってのか? でも俺達これから外に出るんだぞ、分かって……」
「問題ない。ベス、強い。ナイフもある」
 腰につけたナイフを引き抜き、勘九郎に見せる。刃にはギザギザの溝もつけられており、斬りつけられれば、タダでは済まないだろう。
「なんだぁ? よくわかんねーけど、女の子を放っておくわけにもいかねーし、一緒に来いよ」
「……ベス、一緒に行く」
 勘九郎の後についてくるかのように、ベスティアもこうして、キヨ達一行に加わった。


 とそのときだった。キヨ達の所に剣士が近づいてきた。
「ここで集まって何をしている?」
「決まってるわ。これから私の家に行くの。それに取りに行くのは、私が集めた天からの落し物。あなた方に渡すつもりはないけど、非常事態だから、持ってこようと思ってるの。いいでしょ? こんなに人数もいるんだから」
 そういうキヨに剣士は、少し思案した様子で。
「天からの落し物だって? いくつあるんだ?」
「そうね、たぶん100個以上はあるわ」
「100個……だって?」
 どうやら、キヨはかなりの数を集めていたようだ。しかも政府に届け出ずに所蔵しているとは。
 ――だから、個数が合わなかったわけか。
 カレンが前に零していた言葉を思い出した。
『かなりの数をこの帝都に送ったんですが、数が足りないんです。回収していないわけではなさそうですし……人気のない所に落ちたのかしら……』
 だから、予定以上の物が帝都に送られたのだと、カレンは愚痴を零していた。彼女が愚痴を言うなんて、珍しいから聞いていたのだが……。
「まあ、全部は持っていけないから、使えそうな物を選別して持ってくるつもり。いいでしょ?」
「……少し待っててくれ」
 剣士はそう言って、急いでグラウェルの所へと向かい、吸血銃をいくつかと自分の持っているネットガン、それに拳銃1丁を持ってきた。
「どうしてもというのなら、この銃を使ってゾンビの血液を採ってきてほしい。ゾンビ病に打ち勝つ何かが得られるかもしれない。それとこれは……」
 と、吸血銃とネットガンのレクチャーを行い、護身用の拳銃1丁を……。
「お兄さん、その銃、譲って頂けやせん?」
 キヨへと渡そうとした銃を見て、漣 チドリ(AP030)が声をかける。
「……そうだな。子供に渡すものでもないしな」
 剣士は向き直り、チドリへと改めて拳銃を手渡す。
「英断に感謝。朗報をお待ちください」
 吸血銃も受け取って、チドリはその任務を担うと約束する。
「それなら、俺にも一つ、拳銃をくれないか」
 そう声をかけてきたのは、チドリと行動を共にしている八女 更谷(AP021)。
「すまない、あいにく持ってこれたのは、1丁のみなんだ。代わりにこれを持っていくといい」
 剣士は先ほどレクチャーしたネットガンの方を更谷へと手渡す。
「まあ、しかたないか。これを借りるぜ」
 チドリと更谷の二人はこうして、剣士から護身用武器を得ることができたのだった。


 剣士の許可を得て、キヨ達は固まって迎賓館を出発していく。殿はライフルを持つ怜一が担っていた。
 前には道を知っているキヨと。
「お嬢さん、お手をどうぞ」
 そう手を差し伸べるのはチドリ。キヨは驚いた様子で。
「わ、私、そういうの間に合ってるんで」
 なんだか警戒されている様子。
「そう言わずにお嬢さん、俺から離れずに。なに、俺はしがねぇ写真屋ですけどね、女子供守るくらいの矜持はありまさぁ」
 とチドリが重ねると。
「てめぇは護衛に来たのか、口説きに来たのか……、はっきりしやがれ!!!」
 ぽかりと、更谷にどつかれた。
「口説きに来たか護衛に来たかぁ? は、そんなん両方に決まってんでさぁ!」
 そのチドリの言葉に、キヨは一層、警戒を強めたのは言うまでもなく。
 ならばと、キヨの側にやってきたのは蓮。どうやら、聞きたいことがある様子。
「キヨさん、ゾンビがどうやって人を認識しているのか意見を聞いても良いですか」
「ゾンビの認識力のこと?」
 キヨの言葉に頷き、蓮は続ける。
「どう思いますか。隠れたら見つからないのか。音か匂いか体温か。生前の能力や機能に引きずられるのか、それとも何か超感覚を得ているのか。それによって逃げ方が変わってきます」
「そうね……」
 キヨは答える。
「前に追われた時の話になるけど、たぶん、視覚で認識しているように感じるわ。動きも鈍いから、注意していれば、なんとかなりそうな気がするわね。まあ、相手が少ないときは……ね」
 まだ仮説だけどと付け加える。
「あと、噛まれたらゾンビになるって事は、迎賓館みたいに大勢で避難している所はかえって危険ですよね? ゾンビの認識方法を踏まえて、安全に少数で籠城できる場所の条件とは何になるでしょうか。ボクは船とか塔を考えているんですが」
 その蓮の指摘に。
「ふうん。面白いわね、それ。軍がいないことを考えると、船が1番に安全かもしれないわ。陸続きだったら、必ずゾンビは来るだろうし。けど、迎賓館には軍がいるし、他の拠点にも戦える人がいるって聞いてるわ。それを考えると、迎賓館の方が安全かも知れないわね」
 そういって、キヨは蓮を見た。
「キミ、面白いね。私にそんなこと聞くなんて」
「あーその、キヨさん、何か知ってそうな感じがしたから」
「よく言われる。でも、私、皆が思っているほど知ってるわけじゃ無いわ。そこら辺にいる子と同じ。まあ、政府があんな便利な物を全部、利用せずに回収してるってのが気に入らないだけ……だって、私達の使ってる物より凄いのよ。私の持ってるこの耳当てのようにね」
 そういって、キヨは蓮にも、聞いていた曲を聴かせた。流れてくるのは女性の歌だった。いろいろな楽器が弾けるような、リズミカルな曲を。
「ね? 蓄音機よりもラジオよりも、ずっと綺麗な音なの」
 どうして研究したり使わないのかな……と呟いていると。
「……なにかの足音が聞こえます」
 いち早く異変に気付いたのは、耳の良い栞。その声と同時にゾンビ達が現れた。
「お嬢さん、下がって!」
 チドリが拳銃でゾンビを撃つ。更谷もネットガンを撃って、多くのゾンビをネットの中に閉じ込めた。
「いいか、俺は生きる屍になる気はない。ましてや、俺が近くにいる限りは誰も生きる屍になんざさせねぇよ!」
 動けなくなったゾンビにそう更谷は叫ぶ。
 その間に、近づくゾンビをライフルで蹴散らした怜一が、ライフルに取り付けた銃剣で、止めを刺した。こっそりとポケットから取り出した注射器で、ゾンビの血を採ることも忘れずに。
「しかし、一匹にばかり構ってると他が来てしまうな」
 その間にも、仲間達が戦ってくれているので、何とか先へと進められる。
「ゾンビ……でしたっけ、どうやってこちらを見つけてくるんでしょう? 見て? 聞いて? 匂い?」
 モップを持って警戒する千代は、落ちていた石を持って、やってきたゾンビの後ろの方へと石を投げつける。
「うああああ……」
 ちょっと気にしたが、目が見えているらしく、千代の方へとやってきた。
「わわわ、えいえいえいっ!!」
 近づくゾンビの頭めがけて、モップで応戦。
「正直人の形をしている相手に対して殴ったりできるか心配してましたけれど、ここまでボロボロだと逆に躊躇なく殴れちゃいますねー、あはは」
 ちょっと放心状態な千代の相手するゾンビは。
「千代さん下がって!」
 ライフルを持つ怜一が仕留めてくれた。
「危ないこと、しないでくださいね? 絶対よ?」
 その間に栞は正之助を引っ張って、安全な所へと後退する。ライフルやモップで応戦する怜一や千代の姿に、栞は不安げだ。
「ゾンビの生態が分かれば、もう少し何に注目すべきか、わかるんだけど……」
 正之助もまた、ゾンビの様子を観察している。色の変わった肌に、汚れた服。足取りは基本的に遅いようだが、近づいてきた途端に一気に攻撃してくる瞬発力は侮れない。血を流しているゾンビならば、血の跡を見てゾンビの居場所が分かるかも知れないが……。
「まずは、ゾンビに襲われないようにしよう」
 栞と一緒にゾンビの攻撃から離れるのであった。


「今はお前らの相手してる暇はねーんだよ! 新しい相棒が俺を待ってンだ!! ベスも行くぞ!!」
 と勘九郎は、近くに落ちていた木材で、ゾンビの首を狙う。しかし。
「さわるとうつる。危険」
 そんな勘九郎の前に立つのは、ベスティア。ナイフを手にその俊敏さを活かして、ゾンビを次々と切り裂いていく。そのナイフには、ギザギザの溝に血が付いていた。これならば、ゾンビの血は無事に回収できるだろう。
「うわ……すごいなベス。でも俺も負けないぜ!」
 ベスティアの気持ち的には、勘九郎には動いて欲しくないのだが、勘九郎はじっとしている性分では無い。
「危険、あぶない。勘九郎、下がる!」
「何言ってるんだよ! 皆が戦ってるのに俺が怠けちゃダメだろ?」
 仕方ないので、ベスティアは勘九郎の側でゾンビ退治を続けるのであった。


 ふわも勘九郎と同じように近くに落ちていた木材を使って、ゾンビを叩いていく。
「ゾンビいっぱいだね。でもふわちゃん、頑張って倒すよ!」
 勢いよく振り回してたら、ボキッと折れた。仕方ないので、また似たような木材を拾って、ふわはまた戦う。
「ほう、嬢ちゃんも凄いんだなぁ。なら、オレも本気出していくか!」
 黒刃は素手で身構えると、その見事な蹴りで、ゾンビの頭を狙う。倒れた所に隙無く、そのまま潰してとどめを刺していく。
「まだまだっ!!」
 回し蹴りで迫り来るゾンビ達を吹き飛ばし、倒れたゾンビを端から順番に倒して行った。
「すごいね、黒刃さん。キミは何か習っていたのかい?」
 いづるが声を掛けると。
「空手をやっていてね! これくらいならば、何とかできる……っと!!」
 戦いながらも黒刃はそう答えた。
 ――それにしても、なんでこんなにも……ゾンビを倒すことが楽しいのだろう。
 体が震え、吊り上がる口元を手で隠しながら。
「黒刃さん?」
「大丈夫だ! それに、オレはスタァだ。こんな姿を見せるわけにぁいかねぇな!!」
 その言葉にいづるは、そのゾンビを黒刃に任せ、代わりに、皆の戦っている間で、いろいろなことを実験していた。
 近くにあった布を被ったり、角を曲がったりすると……ゾンビはいづるを認識できなくなるようだ。
「なるほど、ゾンビは同士討ちはしないようだね。どう認識しているのかわからないが……」
 狙っているのは、全て生きている者ばかり。しかも、人だけで無く、猫や犬まで襲っていたのは、驚きだ。
「猫と犬も? もしかして、これはちょっと……厄介じゃ無いかな……」
 いづるは、観察をやめない。そう、ゾンビの中により強力な力を持つ個体がいるかいないか見ていたが……それは特にいなさそうだ。
 ただ、気になるのは……。
「あの服……変な形をしている?」
 見たことのないデザインの服を着ているゾンビを見かけるようになっていること。そういえば、グラウェルという外人の側にいた秘書が、同じような服装をしていたような……。
「おや、あれは……目が潰れている?」
 ふらふらと、目を潰されたゾンビが、何故かいづる達の居るところへと近づいてきていた。
 とっさにいづるは小石を投げる。ゾンビはその音を聞きつけ、そっちの方へと向かっていった。
「目が潰されても、音で襲ってくるのか……まさか、ゾンビも学んでいる?」
 いづるはそう呟き、これらのことを頭の中にたたき込むのであった。


 数回、ゾンビとやり合ったが、皆、ゾンビに噛まれないよう、引っかかれないよう気を配っていたお陰か、さしたる怪我もなく、無事にキヨの家に辿り着くことが出来た。
「私の部屋はこっちよ」
 2階に上り、戸を開く。
「これは……よくこれだけ集めた物だね。落とし物は届けるようにと言われてなかったかい?」
 思わず、怜一が目を見張る。そこには所狭しと天からの落とし物が置かれていた。
「そうね。でも、お陰で今、役立ってるわ」
 そう笑顔で返すキヨに、怜一は思わず苦笑を浮かべる。
「そうだ……皆さん、ここで休憩しませんか? 怪我した方はいませんか?」
 栞はそういって、怪我をした者の治療を始めようとして……。
「救急箱でいいのなら、こっちにあるわ」
 家にあるものをキヨが持ってきてくれた。ゾンビにはやられなかったが、それでも小さな傷は出来ていたようだ。栞が先導し、怜一が補助することで、皆の治療はすぐにすませることができた。
「ねえねえ、キヨちゃん。キヨちゃんの言ってたやつはどれ?」
「ああ、これよ」
 ふわに言われて、取り出したのは……金属製のバットだ。しかも釘が打ち付けられたもの。
「わあ……これいいね! 軽くて丈夫!!」
「俺のバットの代わりになるものってあるか?」
 次に勘九郎がキヨに尋ねる。
「釘はついてないけど、もう一本、あるわよ」
 もう一本、金属バットがあったようだ。
「いいじゃん! 気に入った!!」
 勘九郎は、新しいバット……いや、新しい相棒に興奮気味に、さっそく素振りをしている様子。
「あと、これもあげるわ。投げたら手元に戻ってくるの。ちょっとコツが必要だけど……って、ここで投げないで! 危ないじゃない!!」
 キヨがおまけに渡したのは、ヘの字に曲がったブーメランだ。塗装されているが、恐らく木製のようだ。さっそく投げてみようとして、キヨに怒られてしまったが。広い所で試し投げするのもいいかもしれない。
「そういえば、ベスは何か欲しいの無いのか?」
「……ナイフある、大丈夫。勘九郎といるだけ、充分」
「えっ!?」
 ベスティアとしては、既に欲しいものは得ているので不要だし、勘九郎の側にいれれば、任務的にも問題ないのでそう告げただけなのだが。
 意味深にも捉えられるベスの言葉に、今度は勘九郎が困惑しているようだった。
「なあ、素人でも使えるゾンビの動きを止められる物ってないか? それとライフルとか刀とかの武器とか小型の通信機器とか、明かりになりそうなやつとか……」
 そう尋ねるのは更谷。
「動きを止められるのなら、更谷さんが持ってるネットガンの方がいいわよ。ここにはそれ以上のものなんてないし。それと……流石に刀とかライフルとか持ってないわよ。せいぜい、このくらいね」
 と出してきたのは、精巧なマシンガン……ではなく。
「それ、おもちゃなの。弾はこれね。でも、当たれば痛いし、紙の的なら破くことはできたわよ」
 エアガンというやつだ。ご丁寧に弾もある様子。
「通信機かどうかは分からないけど、離れた所でも話せるやつはあるわ。コレね。それと明かりになりそうなヤツはこれ。二つあるからいいでしょ?」
 冒頭で剣士が持っていたのと同じ、トランシーバーが二つ。それに懐中電灯も二つ出てきた。
「それ、二人で分けて使って」
 思案する二人を余所に、次にキヨに声を掛けてきたのは、黒刃だ。
「なぁお嬢ちゃん、殺傷能力のありそうな物はあるだろうか?」
「あなたもそうなの? ……そうね、これなんかいいかも」
 本当なら万が一のときに使えるように取って置きたかったんだけどと、キヨが取り出してきたのは、弓のついたボウガンだった。
「あんまり矢はないけど。物資が足りなくなったら、それで猪でも狩ろうと思ってたんだけど、あげるわ」
「お、おう。ありがたくもらってくぜ」
 黒刃は、さっそくボウガンを受け取り、身に着けていた。
「キヨさん……この天からの落とし物……触っていいの?」
 いづるが興味深そうに眺めながら尋ねると。
「そのあたりは触っても大丈夫。でも中には怪我するものもあるから……心配なら声かけて」
「耳当ては調べれば通信に使えそうだし、害はなさそうなのに……どうして回収するんだろう……?」
 そのいづるの言葉にキヨは。
「さあ。これだけ便利なのに回収するだけなんて、もったいないと思うわ。誰かが止めているか……これを持つことで不都合になることでもあるのかしらね……」
 面倒くさそうにそう答えた。
「それにしても、すごい数……見つけやすい場所とかコツでも?」
 次に声をかけてきたのは、千代だ。
「簡単よ。人がいないところを探すの。森とか山とかね。そこでいろいろ拾ってきたわ。そうそう、ぴかっと光った後に、私の耳当てが落ちてたっけ。ほら、カメラを撮影するときに光るアレっぽいの。それとかも探すといいんじゃない? でも……最近、拾える数ががくっと減ったから探すのは難しいかもね」
「そうなんですか……あ、今度一緒に物資探しにいきませんかっ! キヨさん収集実績あるから色々見つかりそう!」
 そう誘う千代にキヨは。
「ゾンビがいなくなったら、それもいいかもね」
 そういって、微笑んでくれた。
「キヨさーん! この荷車使っていいかな?」
 下で怜一が荷車を見つけてきたようだ。
「いいわよ。それ使って」
 今度は皆総出で、キヨの集めた落し物を荷車へと運んでいく。
「私、上からゾンビが来ないか見ていますね!」
 千代はキヨの部屋の窓から、周囲を警戒。更谷とチドリは荷車の側で見張りを担当。
「不思議なものがたくさん……壊れそうな物は布でくるむといいかしら? キヨさん、どれを運べばいいですか?」
 栞は、壊れそうなものを布に巻いて保護しつつ、キヨに尋ねながら、大切にキヨの集めた落し物を運んでいく。
「それにしてもこれだけの複雑な機構……組み上げる機器自体もかなりの技術がなきゃ出来ないよね。素材も見たことがない。……この箇所は金属の性質も見られないけど軽さの割に比較的頑丈だな。不思議な物質だ。貴重な品じゃなかったら分解して分析したいぐらいだなぁ」
「勝手に分解しないで。でもまあ、その気持ちわかるわ。実際、一つ分解してみたけど、複雑すぎて、元に戻せなかったのよね」
 惚れ惚れと正之助が見ているものを眺めながら、キヨは続ける。
「だから、分解しちゃダメ。使えなくなるから」
 と、隙を見せると分解しそうな正之助に釘をさすことも忘れない。
 荷物運びが進む中、ふわはずっとゾンビと戦っていたので、少し休憩を許されていた。
「綺麗な目ね。不思議な感じがする」
 と、ひと段落したキヨが声をかけてきた。
「さぁね、生まれた時からだから。でも周りの人は、皆、ふわちゃんのことをバケモノだって言ってたよ!」
 気にしていないふわのその言葉に、キヨは何か思案するそぶりを見せて。
「ふわはバケモノなんかじゃないよ」
 ふわのその手に自分の手を重ねた。
「ふわがいてくれたから、ここまで来れた。だから……その……私はずっとふわの友達だから」
「ありがと! ふわもキヨの友達だよ!」
 心からの笑顔で、ふわもそれに応える。
「みなさーん、そろそろ行きますよー」
 栞の声にキヨとふわも部屋を後にした。キヨは振り返り、部屋が少しがらんとしているのを、しばし眺めていたが。
「また帰ってくるよ」
 そう告げて、皆のいるところへと向かった。
「さて、帰ったら地獄絵図……じゃねぇと良いですが。帰りも警戒怠んなよ、サラさん」
「わかってるよ。行きはよいよい帰りは恐いってことにならないよう、気を付けるぞ」
 幸いにも、チドリや更谷のいうようなことや、ゾンビとの戦いでも後れを取ることなく、一行は無事に迎賓館へと戻ってくることができたのだった。
 たくさんのキヨの持つ落し物も一緒に……。


◆慟哭の夜
 その夜……迎賓館で恐れていたことが起きてしまった。
「百合……具合はどう…………え?」
 夜の見回りも兼ねて、涼介が地下を訪れると、壊れた扉からゆっくりと誰かが出てきた。
「ゆ……り……?」
 そう。ゾンビに傷つけられていた者達が、全員……ゾンビになっていたのだ。
「うわああああああああああ!!!」
 思わず涼介は大声をあげた。そのまましゃがみ込み、ずるずると後ずさりしていく。
 その間にも、ゆっくりとゾンビ達は迫ってくる
「一体、何事です?」
 周と剣士が涼介の声を聞きつけて、駆け付けてきた。
「あ……あ……百合が……百合が……」
「四葉軍曹」
「……すぐに隊長らを呼んでくる。ここを押さえておいてくれ」
 剣士は周が力強く頷くのを確認した後、すぐさま隊長らを呼びに戻っていった。
「山本候補生、しっかりしなさい。相手はゾンビですよ」
「で、でも……」
「ここで相手を倒さなくては、背後にいる人々を守れません」
 先に近い所にいるゾンビを周は、持っていた拳銃で頭を撃ち貫いていく。
「でも……百合が……」
「もうあれは、あなたの妹ではありません! 銃を持ちなさい!」
 次々とやってくる敵を撃ちながら、後退しようにも涼介が動かないので、その場で応戦していく。
「でもっ!! それでも、あれは……百合なんだ!!」
「百合さんに人殺しをさせたいんですか!!」
「……!!」
 周の言葉にハッとした表情で百合を見る。躊躇いながらも銃を構えるが……。
「で、できませんっ!!」
 泣きながら涼介は叫ぶ。
「だって……それでも……」
 そういう涼介を一瞥して、周は決意する。

 ぱあんっ!!

 その後、剣士が連れてきた同僚の手によって、ゾンビは殲滅された。
 涼介の百合もまた、周の撃った銃によって死亡。
 だが、彼らの迅速な対応のおかげで、迎賓館の安全は守られた。今後、内部からのゾンビは余程のことがない限りは現れないだろう。
 けれど……その日より、涼介は酷く落ち込む様子を見せ始める。食べ物も喉に通らないくらいに。

「いやあ、また新たなサンプルを集められましたね」
「……グラウェル様。少し不謹慎では?」
 白い防護服を着たグラウェルとカレンが死んだゾンビ達を残らず回収していく。
「どうせ、聞いている者はいませんよ。それに、ここも完全に安全になりましたし、安心して研究に励むことができますよ。良いことです」
「……」
 そう笑顔を見せるグラウェルにカレンは、防護服越しに眉を潜めた。
「それにしても……ゾンビになるのにかなり時間がかかりましたねぇ? てっきり、すぐにゾンビになると思ってたんですが……何かあったんでしょうかね?」
 そのグラウェルの呟きは、静かに、そして確かに響いたのだった。


◆命をかけて決めたこと
「そうよね、あたし戻らなきゃ……」
 古守 紀美子(AP012)は、特務部隊の人達と共に、実家へと帰っていく。さしたる戦いも無く、すんなり帰ってこられたのは、神のご加護があったからだろうか。
 道中、歩きながら、桜子が来てくれたときのことを思い出していた。

『本当にいいの? 心細いなら、やっぱり……』
 桜子の申し出は、とても優しくて。だからこそ、紀美子は首を横に振った。
『ありがとう……でもこんな時だもの。家族と一緒にいた方がいいわ』
 そういって、笑顔でそっと促す。
『……あたし、楽しかったわ。ありがとう、元気でね』
 そんな紀美子の言葉は、最後の言葉のように響いた……。

 紀美子は実家への道を、護衛の軍人達とゆっくりと進んでいく。
 家はもう目の前だ。
 覚悟はしていた。このときが来るのはわかっていた。
「仕方ないもの、どうしようもないもの」
 小さく呟く。だが……。

 ――一体、何が起きてるの? こんなこと起きるなんて聞いたことない。もしかして……今起きていることと関係がある?

 そう考えながら、紀美子は家の門をくぐった。


 紀美子を出迎えたのは、紀美子の両親だった。紀美子を送ってくれた軍人達に丁寧に礼を言って帰っていただく。
 それを見送った後、紀美子は毅然とした態度で口を開いた。
「この時が来たのですね、お父様、祖父……お祖父様は?」
 紀美子の言葉に応えたのは、祖父の代わりに隣にいた母だった。
「私達家族を守るために、命を賭けて戦ってくださったの。さあ、入りなさい。詳しい話をするわ……」
 母に促され、紀美子は家の中に入る両親と共に奥の間へと向かう。
「覚悟は出来ているか」
 静かに父が尋ねてきた。
「えぇ、勿論。私の身は使命の為に……。お琴だって、一生懸命毎日欠かさず練習しましたもの」
 でもと紀美子はそこで言葉を句切った。
「……このようなことは、初めてですか? だって、私がお聞きしたのは『神嫁になるのは18歳』。私、まだ15ですわ。そのように早急に進めてしまって、本当によろしいの?」
「逃げるつもりか?」
 そういう父の言葉に、紀美子はキッと睨み付ける。
「まさか! 逃げるだなんてとんでもない! ただ、私は……あたしは、納得したいの。使命を果たすなら相応の覚悟を持ってします。何もかもがふわふわしたまま、事を進めるなんて冗談じゃないわ! それこそ侮辱でしょうに!」

 ――もう、失うものなんて最初からないわ。だから、小娘が出来る精一杯を。今に見てなさいよ!!

 そんな強い意志を秘め、紀美子はそう叫んだ。
「そうだな……お前には知る権利がある。我々が……いや、古守家が守っている神がどのようなものなのかを教えよう」
「……お父様」
 紀美子の父はゆっくりと立ち上がり、外の窓を眺めながら語り始める。
「我々が守っていたのは……いや、正確には『鎮めていた』のはと言った方が良いだろう。神とは名ばかり……相手はこの地域を、いやこの世界を滅ぼそうとした」
 くるりと振り向き、真剣な顔で告げた。

「鬼神だ」

 その言葉に紀美子は思わず、息を飲む。
「印が現れるのは、我々が鬼に目をつけられた巫女の子孫だからだ。徐々にその数は減っていたから、先代の……お前のお母さんの姉で最後だと思っていた。だが」
「あたしに印が出た……」
「印が出た者は、鬼神に捧げる決まりになっている」
「止めたのよ。でも……姉さんは覚悟はもう決まってるって……今の紀美子みたいに……うう……」
 母はそのときを思い出したのが、涙ぐんでしまった。
「時期が早いのは分かっている。だが、ご神体……この山の裏に洞窟があるのを知っているな。その中に入って行けるのは、神嫁となった者だけ。あのとき、山の方でも激しい揺れがあった。何かがあったとしか思えない。そこで……」
「あたし……私が選ばれたということですね」
 そう告げる紀美子に、母は追いすがる。
「危険だわ! あのときだって、姉さんは帰ってこなかった! 戻ってきたのは、洞窟の前に落ちていた……あの脇差しだけ……」
 紀美子に向かって、母は続ける。
「あなたを失いたくないの。お腹を痛めて産んだ愛しい子なのよ……紀美子、どうしてあなたにあんな印が……ううう」
「お母様……」
 泣き出す母に紀美子は抱きしめて、慰める。
 どうやら、すぐに神嫁に……『生け贄』になるということではないらしい。
「本来ならば、このようなことを幼いお前にやらせることでは無いだろう。だが、神嫁以外が入ったことで厄災が起きたという事実もある。だからこそ……行かせたくはないが、お前にご神体を見に言ってきて欲しい」
 そういって、父は奥から一振りの、美しい脇差しを持ってきた。
「これは月読という。代々、神嫁が生け贄にされる際、持たされた護身刀だ。引き抜いてみなさい」
 父に促されて、紀美子はそっと引き抜いた。
 きらきらと煌めく、光のようなオーラを、父も母も……そして、紀美子も感じた。
「……そうか、お前は既に選ばれたのだな」
 紀美子はそっと月読を鞘へと仕舞い、腰につける。
「行ってきます、お父様」
「相手がどんなものかわからぬ。気を引き締めていけ」
 父は松明に火をつけて、紀美子に手渡した。母もカンカンと火打ち石をならす。
「絶対に戻ってくるのよ。絶対よ……」
「はい、お母様」
 まさか、こんなに心配されているとは思っていなかった。突き放されたのでは無く、ましてや愛されていないからではない。
 愛されているからこそ、断腸の思いで紀美子を捧げるのだ。
 それに今は、両親から受け取った月読もある。それがなにより心強い。
「では、行きます」
「くれぐれも気をつけるんだぞ」
 紀美子は暗い洞窟へと足を踏み入れた。こんなにも薄暗いのに心細さはないし、怖いとも思わない。道はかなり曲がりくねっていたが、一本道だった。
 幸いにもこの中にはゾンビもいないらしく、順調に中へ中へと進んでいく。
 そして、辿り着いた先にあったのは。
「壊れた岩……これがご神体?」
 巨大な岩のような石碑のようなものが、雷に打たれたかのように真っ二つに崩れていた。白い紙にしめ縄もついていたところを見ると、これがご神体で間違いないのだろう。そして洞窟の天井には穴が開いており、そこから月明かりが降り注いでいる。
 それにしても……そこは静かだった。
 夜だというのに、暗いというのに怖くはないのは、きっと。
「鬼神が、ここから逃げたのね……」
 だからこそ、このような事態になったのだろうか? だが、それが原因なのだろうか? 紀美子にはわからないが……。

 と、紀美子は気付いた。ご神体だけでは無い。
 月明かりに照らされ、もう一振りの大振りの刀が置かれていた。
「これは……?」
 大きい刀だというのに、重さが感じられないのは、気のせいだろうか?
 とにかく、まずはこのことを父や母に伝えなくては。
 紀美子は、その刀を拾って、元来た道を戻っていった。


「……お父様、お母様……?」
「紀美子っ!!」
「無事に……戻ってきたな」
 両親に抱きしめられて、紀美子も思わず、涙ぐむが、今は。
「お父様、お母様……話があります」
「家で聞こう」
 家の中に入り、紀美子はさっそく、ご神体の様子と拾ってきた刀とを報告した。
「そうか……やはり、鬼神が目覚め、外に出てしまったのか……」
「そのようです……それと、この刀は?」
「まさか、ご神体の近くにあるとは思っていなかったが……これは『鬼斬丸』だ。月読ともうひとつの剣の3本で、鬼神を封じ込めたと聞いている。そのときは3本の刀の力を引き出せず、封じることしか出来なかったと聞いていたが……紀美子。お前ならもしかしたら、鬼神を封じるだけで無く、討ち取ることができるかもしれない」
 紀美子の持ってきた刀を手にすると、父はそれを引き抜いて見せた。
「男でなければ、引き抜けないようだな。だが、お前のようにこの刀に選ばれ、その力を振るうことが出来たら……もしかすると鬼神を討ち取れるかも知れぬ。そうすれば、紀美子の生け贄の運命も打ち勝つことができるかもしれない」
 行けるかという父の優しい言葉に、紀美子は神妙な顔で頷いた。
「それが私の使命とあらば、必ず」


 こうして、月読と鬼斬丸を手にした紀美子は、一晩、家で休むと再び、迎賓館へと戻ってきた。その道中、何故かゾンビが近寄ってこなかったが、気のせいだろうか? とにかく、無事に帰ってきたことに、桜子は大いに喜んで、紀美子に抱きついてきたのだった。


◆苦しみの果てに
 今、人々の脅威になっている屍のような存在はゾンビと言うらしい。
 ――よし江さんの命を奪ったのも……。
 結城 悟(AP028)は、落ち込んだ気持ちを少しでも変えようと、前を向く。
「……でも、男児たるもの、いつまでもメソメソしていられないよね」
 そして、悟は決めた。迎賓館を出て、他の拠点……学校へ向かうことに。
「……ごほごほ」
 少し咳が出てしまっているが。

 ――『サンプル』……ゾンビの生血や肉の採取ですか。孤立したゾンビを行動不能にした後、速やかに採取・解体するのが無難でしょうか。どうせ採取するのですから、動きを封じる時に手足を潰しても構わないでしょう。……しかし、孤立したゾンビがいるとは限らず、集まってくる可能性……加えて事情の知らない現地の人間の眼もある。可能性があるとすれば屋内ですが……。
 そこまで考えて、十柱 境(AP016)は、その先を考えるのを止めた。
「やはり、一人で行うのは荷が重いですね」
 そう結論づけて、境もまた、拠点を移動することにしたのだ。
 居心地の良いホテルという考えもあったのだが……。
「美術室があるかもしれませんし……」
 ちょっとだけ、心が浮き足立っていた。
 もちろん、境が学校に向かい、やることも決めていた。
 信頼できる味方をそこで作る。そうすれば、またいろいろなことができるだろうと計算していた。


「それでは皆さん、行きますよ! 危ないですから、絶対に離れないようにお願いします!」
 護衛として葉月もこの移動に同行していた。

「ごほごほ……」
 道中、咳をする悟に境はいち早く気付いた。
「大丈夫ですか?」
 背中をさすりながら、悟に声を掛ける。
「大丈夫です、その……緊張すると咳が出てしまう体質なんです」
 咄嗟にそう、悟は言うと。
「それならいいのですが……無理はしないでくださいね?」
 境は心配して、悟の側にいてくれた。それが嬉しいような、恥ずかしいような……複雑な心境のまま、一行はどんどんと目的地へと進んでいく。

 しかし、途中まで順調に進むことが出来たのだが……もうすぐ学校と言う所で。
「ううううう……」
「あああああああ……」
 ゾンビ達が襲ってきたのだ。

 そんな機会がないと思っていたのだが、悟は。
「ごほっごほっ……。ゾンビが出たら、頭を狙う、だったよね……」
 近くにあった木材を拾って戦おうとしたのだが、急に咳が止まらなくなった。
「ごほごほごほっ!!」
「があああ!!」
 ゾンビが迫る。
「危ないっ!!」
 境は、他のゾンビと戦っていたので、反応が遅れた。
 葉月も気付いて、駆けつけたのだが。
「大丈夫ですか!?」
「は、はい……大丈夫……です……」
 真っ青な顔色で、悟はそう答えたが、その腕にはゾンビに引っかかれた傷があった。


 葉月が自分の持っているトランシーバーを、学校に置いていく。
 もちろん、使い方もレクチャーして。
 任務を終えた葉月は、そのまま迎賓館へと戻っていった。
 一方、悟はというと。
「はあ……はあ……」
 咳は治まったが、今度は高い高熱に酷い倦怠感に襲われていた。
 それを甲斐甲斐しく介抱するのは、境。
「大丈夫ですか? 気をしっかり持って」
「……ありがとう」
 優しい境の言葉に、悟はホッとした表情を浮かべて、意識を失った。そのままゆっくりと眠りに落ちる。

 ――きっと彼は、ゾンビになるだろう。そのときは、誰もいない所でサンプルとして活かしてあげよう。

 境は悟を優しく介抱しながら、そんなことを考えていたのだった。

今回のMVP

古守 紀美子
(AP012)

アルフィナーシャ・ズヴェズターグラート
(AP020)

役所 太助
(AP023)

冷泉 周
(AP004)

今回の獲得リスト

シャーロット・パーシヴァル 称号「武器職人」・星歌と一緒
秋茜 蓮 称号「キヨの興味ある存在」・いづるからの励まし
御薬袋 彩葉 称号「炊き出し番長」・ウォッカとマッチを今回で消費・しのぶお姉様との別れ
冷泉 周 称号「重造と秘密を分かち合った関係」・トランシーバー・ソナーゴーグル・電磁ネットガン
九角 吉兆 牡丹との別れ・トランシーバー・ソナーゴーグル
雀部 勘九郎 ベスと一緒・肩掛け鞄・金属バット・ブーメラン
桐野 黒刃 ゾンビを倒すのが楽しいなんて!・ボウガン・矢(20本)
鏤鎬 錫鍍 称号「ブリキ職人」・改良型吸血銃・ブリキ製ロボットアーム・ブリキコレクション(中)
堂本 星歌 シャーロットと一緒・ローラー靴・スタンガン×2・電子レンジ
昴 葉月 涼介が心配・過去を思い出そうとすると頭痛・トランシーバーは学校へ
如月 陽葵 新たな決意と晴美から歌を頼まれる・月太郎と仲良く・月夜の子守歌
古守 紀美子 称号「得られた自由と課せられた使命」・月読・鬼斬丸
天花寺 雅菊 気になるビー玉・救急箱とライフルは迎賓館に提供
櫛笠 牽牛星 見られた宝物・サイレンサー装着ハンドガン(25発)・ハンドガン用の弾(いくらでも補充可)・拳銃(8発)・拳銃用弾(いくらでも補充可)・同僚の血液サンプル・拳銃4丁とライフルは迎賓館に提供
氷桐 怜一 疑惑の先生?・銃剣つきライフル・ゾンビサンプル
十柱 境 悟のことが心配?・描けなかった幻の絵画
井上 ハル 棒っぽいもの→ヒートソード・テイザーガン・スカーフ・刻んだゾンビサンプル・晴美に目撃?
リーゼロッテ・クグミヤ 迎賓館の人々からの信頼を数多く得る・見回り係
神崎 しのぶ 帝国ホテルへ・可愛い彩葉さんとの別れ
アルフィナーシャ・ズヴェズターグラート 髪を切る・メイドのハンナと共にホテルへ・帝との謁見許可
八女 更谷 チドリの良いツッコミ役・電磁ネットガン・エアマシンガン・弾丸(100発)・トランシーバー・懐中電灯
一 ふみ 重造と瞳が同じ?・遊郭でアヘンを発見・電磁ネットガン
役所 太助 称号「災害対策本部・設立者」・重造の力添え
山田 ふわ 称号「キヨの大切な友達」・釘バット
有島 千代 モップバトラー!!・キヨとの約束
三ノ宮 歌風 鬼退治に関する本(記載少なめ)
菊川 正之助 気になる怜一・キヨの落とし物に興味津々
結城 悟 称号「生還者」・体力+5
春風 いづる 蓮を励ます・ゾンビについての知識
漣 チドリ 称号「キヨの警戒人物」・拳銃(8発装填用)×1・弾丸(30発)・トランシーバー・懐中電灯
遠野 栞 栞ちゃんは心配性・子猫は桜子に・救急箱
四葉 剣士 キヨは要注意人物?・トランシーバー・ソナーゴーグル×1
ベスティア・ジェヴォーダン 勘九郎と一緒に・シャーロットのギザ歯のナイフ・ゾンビの血液
大久 月太郎 陽葵と仲良く・百合とお守りの約束・大切な宝物→ハーバリウムの小瓶