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勘九郎……これは、ヤバいかもしれない

見ればわかります! いったいこれは、なんなんです!?

死人……いや、これは『ゾンビ』だ! 勘九郎、囲まれる前に逃げるぞ!

ゾンビって何ですか? 逃げるってどこに?

学校へは遠すぎる……ここからなら、迎賓館が近い。そっちに向かうぞ!

……了解!!


第一話 結果

◆変わらない日常
 帝都は朝から騒がし……いや、賑やかだった。
 雨漏りがするという長屋で、袴姿の役所 太助(AP023)は、屋根に登り、慣れた手つきで、穴の空いた天井を直していた。
「あー、たすっくんだ! おはよー!」
 そこにローラー靴を付けた晴美が滑っていく。
「ちょ、晴美殿! こんな人の多い所で滑ると危ないでござるよ!」
「だって、遅刻しちゃうよー! 見逃してね、人助けなたすっくーん!!」
 太助が声を掛ける間に、晴美はそのまま、学校へと向かっていく。

 ——確か、晴美殿の付けているローラー靴は、天からの落とし物でござったな。

 思わず太助は呟く。特に最近、天からの落とし物の届けが多く、役所で勤めている太助も、いくつか回収したことがあった。
「軍部も動いているようでござるし……少し不安で……」
「太助さーん、屋根できました?」
 長屋の住民から声がかけられる。
「あ、もうすぐでござるよ。少々待つでござる!」
 不安を感じながらも、太助は大きな口で声を張り上げると、目の前のお困り事を解決していくのであった。


 北方の帝国出身で、由緒正しい家系に生まれたアルフィナーシャ・ズヴェズターグラート(AP020)は、この日本で過ごしていた。母はアルフィナーシャを産んですぐに亡くなっており、その後は父親が男手一つで育てていたのだが……。
「本国の革命で、許嫁と共に亡くなってしまうとは……運命とは残酷なものですな」
 そう涙を拭うのは、いつもアルフィナーシャの側にいるじいやと。
「そんな悲観している暇はありませんわ。さあ、お嬢様。今日もご一緒に朝食の準備をいたしましょう」
 メイドの元ですくすくと育っていた。
「お料理って大変ですけど、楽しいですの。もっとむずかしいものにも、挑戦してみたいですの」
 そう言いながら、楽しげに振る舞っている。彼女は彼女らしく、現状に悲しむことなく、強かに成長していた。まだ10歳だというのに、だ。
「ふぁ〜ぁ。数字を見ると眠くなってきますの……」
「お嬢様、まだ終わっておりませんぞ」
「は、はいですの!」
 やはり、勉強は大変らしく、年相応であった。


 朝、いつもの時間に、すっと目を覚ました結城 悟(AP028)は、いつものように長い髪を梳いていく。
 まるで女性のようで少し恥ずかしい気もするのだが、悟の父と母の言い付けで髪を伸ばしているのだし、仕方ないと思っている。
 男児たるもの、が口癖のような父も伸ばすように言っている髪。恐らく、何かあったら、遺髪にするのだろうと思う。
 身なりを整えたら、父と母の待つ部屋へ。
 用意された和朝食をいつものように、家族とともに取っていた。
「悟さん。お父様の仕事の都合で、数日、家を空けることになりました」
 口火を切ったのは、悟の母だった。父は忙しい人だから、仕方ないと悟は思う。
「よし江さんを困らせないようにな」
「はい」
 よし江さんというのは父達が家を空ける時に来てくれるお手伝いさんで、優しいお婆さんって感じの人だ。

 ——でも、父様達と一緒に皆既日食を見たかったなあ。

 その言葉を悟は胸に秘め、静かに朝食を食べ終えたのだった。


 学生服に身を包んだ雀部 勘九郎(AP006)は、グローブを括り付けたバッドを肩に乗せながら、海斗の姿を見つけた。
「せーんぱい! まーた小難しい本読んでるんスか?」
「ああ、勘九郎か。昨日借りたファンタジー小説をね。とても興味深いよ。魔力を封じた本を使って、魔法を使うんだ。念じた力が攻撃する力になるなんて、面白いと思わないか」
「……まほ……? うーん、先輩の話。面白そうなんだけど、いかんせん、難しい言葉がいっぱいで……」
「あ……ちょっと難しかったか? そうだな。勘九郎。何でも叶える力が使えるようになったとして、勘九郎は何したい?」
 その海斗の言葉で、勘九郎はぴんと来た。
「それなら、前に割った窓をなかったことにします!」
 その元気良い勘九郎の返事に、海斗はきょとんとしながらも。
「ははは! あのときはホント大変だったからな。その叶える力が『魔法』だよ」
 過去、勘九郎はバットで打ち返したボールが、図書館の窓を直撃。割ったことがあった。そこに居合わせた海斗にめちゃくちゃに怒られて(その様子を見て、先生は怒るのを辞めたくらいだった)、罰として図書館の本の整理を長い期間やらされていた。そのお陰で、海斗と顔見知りになったのだけれど。
「魔法って、凄いっすね! 俺も使ってみたいな」
「僕も使ってみたいよ。そんな世界が、この本に詰っているんだ」
 そう呟く海斗に勘九郎は楽しそうに目を細めて一言。
「たまには本だけじゃなくて、俺の試合も見にきて下さいよー」
「あ、そうだったな。今度は運動場でお前の勇姿を見せてくれ。窓を割ったようにな」
「そ、それは言わない約束っすよー!!」
 涙目になりながらも、勘九郎は海斗と試合を見る約束をするのであった。


「ううう、今日は彫刻刀で作品作り……したかったよう……」
 そう、部屋の布団にくるまりながら、ちょっと涙目なのは、大久 月太郎(AP034)。月太郎という名前だが、これでも12歳の少女だ。
 生まれつき体が弱く、自室で過ごす方法だけは豊富で。母親と刺繍をする日もあれば、父のお下がりの彫刻刀だって握る。最近、一番楽しかったのは、最新ラジオをバラバラに分解して組み立て直す作業だ。
 手先の器用さだけは自信がある。が、それ以外は体力も根性も無い。
 今日は、唯一の特技さえ、振舞えない程の熱が出た。
 頭がガンガンと痛くて、喉が腫れ上がるのは、いつものこと。
 小さい頃は泣きじゃくったが、今はただ布団に横になって熱が引くのを待つだけ。
 泣いてもどうしようも無いことばかりで、月太郎は出来ている。
「せめて、悪夢を見ないように……お願いね」
 抱きしめるのは、宝物の美しい小瓶。小瓶の中には、小さな花が咲き乱れていた。
 大正時代にはない技術で時を止めた花に、月太郎は、いつも慰められている。
 うだる熱に赤く染まった頬のまま、月太郎はゆっくりとその瞳を閉じた。


 とある長屋の一室。そこは質素ながらもたくさん積み上げられた本と、小柄な本棚が備え付けられた。書斎というには、少々小さいながらも、けれど、彼にとっては、大事な場所でもあった。
「んあっ!」
 がばりと起き上がったのは、三ノ宮 歌風(AP026)。ラフな姿の歌風は、寝ぼけ眼で、机の上の原稿を見る。
「……ああ、書いている途中で寝てしまったみたいだね」
 幼い顔立ちではあるが、その物言いは大人そのもの。
 今、歌風が書いているのは、『憂国の門』という小説。戦争主義を呈する国の在り方に疑問を感じた主人公が革命を起こす……といったフィクションなのだが。
「……確か、物語の後半で、主人公が国家相手に繰り広げる戦術を構想していたんだっけ……」
 なんだか少し気恥ずかしくなって、顔を洗いに立ち上がる。その足は義足だ。過去に事故に巻き込まれ、こうして、文豪の道を選んだきっかけでもある。
 すると外から声が聞こえてきた。
「今日は皆既日食ですって」
「なんだか、怖いわ……暗くなるんでしょう?」
 人々の言葉に耳を傾けながら、歌風は濡れた顔を拭いて、決めた。
「皆既日食か……外に出るのも良い機会かも知れない」
 そそくさと、クローゼットから洋服を取り出すと、楽しげに着替え、手に杖を持って、外へと出かけたのだった。


◆桜塚特務部隊の日常
 第396大隊、通称、桜塚特務部隊。
 帝都を守る新たな部隊は、帝都の外れにある軍部にそのまま配置された。
「そこ! 気を抜くな!!」
 そう候補生達を厳しく指導するのは、四葉 剣士(AP032)。鋭い視線で凄めば。
「ううう、今日も厳しいな、四葉軍曹……」
「私語する暇があったら、素振り100回!!」
「は、はいっ!!」
 そんな彼の元に、部下を従えた壮年の男がやってきた。
「精が出るな、四葉軍曹」
 声を掛けたのは、剣士よりも厳つい顔の。
「神崎隊長! お疲れ様です!!」
 剣士がすぐに気づき、敬礼する。
「敬礼はいい。それよりも、候補生の様子はどうかね?」
 神崎 重造(かんざき じゅうぞう)。彼がこの桜塚特務部隊の隊長でもあった。由緒正しい家柄の男で、仕事も真面目。それなりの地位も築いているのにも関わらず、女の噂が絶えないという、不思議な男でもあった。
「はっ!! まだおぼつかない部分もありますが、見所はあります。しっかり教育して、出来る限り仕上げたいと思っております」
「ああ、よろしく頼むよ。確か……先日配属されたのが、冷泉 周。候補生は、九角 吉兆、昴 葉月、一 ふみ……それと、山本さんところの涼介君か」
「はい、間違いありません」
「彼らのこと、よろしく頼むよ。四葉剣士軍曹」
「はっ!!」
 突然の隊長の視察に驚きながらも、剣士はよどみなく答える。まさか、先日配属されたばかりの隊員達の名前をすらすらと呼び上げるとは。
 剣士も隊長の期待に応えるべく、候補生達へと向き直った。
「我々は通常の部隊とは異なる任務を遂行する事になるが、全てはこの国を守るため、心して任務にあたるように!」
 再び、訓練を再開すると、候補生達の顔が引きつったのが見えた。
 訓練終了後、剣士はそのまま訓練場の周辺を巡回する。幸いにも想定していた不審者はおらず、一周することができた。
「……気にし過ぎたか」
 巡回を終え、剣士はそのまま、自分の部屋へと戻ったのだった。


 翌日。桜塚特務部隊の全員は、そろって非番となった。
「よお、吉兆! これから出かけるのか?」
 これから出かけようとする九角 吉兆(AP005)に声を掛けたのは、涼介。
「な、なんだ……山本か。もう、驚かすなよ。四葉軍曹かと思った」
 その吉兆の言葉に涼介も苦笑い。
「今日は軍曹も休みだし、大丈夫だよ。俺はこれから、妹に頼まれた金平糖を買って、家に帰るんだけど、吉兆はどうするんだ?」
「あー、まあいつもの豆腐屋だな」
「ああ、あそこか。気をつけて行けよ」
 と、出かけようとする足を止めて、涼介が振り返った。
「忘れ物か?」
「牡丹さんによろしく!」
「うわああ、なんで知ってんだよ!!」
 最後にとんでもないものを置いていって、涼介は笑って駆けてゆく。

「ははは! それで、吉兆の旦那、女郎に貢いでるのバレてしまったのか」
 豆腐屋の親父は少々、ふざけた口調でそういうと、吉兆にいつもの木綿豆腐と厚揚げを吉兆に手渡した。
「親父さんもそれ、内緒にしてくれよ!」
「お前んとこは、苦労してるからな。まあ、これでも食って頑張れよ」
 ついでにと絹ごし豆腐もおまけしてくれた。
「親父さん……ありがとう」
 うるっと来るのを堪えて、さっそく店を後にする。路地の片隅で、買った豆腐と厚揚げを平らげると。
「さて、行くか……どうしても、今日は無性に会いたい気分……いや、何故か、会いに行かなくては行けない気がするんだ」
 そう呟いて、吉兆は牡丹の待つ遊郭へと向かったのだった。


「すごいな、ふみ! よく捕まえたな」
 そう、一 ふみ(AP022)を褒めるのは、昴 葉月(AP010)。
「偶然、私のところに来ただけだよ。そういう葉月さんも、捕まえるの手伝ってくれたじゃない」
 二人は連れだって、この帝都を歩いている。
 ふみは正式な任務が来るまで、抑えきれない気持ちをそのままに、町の人達に挨拶しまくり、先ほど見つけたひったくりを捕まえて見せたのだ。
「ちょっと足をひっかけただけだよ」
 葉月は葉月で、美味しいものを食べに行こうと思って外に出たら、偶然、出かける同期のふみを見かけて、こうして一緒に出かけることになったのだ。
「あっ! こんにちはー!!」
 ふみは、知り合いとみれば、いろんな人達に声を掛けまくっていた。
「知り合い?」
「ううん、初めて会った人」
 それはもしかすると、これから来る任務のことで、じっとしていられないのかもしれない。緊張? それとも……。
「あ、葉月さん! お店!! あそこのお店が美味しいんだ。しかも誰も並んでいないなんて珍しい! 行きましょう!」
「え? あ、ちょっと……」
 ふみに引っ張られ、入っていくのは。
「いらっしゃいませー!! あっ! また来てくれたの、ふみたん!」
「ふ、ふみ……?」
 突然で迎える給仕の晴美が、二人を出迎える。というか、葉月はその元気さに圧倒されている。
「こんにちは、ハルちゃん。いつものパフェあるかな?」
「うん、あるよ! すぐ注文するね。で、お隣の方は? えっと、同じパフェで良いかな?」
「あ、はい」
 思わず頷いてしまう葉月。
「この人は、同じ候補生の葉月さん。昴葉月さんだよ」
 そうふみが紹介すると。
「ふみたんの同僚さんなんだね! はづはづも、ゆっくりしてってね! あ、席は好きな所どーぞ!!」
「はづはづ……そ、それって俺の事……!?」
 驚きながらも、ふみと一緒に、店の席に座る葉月。

 ——あだ名なんて初めてだ。驚いたけど、不思議と悪い気はしない。

 不思議な想いを胸に、パフェが届くのを待つ二人。ふと、甘味処に置かれていたラジオから、声が聞こえてきた。
『もうすぐ、日食ですね。どんな風に見られるのか、とても楽しみですね……』
 まだ、始まる時間ではないのだが、そんなアナウンスを聞くと、葉月は神妙な顔で身を正すのであった。


 時は少し遡る。
 艶やかな黒の髪を一つにまとめて、和服に袖を通すのは、冷泉 周(AP004)。
 凜とした佇まいで、彼が入っていくのは帝都劇場。そこで演じられているのは、ハムレットであった。
「お芝居は良いものですね。——日常的に見られない人格、感情、そして所作をじっくり観察できますから。潜入する身としては、引き出しが多いに越した事がありません」
 公演が終わった後、主役を演じた桐野黒刃という役者に会おうとしたのだが、残念なことに公演後、何処かに行ってしまったらしく、出会うことは叶わなかった。
「あの演技は素晴らしいものでした。機会があれば、ご指導お願いしたいところです」
 そうスタッフに伝えて、劇場を後にする。
 朝早い公演だったので、まだ時間はあった。
 偶然、入ることの出来た喫茶店には、既に見知った候補生の姿が見えたが、こちらからは声を掛けることはなかった。
「こんにちは! お一人ですか?」
 声を掛けようと想ったら、給仕の晴美から声を掛けられた。
「ええ。先ほど、帝都劇場でのハムレットを見てきたばかりで……」
「わああ、あのハムレット!! 今人気みたいですよね! あたしも見たいなって思うんですけど、見る時間とお金がなくって」
「そうなんですね。では、今度お誘いしましょうか? 僕は冷泉周と申します。お嬢さんの名前を……」
「あたしは、藤原晴美だよ。皆にはハルちゃんって呼ばれてるけど、好きなように呼んでね」
 にこっと笑みを浮かべて、晴美は一言。
「よろしくね、あまねっち!」
「あま……え、えっと、晴美ちゃん……でしたか? ここのオススメはなんでしょう? それをいただきたいのですが」
「いろいろあるけど、あまねっちは甘い物行けるクチ?」
「え、ああ、まあ……それなりには……」
「じゃあ、スペシャル苺パフェがオススメだよ! すぐ持ってくるね!!」
 しゅるるーんとローラー靴を滑らせて、晴美は厨房へと戻っていったのだった。

 帰宅後、その大きな苺パフェを消費するためだろうか、日課である竹刀での素振りを1000本と瞑想を15分行い、入浴、就寝したのだった。


◆それぞれの日常
 そこはブリキに囲まれた工場……ではなく、研究所、である。一応。
「錻力はいいですね、ブリキは。ええ、いいですよ?」
 そう、ブリキに囲まれて、幸せそうにしているのが、鏤鎬 錫鍍(AP008)だ。
 ちょっとじゃなくて、グラウェル同様、マッドな研究者の一人だろう。
「材の質や技術の発展は兎も角。工業的ではない細工が探さずとも見つかる。錻力に恵まれておりますね? 需要に囚われぬ職人も多い。収集しがいがございましょう? こちらはセルロイド。四捨五入で錻力ですね? アンチモニー製。錻力ですね? 金属は実質錻力です」
 この帝都に来て、いろいろあさったコレクション。それが、この研究所の一室をブリキだらけにしていた。マジで。
「とはいえ。グラ……なんとかさんや秘書の人間さんへ、適当な弁明の用意が必要ですね?」
 グラなんとかって、もしかして、グラウェルのこと? 秘書の人間は、カレンのことだろうか……マジで?
 とにもかくにも、錫鍍は重い腰を上げて、外へと出てきた。うわ、眩しいってポーズしてる!
「あ、所長! どこかに出かけるなら、私にも声を掛けてよ」
 そこにやってきたのは、堂本 星歌(AP009)。
「……どなたさん?」
 おやっと首を傾げる錫鍍に、星歌はうんもうっと言わんばかりに。
「グラウェルさんから直々に頼まれたよ? 私の保護者代わりになってくれって」
「そうでしたっけ?」
「そうなの。だから、ずっとコレクションを運んだり、研究したりしてたのに、忘れるなんて酷いなあ。でも、グラウェルさんとカレンさんに会いにいくなら、私も行くね」
「じゃあ、付いてくれば良いですよ」
「はーい、そうするよ」
 そういって、錫鍍と星歌はそろって、グラウェルのいる所に向かったのだった。

「おや、錫鍍、それに星歌も揃って、どうしたんですか?」
 グラウェルは、リーゼロッテ・クグミヤ(AP018)が入れてくれたコーヒーを飲んでいた。リーゼロッテは、その後ろで控えている。
「錻力職人ですから、私。業務知識の収集を兼ねつつ、天からの落とし物を捜索しているのでございます」
「あっ! 私も活用できそうなのがあるか見たいんだ」
 そんな様子にグラウェルは嬉しそうに。
「どうやら、二人を引き合わせてよかったみたいですね。確保した落とし物は、隣の部屋にありますよ。ただ、危険なものや武器は、軍人さん達に渡してしまったので、それ以外のものしかありませんね。気に入った物があれば好きに持っていって良いですよ」
 星歌も偉いですねとグラウェルに頭を撫でられて、嬉しそうだ。
「頑張って、いいの見つけるね! ……あれ? カレンさんは?」
「定期報告に行って貰ってます。もうすぐ帰ってきますよ」
 そういった矢先に、カレンがやってきた。
「錫鍍さんに星歌さんも? どうしたんですか?」
 驚いた様子で声を掛けてきた。
「これからブリキ探しですよ」
「じゃなくて、落とし物から何かいいのがないか、調べる所なんだ」
「二人とも良いのが見つかると良いですね」
 さっそく教えられた部屋へ向かう錫鍍と星歌。
「あ、星歌さん」
 カレンが呼び止めた。
「その……困ったことがありましたら、私に声を掛けてくださいね?」
「はい! そのときはカレンさんに言いに行くね!」
 星歌は嬉しそうにそう答えると、錫鍍が入った部屋へと向かったのだった。

「それにしても、美味しいコーヒーをいつもありがとう。リーゼロッテ」
 騒がしい二人が抜けた所で、改めてグラウェルはリーゼロッテを労った。
「これもメイドの仕事ですから」
 そのリーゼロッテの言葉に、グラウェルは目を細める。
「それに、我々と接点のあるメンバーの為に、いろいろと手回ししてくれているとも聞いています。とても助かっていますよ」
「当然のことをしたまでです。……そろそろ、買い出しに行く時間ですので」
「ええ、いってらっしゃい。気をつけて」
 と、静かに出て行こうとするリーゼロッテに。
「あ、そうそう。君にはいろいろと世話になってるから、ちょっと良いものが来るように手配したよ。存分に使い給え」
「宜しいのですか?」
「これは君への対価だよ」
「助かります。ありがとうございます」
 すっと礼儀正しい一礼をすると、リーゼロッテは静かに部屋を出て行く。
「良い人材が来てくれて、本当に助かるよ」
「ええ、そうですね」
 グラウェルの嬉しそうな声に、カレンは素直に頷くのであった。


 学校終了のチャイムが校内に鳴り響く。
 そんな中、ばたばたと急いで駆けてゆくセーラー服の少女がいた。
「あっれー? ハルっちもこの後、用事があるの?」
 そんな少女に声を掛けるのは、晴美。
「皆既日食っていうん? えらい事なるみたいやけど、これは商売のチャンスやなって思うんよね。その為に、学校終わったら、スグ店帰よって思うてな」
 セーラー服の少女こと、井上 ハル(AP017)はそう、晴美に笑顔で答える。
「確か、ハルっちは、おじいちゃんのお店のお手伝いしてるんだよね」
「そうや! それにウチのやってるラヂヲ焼きな、丸いやんか。皆既日食って黒い丸ができるんやろ? ほんならコゲる寸前まで焼いたラヂヲ焼きを、皆既日食焼きつーて出したらお客さんめちゃくちゃ来るんちゃうかなって」
「なるほど! それは売れそうだね! 凄い凄い!!」
 ハルの思いつきを晴美が褒め称える。ハルは照れるのを隠すかのように。
「そういうハルちゃんも、甘味処のお仕事で急いでるんか?」
「うんそう! ちょっと店長に用事があって、早く来てくれないかって言われてて……だから、秘密兵器持ってきたんだよね!」
 そういって、晴美が取り出したのは、あのローラー靴。
「あ、それって、例の落とし物ちゃうん?」
「うんそう。でも、とっても便利だからね! 皆には内緒だよ?」
 そう言っているが、もう既にいろんな人に知れ渡っていると思う。これだけ使っていれば、目も付けられているのではないだろうか。
「気をつけてなー!」
 ローラー靴を付けた晴美を見送って。
「しもた! ウチも急がんと!」
 ハルは駅前近くにある店に急いで向かい、学生服の上からエプロンを着る。
「はーい! いらっしゃい、いらっしゃい! 今焼いてるから待っといてな!」
 引退寸前の祖父に代わって、ハルは今日もラヂヲ焼きを焼いて稼ぐのであった。


 檻の中で、首輪にボロを纏った金髪の少女がいた。
 ベスティア・ジェヴォーダン(AP033)。それが、彼女の名前だった。
 ベスティアは部屋の隅に置かれた、まるで犬に飲ませるような水入れに指を付けて、檻の床に絵を描いていく。
 モノクルを付けた……男だろうか?
 上手くかけたのか、ベスティアは滅多に見せない笑みを見せて……。
「ベス! 出番だ!」
 突然、檻の外から男の声が響いた。その言葉に驚き、ベスティアは、水入れの水を床にまき散らした。その所為で、さっき描いていた絵は水で消えてしまった。
「コラ! 水を零すな! ……全く、最近は大人しくしているから、少しは我々の言うことを分かったのかと思ったんだがな……」
 やってきたのは、ベスティアを見世物として雇っている座長で、タキシードにシルクハットを被った恰幅の良い男だった。
 ベスティアのいるここは、見世物小屋。その中で、ベスティアは『狼に育てられた少女』として、ここにいた。
「がうう……」
 唸りながらも、男に従い、四つ足で歩いて檻を出る。首輪から伸びる鎖を掴んで、男は檻のようなステージにベスティアを入れると。
「グルルルル……」
 どうやら、今日の相手は野犬のようだ。ベスティアは一瞥して、今日の立ち位置を把握すると。
「がああああああ!!!」
 長く伸ばした爪で引っ掻いたり、噛みついたりして、野犬と戦ってみせる。時には檻にぶつかってみせたり、観客を驚かせたりしてみせる。
「今日もベスティアちゃん、凄かったわね」
「だけど、狼に育てられた少女なんて、可哀想だね……」
 勝利したのは、ベスティア。激戦で野犬は血まみれになって横たわっている。
「よくやった。後で肉をやろう」
「がうっ!!」
 嬉しそうに吠えるベスティアに、座長は。
「お前は本当に肉が好きだよな」
 くしゃりと頭を撫でられて、ベスティアはぐるるると、嫌そうに唸るのだった。


 ここは、西洋料理店『極楽亭』。その料理店には、最近可愛らしい子が入った。
「いらっしゃいませー!!」
 着物の上にエプロンを着けて、給仕をしているのは、御薬袋 彩葉(AP003)。

 ——いつも忙しそうにお料理運んでますが、こう見えてお料理は得意なんですよ? ……まだ、中で料理作るのは許されてませんが……。

「でもでも、一応和食なら完璧なんですから! 私はいつでも、お嫁さんになれるんですからー!」
 そう思っていたことが声になっていた。
「はいはい。それはいいから、早くコレ運んでね、彩葉ちゃん」
 店長にたしなめられて、彩葉は慌てて、お客さんのオムライスを運んでいく。
 と、そのときだった。
 からんからんと、来客を告げるベルがなった。
「いらっしゃいま……せ……」
 店に入ってきたのは。
「こんにちは。入って良いかしら?」
 眼鏡をかけた和服の女性が入ってきた。その手には畳んだ日傘に、大きなトランクを手にしており、足下は下駄ではなく、西洋靴を履いていた。彼女は神崎 しのぶ(AP019)。店先にあった品書きに甘味があったのを見て、入ってきたのだ。
「あ、こちらにどうぞ!!」
 彩葉にとって、しのぶはとてもハイカラな、大人な女性に映った。
「……とっても綺麗なお姉さん……」
「ふふ、ありがとう。可愛い給仕さん」
「はわわわ!!」
 席について、そう言われて、彩葉はまた狼狽える。
「それよりも……こちらのお店の、オススメの甘味ってどれになるのかしら? ちょっといろいろあるみたいで、ひとつに選べなくって……」
 憂いを見せるしのぶに、彩葉のちょっと残念な頭が動き始めた。
「そ、それなら! このプリンアラモードがめっちゃ、美味ぐで美味ぐでほっぺた落ちるだ!」
「……だ?」
「チーズケーキもショートケーキもすんごく、美味ぐでな、ゼリーなんか、こう、透明でキラキラしててて、それまたすごくてな。おらも食べたときは、びっくりこいて、驚いちまって……」
「うふふ。じゃあ、そのプリンアラモードをお願いね」
「ああああああああ!!!」
 思わず素が出てしまい、恥ずかしくなりながらも彩葉は。
「かかかか、かしこまりましたーーー!!」
 しばらくして、プリンにクリームやフルーツが乗った豪華なプリンアラモードが席に置かれた。
「まあ、とっても豪華ね。これは食べるのが楽しみ……」
 しのぶは、ニコニコ顔で一口。
「お……美味しい……」
 めちゃくちゃ美味しいと言った彩葉の言葉は、本当だった。
「これは当たりね! えっと、『極楽亭』……メモに書いておきましょう」
 忘れぬうちに手帳を取り出し、店の名前と場所を記載しておく。
 食べ終えて、お勘定という所で、彩葉がしずしずとやってきた。どうやら彼女がレジ係をするようだ。
「あ、あの……さっきはその、失礼なことを……」
「あら、気にしないで。それにあなたの勧めてくれたプリンアラモード、とっても美味しかったし……また来るわね。わたしは神崎しのぶ。お嬢さんのお名前、教えてくれるかしら?」
「あ、あの、彩葉! 御薬袋彩葉って言います!」
「……ありがとう、彩葉さん」
 ちゃんときっちり支払いを済ませて、しのぶはその店を優雅に後にした。
「……あの人こそ、もの凄いお姉さんだっただ……」
 しばらく、しのぶの姿を思い浮かべて、店長に怒られてしまったが、彩葉は素敵なひとときを過ごせたのだった。


◆甘味処にて
 警察署にほど近い裏路地で、それは行われていた。
「これで報告は以上になります」
 そういって、調べた資料を厳つい男に手渡すのは、春風 いづる(AP029)。
「今日も助かったよ。じゃあこれ、今回の報酬だ。また頼むよ」
「はい、報酬は確かに受取りました。では今回はこれで……」
 資料と引き換えに、男から封筒に入った報酬を受け取ると。
「……ねーねー刑事さん、なんかこう大きな事件とかない? うちには食べ盛りの弟たちがいっぱいいるんで稼ぎたいんだ。それに最近はもう一人増えたしね……」
 そう、いづるは目の前に居る厳つい刑事さんに頼まれて、秘密裏に情報を集め、こうして、報酬を稼いでいた。これでも探偵事務所の所長……なのだが。最近は、今回のような情報集めに迷子ペット探しや浮気調査が多く、その分、報酬も微々たるものであった。
「そういえば、秋茜さんはどこ行っちゃったのかな?」
 ふと、空を見上げて、最近事務所に出入りする子の心配をするのであった。

 噂の秋茜さん、こと秋茜 蓮(AP002)は。
「わあ、この箪笥……じゃなかった、クローゼットっていうんだっけ? とっても可愛いですね。あっ! このドレッサーも素敵!」
 西洋アンティークを扱っている家具店で幸せに浸ってたり。
「この服、可愛いー!! わわ、これ、凄く安い! 買っちゃおうかな?」
 安くて良さそうな服を見つけて、迷ってみたりと、忙しいようだ。
「怪盗との攻防があると思い、近所の探偵の家に入り浸ったのに、浮気調査の尾行やペット探しばかり。ならば事件は探しに行けばいい! 帝都を揺るがす陰謀を企む悪人がきっとどこかにいるんだから!」
 そう、これも探偵の仕事をとってくるため、土地勘を磨く為なのだ。……本当に役立っているのか謎だが、それでも蓮は楽しそうにウィンドウショッピングに忙しい。
 でも、今日はそれだけでは終わらなかった。
 蓮が次に向かったのは神社。
「神さま、ボクを大事件にあわせてください!」
 なけなしのお賽銭を入れて、鈴を鳴らし手を合わせる。
「うん、これでよしっと!」
 最後に向かったのは、あの晴美がいる甘味処だった。
「あっ!! 所長!!」
「ああ、秋茜さん。一体どこに行ってたんだい? ほら、君も何か頼みなよ。今、ちょっと懐が温かくってね」
「じゃあ……お言葉に甘えて、この苺パフェにするね! ありがとう、所長!」
 これからお昼という、いづると合流を果たした。
「あっ!! れんれんも来たんだ! いづるんがいるから、来るのかなって思ってたんだよね。というわけで、今日のメニューは何にしますかー?」
 なんだか微妙なあだ名で晴美に呼ばれているが、それは置いといて。
「今日はオムライスで! 久し振りなんだよね」
「あ、ボクは苺パフェで」
「はーい、少々お待ち下さーい!」
 注文票を書いて、晴美は明るく厨房へと引っ込んでいった。
「……所長、なにキョロキョロしてるの?」
「違うよ。周囲の景色や人の観察をしているんだ。探偵に観察力は大事だからね」
「な、なるほど……!!」
「そういう、秋茜さんは……まだお家には帰りたくないのかい?」
「……うう、礼儀や身嗜みに厳しい祖母がいるから、その、まだ帰りたくないです……」
 そういうので、いづるが蓮を所員補佐として、住み込みで雇ったのだ。度々、本人には内緒で実家にも連絡しているが、あまり気にはされていない様子。
 いづるは話題を変えるために。
「『ゆう楽』はこの前の宴会で、初めて入ったけど、いつかお客でいきたいなぁ……」
 出来れば、盛大に稼いだ後でと呟くと。
「ボクもそこ、行ってみたいです!」
 好奇心旺盛な蓮が、目を輝かせて食いついてきたのに、ちょっと驚きながらも、そのときの様子をいづるは、美味しいオムライスが来るまで教えてやるのだった。


 今あるものを使いやすく、性能良く、改造すること。それが彼女の仕事だった。
『いいですよ。出来れば、便利なものを作って貰えると助かりますね』
 天からの落とし物も触って改造したいと、技術者のシャーロット・パーシヴァル(AP001)は、グラウェルに相談して、落とし物部屋の出入りを許可された。
 とはいっても、すぐにアイディアが出てくるわけでもなく。
 手持ち無沙汰になった、シャーロットは気分転換に外へと繰り出した。
「大丈夫かい? 手伝おうか」
「あ……ありがとうございます。その、助かります」
 途中、物資を買いすぎたリーゼロッテに出会い、荷物運びを手伝ったり、迷子になった老婦人を劇場まで連れ添ったり等、人助けも行っていた。
 そして、疲れた体を癒すために入ったのは。
「あっ! シャロシャロさん! いらっしゃーい!!」
 しゅいーんとローラ靴を華麗に裁いて、晴美がお水を席に持ってきてくれた。
「楽しそうだね、ハルミ。何か最近、変わったことでもあった?」
「変わったこと? 特にないけど……シャロシャロさんなら、いいかな? あたしの友達の従姉妹さん……キヨキヨって言うんだけどね、なかなか学校に行かなくて困ってるんだ。何か良い方法ないかな?」
「それは……難しい問題だね」
 すぐには返答できない問題を相談されて、シャーロットは思わず、苦笑を浮かべる。
「そういえば、その靴、どこで手に入れたんだい?」
「この靴? さっき言ったキヨキヨからもらったんだよ。すっごく便利なんだよね! あ、でも、これ内緒ね」
「うん、わかったよ。あ、今日はこの苺のかき氷でいいかな?」
「はーい、ちょっと待っててね。それと、シャロシャロさん」
 どきりと、何か気付いたのかと思い。
「ん? どうかした?」
「かき氷、おっきいけど、ゆっくり食べてね。きーんとしちゃうから」
「……きーん?」
 その数十分後、シャーロットはその、きーんを身をもって体験するのであった。


 芸術だけでは食べられないのか、それとも……。
 十柱 境(AP016)は、義手を器用に使いながら、日雇い仕事に精を出していた。
 今だと、土木関連が多いだろうか。慣れない仕事に戸惑いながらも、境は、懸命に仕事をこなしていた。そのため、定期的に募集をかける場所では顔馴染みになっているし、工事現場周辺の土地勘はかなり鍛えられたように思う。
「お疲れさん、今日はこの辺でいいよ」
 頭領にそう言われて、境はようやく息をついた。
「お疲れ様です。では、お先に失礼させていただきますね」
 身支度を手早く終えて、その場を後にする。もう少し何かすれば良いのだろうが、本業は芸術家。専門外な仕事には少しドライな境は、そのまま仕事場を後にする。
 遠くで境の陰口が聞こえたが、聞こえなかったふりをして、笑顔で街へと繰り出す。
 まだ日も高い。
「晴美君の甘味処に行こうかな」
 境が件の甘味処に向かうと、並ばずに入れたが、既に席は8割ほど埋まっており、とても賑やかだ。
「あっ! キョンキョン、いらっしゃーい! 今日は、道路の工事だったっけ?」
「よく知ってるね。どこかで聞いたの?」
 席に座り、境が晴美に声をかける。
「ううん、あそこの道をよく使ってるだけだよ。で、キョンキョンは何にする?」
「そうだな……今日はこの青い色のかき氷をくれないか」
「ああ、ブルーハワイね! 了解ー! ちょっと待っててね!」
 境もまた、きーんの犠牲者となったが、ちょっとずつ食べれば問題ないことを理解すると、その先は一度も頭痛を起こすことなく、美味しくかき氷を食べきった。
 帰った後は、本業の芸術活動だ。
 ……とはいっても、本業だというのにその……壊滅的なヤバい代物になってしまうのは、気のせいだろうか? いや、境は一人、満足げに出来た作品を眺めている。
「今日も良い作品ができたね」
 義手のメンテナンスを終えると、付けていた明かりを消して、ゆっくりと布団に包まって翌日の仕事に備えるのであった。


 そして、翌日。
 人が行き来する道で、伸びやかな声が、歌が聞こえる。
 頭に花の髪飾りをつけて、ふわふわの髪をツインテールに結んでいる着物姿の美人。
 それが、如月 陽葵(AP011)だ。
 陽葵が作った歌はもちろん、他人が作った曲もカバーして歌っている。
 その歌に足を止める者が多いようだ。
 そんな陽葵のいる道の向かい。馬車や車が行き来する大通りを挟んだ向かい側では。
「……お後が宜しいようで」
 どっという爆笑と共に大拍手。こちらは路上で漫才をしていたようだ。
 陽葵よりは人数は少ないが、集まっている人達はとても笑顔になっている様子。
 山田 ふわ(AP024)は、人懐っこい笑顔で、観客の声援に応えていた。
 と、二人の視線が合わさる。
 ふわは、貰ったお駄賃を集めて、身支度を終えると。
 一気に大通りを渡ってきた!!
「ちょっ!! あんた、危ないじゃないか!!」
「でも、何も通ってなかったし。それに……」
 にこっとふわは笑って。
「とっても綺麗な歌だね!」
「……ん、もう……。ありがとな」
 消え失せそうな小さな声で、照れたように陽葵が言うと。
「どういたしまして! ふわちゃんは、山田ふわって言うよ。お姉さんは?」
 どうやら、先手を打って自己紹介してきたようだ。
「如月陽葵……陽葵だ」
「陽葵ちゃんだ! これからね、甘味処に行くんだ。陽葵ちゃんも一緒に行こう!」
「ちょっと勝手に決めんな! ……まあ、おれもそこに行こうと思ってた」
 陽葵もまた、ふわと同様に後片付けをして、二人はそのまま、晴美の居るあの甘味処に辿り着いた。
「あっ! ふーちゃん、いらっしゃーい!! それにひまちゃんも!! 二人ともお友達だったんだね、どーぞどーぞ!!」
 晴美に案内されて、席に座る二人。
「で、今日は何にする?」
「んーと、クリームあんみつ」
 陽葵が答えると。
「ふわちゃんは、いつものでっかいやつ!」
「かしこまりましたー!! ちょっと待っててね!」
 注文を受けて、晴美が去った後。
「ふわは、ここの常連? まあおれもそうなんだけど……」
「うん、ふわちゃんはここの常連だよ! いろいろとサービスしてくれるから好き!」
 いつもにこにこしているふわに、若干押され気味だが、陽葵はまんざらでもない様子。
 それに同じ路上アーティスト同志、気が合うものがあるようだ。
「はい、ひまちゃんのと……」
「おう」
 ことんと、お盆に載せたクリームあんみつが置かれ。
「ふーちゃんの……デラックススーパーハイパーグランドキング苺パフェ!」
「でら……なんだって?」
「だーかーらー、デラックススーパーハイパーグランドキング苺パフェだよ。ふーちゃんこれ大好きなんだよね」
「うん、ふわちゃん、コレ、大好きだよ! すんごくお腹いっぱいになるし!」
 ふわの前に置かれたのは、通常の数倍もの巨大な……苺パフェ。しかも普通のパフェでは満足できず、あれやこれやとプラスしていったのがこれだ。それでも過去に何度も完食して、いつも通っているふわのお馴染みメニューにもなっていた。
 ちなみにこれ以外のメニューだと満足できずに数倍の食事を食べていき、甘味処の冷蔵庫が枯渇するので、ある意味苦肉の策でもあった。
「いっただきまーすっ!!」
 にこにこと、ペースを崩さず、ぱくぱく平らげるふわに。
「…………マジか」
 思わず陽葵は、その手に持っていたスプーンを落としたのだった。


 ——あたしの一日は、多分。なんてことのない普通の日常。

 学校で授業を受けて、それが終われば自由時間!
 いつもお気に入りの喫茶店か食堂に行って、同じ学級の友人と甘味を食べに行ったり、本屋に立ち寄ったりするのが日課。
「さて、今日はまだ行ったことのない甘味処に行くわ! いつもここ、混んでるのよね。今日は運よく入ることができたわ」
 そういって、晴美の居る甘味処にやってきたのは、古守 紀美子(AP012)。
「ここの苺パフェ、一度食べてみたかったの!」
 さっそく注文するために、メニューを開こうとして、気付いた。
「……あら、桜子さん? こんにちは! このお店にはよく来られるの?」
 そこに居たのは、同じクラスメイトの桜子だった。
「紀美子さんも来ていたの? あ……ちょっと混んできたから、そっちに移動してもいいかな?」
 紀美子のテーブルの向かいに座り、桜子が続ける。
「ここには良く来るのよ。幼馴染のハルちゃんがいるから」
「あたしは初めてなの。ココ、いつも混んでるから……入れて幸運だったわ!」
 と、いつものローラー靴でやってきたのは、晴美。
「さくちゃん、メニュー決まった……って、あれ? 席移動して……あれ?」
「ごめんね。混んできたから、友達の居る席に移動したの」
「あたしは古守紀美子よ。あなたは……」
「晴美だよ! 皆からよくハルちゃんって呼ばれてるけど、好きなように呼んでね」
 と、紀美子の感心は、その靴に注がれていた。
「それ……不思議な靴を履いてるのね? 海の外の国のもの?」
「ううん。天からの落とし物なんだ」
「えっ!!」
「とっても便利で役立ってるから、皆には内緒ね、きみきみ♪」
「……きみきみって、あたしのこと?」
「ここで人気の苺パフェ、サービスするよ!」
「サービスされました!!」
 晴美に踊らされて、紀美子は美味しい苺パフェの幸せを噛みしめるのであった。


 教室に、元気な歌声が響き渡る。今は音楽の授業中。
 遠野 栞(AP031)は、大好きな授業に嬉しそうに歌を歌っていた。

 ——高音が難しいけれど綺麗な旋律。上手く歌えるようになりたいな……。

 けれど、楽しい時間は何故、こんなにも早く終わってしまうのだろう。終了を告げるチャイムが鳴り響き、次々と学生達が教室を出て行く。
 と、廊下から聞いたことのある声が聞こえてきた。
「廊下は走らない? ごめんなさーい、次から気を付けまーす!」
「あの声って、もしかし……」
 栞の声が終わる前に。
「栞ちゃーんっ!」
 飛び込んできたのは、いつも元気な有島 千代(AP025)。
 ぎゅっと抱きしめられ、それがくすぐったくて、栞は笑みを浮かべる。
「千代お姉様も今日の授業、終わったんですか?」
「ええ、終わりましたよ。バッチリ! な・の・で!!」
 きゅぴーんと千代の目が光った。
「栞ちゃん、一緒にカフェに行きませんか? 今日から新しい味の氷菓が出るんだそうでっ!」
「……え、新しい氷菓? はい、食べたいです!」
 栞は満面の笑顔で頷いたのだった。

 一方、その頃。
 肩くらいまでの髪を一つに纏めて、いつも柔和な笑顔を浮かべている医者……氷桐 怜一(AP015)は、久しぶりの非番を迎えていた。
「患者さん達に対応しなくて良いのは気楽だね。キネマでも観に行こうかと思ったけど、一人で行くのも味気ないし……大学時代お世話になった菊川先生を誘ってみようかな」
 そう決めて、さっそく恩師のいる下宿先へと足を伸ばす。
「うーむ、素晴らしい。流石、原本は読み応えがある……」
 当の菊川 正之助(AP027)はというと、自分の部屋で黙々と本を読んでいた。
 これでも、帝都の大学に勤務する物理学の助教授……なのだが、腰まで伸びたぼうぼうの長髪に痩せた身体つきとみすぼらしい為、物理学者と名乗っても胡散臭い目で見られてしまっていた。またそんな外見をしているため、年相応には見られず、20代と若く見られることが多いようだ。本当は46歳なのだが……。
 と、そのとき。
「先生、いますかー?」
 ひょっこり現れたのは、怜一。
「おや、怜一君。どうかし……」
「菊川先生、キネマに行きましょう。そうしましょう!」
「そういうハイカラなものは、私ではなく、美しい御婦人を誘えばいいじゃないか。私はこの本の続きを……」
 本を持つ正之助をそのままに。
「本を持ったままでかまいません。さあ、行きましょう!」
「ちょ、怜一君!?」
 半ば強引に引っ張られ、あれよあれよと、キネマの中へ。
 席に座ると、持っていた本はさっと、怜一が預かり。
「たまには違う事でリラックスした方がいいですよ? このキネマも中々面白いって評判なんですから」
 そう言われて、正之助は大人しく怜一とキネマを見る羽目になってしまった。

 そして、数時間後。
「いや、確かに面白かったけどさぁ……。私の物理の時間は……」
「まあまあ。菊川先生。美味しいと評判の甘味処があるんです。軽食も食べられるそうですから、そちらに行きましょう」
 怜一と正之助は、そのまま晴美の居る甘味処へと足を向けるのであった。

「わあ、凄い人気ですね」
「でしょう? あ、順番が来ましたよ。さあ行きましょう、栞ちゃん!」
 千代と栞もまた、晴美の居る甘味処の中へと入り、席に座ることが出来た。
「新しい氷菓って……」
「すみませーん、このアイスクリームくださーい!」
 晴美を呼び止め、注文する。
「はーい! 新作のアイスクリームですね。味はどれにしますか?」
 そう晴美に尋ねられて。
「栞ちゃんのとは別の味を……そうだ、お互いのアイス半分交換しませんか?」
「それは素敵な提案ですね。そうしましょう」
 二人は別々の味を注文して、半分こすることにした。
「では、少々お待ちくださいねー!」
 去って行く晴美を見送り、千代と栞の二人は楽しそうに向かい合って。
「頼んだものが到着するまでは、いっぱいお話して待ちましょう」
「はい♪」
 話題は学校のこと、家族のこと、昨日咲いた庭の花こと……そして。
「あ、そういえば日食……」
「もうすぐですよね。私も欠けた太陽が見られるよう 曇り硝子を父に作ってもらいました。空がどんな風になるんでしょう……?」
 思わず、窓の外を見上げて栞は告げる。
 そうこうしていると、先ほどの給仕さんとは違う人が、二人のアイスクリームを持ってきてくれた。
 席がもっとも華やぐ時間だ。二人は瞳を輝かせて、スプーンを手にした……ところで。
「やあ偶然だね。良かったら相席しても良いかな?」
 混雑する席を見ながら入ってきたのは、先ほど到着したばかりの怜一と正之助。
「菊川先生、怜一先生!」
 見知った顔を見つけて、栞はぱっと笑顔で一礼。ちなみに、正之助は栞の家庭教師だったりする。また、千代も。
「あ、菊川先生と氷桐先生、こんにちはーっ! お二人もおやつの時間ですか? アイスクリームお勧めですよー!」
 栞を通じて知り合ったのだが、二人とも淑やかさを求めてこないので先生と呼び慕っている。
「丁度、キネマの帰りでね。何か食べようと思って立ち寄ったんだ。よかったら、好きな物を奢るよ」
 そういう、怜一に。
「……えっ、本当にいいんですか? 栞ちゃん、クリームソーダも頼みましょう!」
 千代はさっそく、近くに居た給仕さんを呼び止めていた。
「ありがとうございます 怜一先生!」
「いいんだよ。気にしないで」
 ふと、怜一は思う。先生にもこの半分で良いから食欲があればなあ、と。
 と、そのときだった。
「菊川先生、このアイスとても美味しいですよ。はい、あーん」
 と、栞が自分のスプーンで勧めるではないか!
「そんなことする年齢は、とうに過ぎた気がすぎるんだけどなぁ」
 正之助はそう苦笑いした後、お言葉に甘えつつ照れながらも。
「じゃ、ありがたく頂戴します」
 と、一口もらったのだった。


◆この日常が続くと思っていた
「いやあ、まさかお前達に出くわすとはなぁ!」
 ホットケーキの上に溶けたチョコレートと生クリームを掛けて食べながら、話し出すのは、桐野 黒刃(AP007)。その派手な立ち振る舞いに、持ち前の美貌で、帝都劇場での演目で主役を演じるほどのスタァでもある。
「まあな。丁度、腹空いてたし。で……黒刃。大量にあったチケットは捌けたのか?」
 これまたデカいハンバーグの乗った、大盛りナポリタンを食べつつ、目つきが悪くギザ歯の天花寺 雅菊(AP013)が意地悪そうに尋ねた。
「まあ、なんとかってところだな。太助が孤児院や福祉施設に……ついでに家族サービスだっていうんで、おまけして渡した。聞いたらもう全部配り終えたって言ってたぜ。いやあ、太助サマサマってところだな!」
「ああ、役所殿はああ見えて、顔が広いたい。それにしても、短期間であの枚数を捌ききるとは……役所殿、恐ろしいお人ばい……」
 同じく三白眼でギザ歯な警察官の櫛笠 牽牛星(AP014)は、くわばらくわばらと冗談を言いながら、チキンピラフに舌鼓を打っていた。
「そういや、牽牛星。今日は瓶ラムネにしないのか?」
「今日はピラフで腹一杯けんね。けど、タダというのなら、話は別たい!」
 そういう牽牛星に、くくくと雅菊は笑みを浮かべる。
「じゃあ、また買ってやるよ。牽牛星は瓶ラムネが好きだからな」
「そういえば、雅菊は運び屋やってるんだっけ? そっちはどうなんだ?」
 黒刃が尋ねると。
「まあ、ボチボチだな。そのうち良い仕事が来るかもしれないんだ。そのときは、また奢ってやるよ」
「それなら本官は、高級寿司店で!」
「牽牛星、まだ決まってないぞ!」
「およよ〜桐野殿〜〜天花寺殿が本官を虐めるぅ〜」
 そんな二人のやりとりを見ながら、黒刃は。
「ところで聞いたか? もうすぐ、皆既日食があるらしいな。お天道様が隠れるっていうのは、ちょっと心配だが……でも、面白そうだな」
 俺は劇場で演技してるから見られないけどなと、黒刃が笑みを見せると、雅菊と牽牛星が神妙な面持ちで顔を見合わせるのであった。


 帝都の片隅で経営しているこぢんまりとした小さな写真店。
 その奥の現像室で漣 チドリ(AP030)は、撮った写真を現像していた。
 彼の机の上には、いくつかの写真乾板が置かれ、そのどれもが、普通の写真屋では断られそうなアングラな物ばかりであった。
 とそこに、がらがらと音を立てて、誰かが写真店に入ってきた。
 新聞配達を終えた八女 更谷(AP021)だ。慣れた手つきで、自分で茶を入れ、どっかと居間の座布団の上に座った。
「サラさん、またご休憩ですかい?」
 勝手に入ってきた更谷へと、チドリはからかうように声をかける。
「見ての通りだ。どうにも腹が減って集中力が下がる。トリ、何か飯作れ」
 ここは更谷の家ではないのだが、気を遣わずにしかも、必要以上に干渉されない為、都合が良いようだ。こうして、仕事が終わった後はいつも、チドリの家に帰ってくる。
 そんな更谷にチドリはあきれ顔で。
「このチドリさんを飯屋みてぇに扱うのは、あんただけですよ」
 そう言いながらも、小さなランプを点け、文句を言いながらも作り置きのライスカレーを温める。持ち前の勘の鋭さだろうか。なぜかライスカレーの日を狙い撃ちして、更谷が来る当たり、何かを感じなくはない。
 二人は向かい合って、温めたライスカレーを仲良く食べる。
「ところでサラさん、そろそろ飯代くらい収めて欲しいところでさぁ。こちとら守銭奴で通ってますんで」
 そうチドリが声を掛けると。
「出世払いな」
 そう更谷が言うが。
「はいはい、10年目くらいですねぇその台詞」
 意地悪そうにチドリが言ってきた。そう、二人の関係は10年ほど前から、帝都で知り合った腐れ縁なのだ。
「もう10年くらいあれば、出世するんじゃねぇか」
 面倒くさそうに言われて。
「ええ……そんなに待てませんよ〜」
 チドリは思わず、そう呟くのだった。

 そう、帝都に住む者達は思っていたのだ。
 この他愛ない日常が……このまま続くのだと信じてやまなかった。

 ——その刻が、来るまでは。


◆皆既日食と審判の刻
 少しずつ太陽が陰っていく。
 昼だというのに、空はだんだんと暗くなっていき。
 時計台の鐘が鳴り響いた。正午を告げる、その鐘の音が。

 ——リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン……。

「夏目先輩、急に空が暗くなってきましたよ」
 勘九郎と海斗は、早く終わった学校の帰りに、本屋へと向かおうとしていた。
「……これが皆既日食か。こんな憂鬱な空は初めて見るな」
「先輩は知ってるんですか?」
 勘九郎の言葉に海斗は頷く。
「前に本で読んだことがある。小説では、不吉な前触れとして扱われるのがセオリーだが、現実はタダの自然現象だと聞いている……が、なんだか嫌な予感がする」
「や、やめてくださいっスよ〜」

 と、太陽がすっかりと月に隠れてしまった……その瞬間。

 ——キィィィィイイイイイイイイイインンンンン!!!!

「な、なんだ……この、耳鳴りは……!?」
 海斗が叫ぶ。
「うえええ、皆既日食って耳鳴りするんですかー?」
「いや、するわけがない。これは……何かが……明らかに、おかしい……」
 海斗と勘九郎は頭を抑えながら、思わずその場でうずくまる。
 それと同時に、今度は地面が揺れた。
「じ、地震!?」
「そうじゃない! 建物や木が、街頭も揺れていない!! これは……な、なんだ?」
 だが、地面が揺れている……いや、波打っているようにも感じるのだ。こうグニャグニャとまるで、液体のような粘土というべきか。それで揺らされているという感覚。
「ううう、先輩……な、なんだか、気持ち悪いです……」
「まるで……船酔いみたいだな……うぷっ」
 海斗も勘九郎も気持ち悪くなっている。

 異変はそれだけではない。
 周りを見渡せば、気持ち悪さを通り越して、バタバタと半数くらいの人々が倒れていた。しかも、顔色が酷く悪い。真っ青を通り越して、土色のようにも見える。

 そして……太陽に光が戻る。
 さっきまでの暗さは消え、あの耳鳴りも気持ち悪さも、何事も無かったかのように、すっと消え去った。
「い、一体……なにが起きて……」
 困惑する海斗。もう終わりだと思っていた異変は……まだ終わっていなかった。
 先ほどまで倒れていた人が、ふらふらと立ち上がって……こっちに向かってきた!
「ウオオオアアアアアアアアア!!!」
 しかも手を伸ばして、捕まえようとしてくる。
「なんだ、こいつら!? 病気の浮浪者か? おい、先輩に近寄るな!!」
 勘九郎は重さのある石を、襲ってきた人に向かって、投げつけた。
「ごぼおお!」
 頭を潰されて、すぐにそれは倒れて動かなくなった。しかし、それは1体だけではない。
「勘九郎……これは、ヤバいかもしれない」
「見ればわかります!」
 顔色の悪い人々が、生きている人達に向かって、襲いかかってきている。
「いったいこれは、なんなんです!?」
「死人……いや、これは『ゾンビ』だ! 勘九郎、囲まれる前に逃げるぞ!」
「ゾンビって何ですか? 逃げるってどこに?」
 石が何個も落ちているわけではない。近づいていくる不気味な者……いや、海斗の言う『ゾンビ』が次々と襲ってくるのだ。勘九郎は、持っていたバットで次々と投げ飛ばして、行きながら。
「先輩、どこに逃げたら良いんですか!」
「学校へは遠すぎる……ここからなら、迎賓館が近い。そっちに向かうぞ!」
「……了解!!」
 最後に目の前に居るゾンビを投げ飛ばした……そのときだった。
「あっ!!」
 勘九郎のバットが手から滑って、どこか遠くへと吹っ飛んだ。
「お、俺の……俺のバットっ……!!」
「今は逃げるのが先だ! 行くぞ、勘九郎!!」
 海斗に引き摺られ、勘九郎は愛用のバットを失った。
 だが、勘九郎は知らない。そのバットが思いがけない場所で再び戻ることを……。


 チドリは、皆既日食の時間を忘れていた。もう、辺りは暗くなり始めている。
「まさか、このチドリさんが時間を忘れるとは、失敬失敬」
 ばたばたとカメラを鞄の中に入れ、外に出かけようとする。
 そんな日にも、更谷はチドリの家で、いつものライスカレーを食べていた。チドリは通りますよと一声かけて、外へ出て行こうとするのを。
 むんずと、その腕を掴んで止めた。
「行くな……どうにも嫌な予感がする」
「何怯えてんですかい、ただの日食でさぁ」
 いつもと違う雰囲気の更谷に、軽口でチドリは答えたが……。窓から覗く外の様子がおかしい。空が明るくなった所で、なにやら、悲鳴が聞こえてきた。
 よく見ると、海斗の言うゾンビが人々を襲っているのが見えた。
 それは徐々にチドリ達の居る家へと近づいていた。
「ここで……籠城は不味いですよねぇ?」
「籠城? 武器もないのにか? 無理だろ?」
 がっと、残りのライスカレーを平らげて、二人は急いで身支度を調え始めた。
 チドリは付けていた鞄に、大事な物を詰めて、更に暗室へ飛び込み、現像用の薬品を手に取った。ついでにと言わんばかりに包丁も手に持って。
 一方、更谷も新聞紙を丸めて、腰に入れ込むと、上着のポケットにマッチを忍ばせる。そして、近くにあった木製の箒を手に取った。
 がちゃりと裏口の扉を開くと。
「グアアアアア」
 2体のゾンビがこっちに向かって襲いかかってきた!!
「もっと後で使いたかったんですがねぇ!!」
 持っていた薬品の一つを投げつけ、包丁でなぎ払う。
「チドリ、こっちだ!!」
 更谷は持っていた新聞紙にマッチで手早く火をつけると、そのまま燃える新聞紙を口の中に突っ込んでやる。
「ゴアアアアアア!!!」
 怯むゾンビ達をそのままに、二人は逃げていく。
「とりあえず軍部ですかねぇ! ああ、ここに銃がありゃあ、ぶっ放してやんのに!」
「そうだな! 武器もあるかもしれねぇし……こんな所でわけわからん生物に、足止めされるわけにはいかねぇんだよ!」
 二人の逃走劇は、今、始まったばかり。


 所変わって、駅前のラヂヲ焼き屋。
 ハルは稼ぎ所と言わんばかりにラヂヲ焼き……いや、皆既日食焼きを焼いていた。
「東京もんは行儀悪い客ばっかやな。ヨダレたらして、順番守らんと押し寄せて……」
 そこではたと気付いた。周りの様子がおかしいことに。焼き物をしている手が止まる。
「いや、これゾンビ?」
 自然にその声が出てきた。
「ちょっと待ちや! ゾンビってなんや、知らへんのに知っとるで。いやそれより、このままやとウチが食われてまう!」
 ハルは焼き器を止めて、そこに突っ込まれていた棒らしきものを引っこ抜いた。
「やけに手に馴染むし、使い方もわかるけど、人斬るのだいぶ抵抗あるで。焼けて血が飛ばんからええけど、臭いだけは正直勘弁して欲しいわ」
 ばたばたと店の裏口からそっと飛び出していく。幸いにも、まだゾンビはそこには来ていなかったらしく、スムーズに逃げ出すことが出来た。
「おとんもどっかほっつき歩いておらへんし、ウチだけでも逃げへんと!」
 ばたばたと逃げながら、ハルは続ける。
「あっ……この棒、見つかったらマズいんかな? 警察とかに見つかったら嫌やわ。鞘にいれて袋につつんどこ」
 飛び出す際に持ち出したもので、その棒らしきものを仕舞い込みながら、ハルもまた、市街地を駆け出すのであった。


◆桜塚特務部隊、出動!
 突然の出来事に、桜塚特務部隊は慌ただしく、準備が進められていた。
「何!? 皇居から救援要請が来ているだと!?」
 隊長である重造が思わず、声を張り上げた。
「どうしますか、隊長! ここで帝を助けに行かないとなると、大変なことになります」
「……まさか、晃仁陛下はこのことを知っていたから、我々にあんなことを……」
「隊長?」
「いや、何でもない! いいか、まずは生きている臣民を守ることを優先とせよ。これは帝からの命令でもある。だが……部隊に余裕ができ次第、皇居にも向かうことを許可する!!」
 重造はそう檄を飛ばす。と、そこへ。
「神崎隊長! 軍部及び重要施設の安全を確保する隊と、臣民の救出作戦及び退路を確保する隊に分かれてはどうでしょうか」
 そう進言するのは、周。
「なるほど、部隊を二つに……か。冷泉軍曹。この軍部では人を収容するには狭すぎる。なにか良い場所はないか?」
 逆に尋ねられて、一瞬、周は戸惑いを見せたが。
「確か……この近くに迎賓館があったはずです。そこでならば、多くの人々を収容することができますし、それに大きな門がバリケードにもなります」
「ふむ。そこなら良さそうだな。万が一のために、予備の物資もあったはずだ。我々もそこに拠点を移して、警備に当たるとしよう」
「はっ!!」
「それと、冷泉軍曹には、救出作戦の一部隊を指揮して貰う。必要な人数を集めた後、すぐに帝都へと向かってくれ。グラウェル氏からの支援も忘れるな」
「了解しました」
 敬礼する周に、重造は声を掛ける。
「……良い発案、助かったぞ、冷泉軍曹」
 ぼんと力強く肩を叩かれて、周は少し誇らしげな気持ちになりながらも、これからの任務に気を引き締めるのであった。

「冷泉さん……いえ、冷泉軍曹、ありがとうございました!」
 周が隊長室から出ると、そこにふみがいた。
「一さんに礼を言われることは、していないと思うんですが……」
「さっき言ってたじゃないですか。部隊を二つに分けて、人々を助けに行くって。わたしも助けに行きたいんです。約束したから……少し前に見た平穏。あの誰かが今は生きてないなんて、思いたくない! だから、助けに行けるようにしてくれて、嬉しかったんです」
「……人の話を勝手に聞くのはいけませんよ。ですが……」
 ふっと笑みを浮かべて周は続けた。
「一緒に頑張りましょう。人々を助けるために」
「はいっ!!」


 葉月もまた、人々を救うため、冷泉の指揮する部隊へ入るための準備を行っていた。
 胸ポケットに入れているものが気になるのか、その上から何度も触っているようである。
 と、候補生達にも武器が配布される。慣れた拳銃が手渡されるのかと思ったら。
「こ、これは……サブマシンガン……?」
 訓練で一度も使ったことのない銃だった。拳銃を一回り大きくしたような、小型のサブマシンガン……確か名前は、マイクロ UZIだったと思う。けれど、葉月はその使い方を何故か知っていた。
「拳銃では敵を倒すのに時間が掛かるらしい。昴候補生にはそれを持っていくように言われているが、大丈夫か?」
「あ、はい……」
 拳銃では倒せない相手……それが、葉月の敵となるようだ。
 葉月には、そのマイクロ UZIを持つ手に、重くのし掛かるように感じられた。

 剣士は、軽くノックをしてから、グラウェルのいる執務室に入っていく。
「カレンさん?」
 そこにいたのは、グラウェルではなく、秘書のカレンだった。
「申請されていたものを受け取りに来たんですよね? こちらで用意しておきました」
 どうやら、忙しいグラウェルに変わって、カレンが手配してくれた様子。
「これは『ソナーゴーグル』で、本国で使っている物となります。そのため、お渡しできるのは3つと少ないです。これはサーモグラフィーを使って、動いている者の動きをトレースできます。3メートル以内であれば、壁を隔てても見ることが出来ます。難点は、動きは見えても間に壁とかがあると分かりづらいという点ですね。その都度、目視モードに切り替え、対応する必要があります。それと重要な事が一つ」
 そこで区切ってカレンは言う。
「ゾンビになったばかりの者は、体温が人と同じ場合があります。明日になれば、全てのゾンビが体温を失うので、このゴーグルで判別できるのですが……今はそうではないので、必ず目視での確認をお願いします」
 そういって、取り出したVRゴーグルのようなものを、いくつか机に並べていく。
「次にお渡しするのは、『電磁ネットガン』です。打ち出せば、電撃が走る2メートル四方のネットを射出することができます。ゾンビを仕留めることはできませんが、足止めするには、もってこいのアイテムですね。弾は6発入れられます」
 次に未来型の小型銃を並べていく。拳銃型で軽いので女性や子供でも扱いやすいとのこと。
「こちらも3つしか用意できませんでした。今、追加を申請していますから、必要があればお知らせ下さい。明日には希望の数をお渡しできるはずです」
「……了解した。さっそく使わせていただく」
 カレンから渡されたアイテムを手に、剣士はそれを部隊へ渡すために運んでいく。
「ご武運を」
 心配そうに見送るカレンに剣士は、静かに頷いて部屋を後にしたのだった。


 そして、数分後。
「おや、戻ってきたんですか? カレンから物資の受け渡しを終えたと聞いていますが」
 剣士が再び、部屋に戻ってくると、そこにグラウェルがいた。
「桜塚特務部隊は、臣民を助けるのに全員向かったと聞いていますが……」
「特別に許可をいただきました。今は貴殿を守る事が自分の任務です。例えこの身が朽ち果てようと必ずや貴殿をお守りします」
 その言葉にグラウェルは目を見開き、驚くも。
「……それはよかった。カレンも仕事で出かけてしまって、少し心配していたのです。貴方がいるのなら、準備が終わった後で迎賓館に向かいましょうか。その方が安全なのでしょう? ならば、早く行きましょう」
「準備が終わっているのでしたら、ぜひ」
 その剣士の言葉にグラウェルは満足げに微笑むと。
「貴方の働きを間近で見せていただきますよ。……その、本当に守って下さいね?」
 念を押すように告げて、パソコンの入った鞄を背負い、剣士と共に移動を開始したのだった。


◆ゾンビの目覚め
 制服に着替え、帽子を被る。そして、警棒と拳銃をしっかりと所定の場所に括り付けると、牽牛星は、棚の上に置いてあった綺麗なラムネ瓶を手に取った。

『ほら、コレでも飲んで元気出せ。そんな顔してるとこっちも滅入っちまうだろ……お前にはさ、笑ってて欲しいんだ。その方が良い顔してるしな』

 兄のように慕っている雅菊から、気が滅入っているときに渡されたのが、そのラムネ瓶だった。それが嬉しくて、綺麗に洗って、今まで家に置いてあったものだった。
 それをおもむろに持って、外へと出ると、瓶を叩きつけた。
 そして、ころりと出てきたビー玉を拾い上げて、大切に懐にしまっておく。
「さぁーて、本官もいきましょか……天花寺殿が待ってるばい」
 ズレた帽子を直すと、にっかと笑みを浮かべ、待ち合わせ場所へと向かう。

「おう! こっちだこっち!」
 町に出かければ、すぐに雅菊を見つけることが出来た。雅菊もまた牽牛星をすぐに見つけて、声をかけてくれたのが、少し嬉しく感じる。
「そろそろだな」
「ちょっと緊張するばい」
 そして、空が暗くなり……ゾンビ達が目覚める。
「……くぅ……耳鳴りとか聞いてないぞ」
「……まさか、こんな不調をもたらすなんて、聞いてないばい」
 二人は頭を抑えつつも、辺りを見渡す。
「天花寺殿……少し帝都民に恩を売っておこうと思うけん。ええですか?」
「お前がそうしたいって言うなら、構わないぜ。まあ俺も少し体が鈍っていた所だしな。いいんじゃねえか?」
 二人はニタリと、同じキザ歯を見せると。
「ソイツはもうダメばい! 急いで逃げてくださーい!!」
 襲おうと手を伸ばすゾンビの頭を、牽牛星は的確に撃ち貫く。
「そういえば、弱点は頭だったか……ほらよっと!!」
 勢いのある回し蹴りで、雅菊もゾンビを倒して行く。
「けど数が多いな……」
「弾がいくらあっても足りんばい。一度、詰め所に戻って補充して……」

 そのときだった。あの桜塚特務部隊がやってきたのは。
「臣民の皆さん! 今すぐ、迎賓館に向かって下さい!! 敵は俺達が引きつけますので、その間に逃げて下さい!!」
 涼介が声を張り上げる。側にいたふみが敵を倒そうとして銃を向けるも。
「……!!」
 見知った顔に思わず手が止まる。
 と、その目の前のゾンビの首が飛んだ。葉月が足技で華麗に飛ばしたのだ。
「今は緊急時だ! もうゾンビになったら、倒すしか無いんだ!!」
 葉月はそう声を張り上げ、襲ってくるゾンビに銃弾を撃ち込んだ。
「死なせない、これ以上は……!」
 周は状況の凄惨さに思わず顔を顰める。
「寛解する病なのか否か。死者なのか否か。分からないことだらけです。一厘でも助けられる可能性があるならば、不要な殺傷は控えるべき……そう思っていましたが」
 周は、始めは支給された刀で足を切って、ゾンビを足止めするが、途中で仲間と同じくゾンビの頭部を銃で撃ち貫いていく。そうしなければ、ゾンビは人を襲い、仲間を増やしてしまうのだ。
「こんなのって……こんなのって……」
 やりきれない想いを秘めながら、ふみもまた、自分を奮い立たせて、敵を撃つ。
 敵を倒さなければ、生き残れないし……人々を守れないのだ。
 ただただ、部隊の面々は生きている人々を救うために、必死に戦うのであった。


 警鐘を鳴らすかのように、教会の鐘が鳴り響く。
「いけない……」
 戸惑う少女の手を取り、シャーロットは駆け出した。
「皆! 危ないから、ついてきて!」
 一人、二人だったゾンビが人を襲い、じわじわと数を増やしていく。
 行く手を阻むゾンビがいれば、近くにあった木材を掴んで、その頭を潰していく。
「ごめんね、知らない人。今は僕たちが助かることが大事だから」
 開いた道を駆けて、無事な人達と共に走って行く。
 そして、ようやく周りにゾンビのいない所へとたどり着けた。一息つこうとここで、しばしの休憩を入れる。
「大変だったね、大丈夫だった? 僕は大丈夫だけど……」
「あの、何か知ってるんですか? だったら、教えてください!」
 助けた少女が声をかけてきた。しかし、シャーロットには答えられない。
「何があったのか僕もわからないんだ、ごめんね。助けが来るまで、頑張ろう」
 そう告げるしかできない。
 その後、救援に来た桜塚特務部隊の隊員により、シャーロット達もまた迎賓館へと向かうのであった。


「嗚呼、これは……いけないな」
 歌風は思わず呟いた。何度だって空想した事がある『人ならざる人』が『人』を襲う物語を。
 どうやらその『物語』が、今、この現実に起きているらしい。
「いけませんね、これは。しかし……」
 ――義足。
 また、外に出ない事により、極限にまで落ちた体力。
 これで逃げ切れるとは思えない。だがしかし……。
「私だって、簡単に死ぬわけにはいけません」
 歌風は鈍った足を叱咤しながら、何とか逃げようとする。
 と、そのときだった。
「そこのあんた、こっちだ!」
 歌風の手を取ったのは、路上で歌っていたあの陽葵だった。
「えっと……」
「陽葵だよ。それとも、この先にあるおれの舞台について話した方がいいか?」
「舞台?」
「……確か、外国の言葉を借りると『ライブ場』っていうらしいな。とはいっても古民家を改造した小さな待合場所みたいなもんだけどな! あ、こっちだぜ!!」
 辺りを見れば、陽葵だけではない。どうやら、歌風だけでなく、他の生きている人達に声を掛けて、自分の古民家……いや『ライブ場』へと避難しようとしているようだ。
 丘の上にある古民家のせいか、辺りにゾンビの気配は今はない。扉を閉めて、なんとか一息つけた。
「あんた、その足……義足?」
「そうだよ。助けてくれてありがとう。キミのお陰で助かった。……ああ、紹介が遅れたね。私は三ノ宮歌風。本を書いて生計を立てている一人だよ」
「へえ、歌風は、文豪なんだね! どんな話を書いて……」
 話をしていたそのときだった。
 がしゃーんと、扉が壊れた音が響いた。
「あっちには何がある?」
「勝手口だな……まさか、そこから……!?」
 急いで残った者達で勝手口に繋がる扉に椅子や机やらを立てて、バリケードにする。
「こっちは大枚叩いて買った自分の城だっていうのに……!!」
 思わず、陽葵は自分の親指の爪を噛んでいる。
「ここに籠城するよりも、別の所に移動した方がいいかもしれない」
「で、でも……」
 そういう言っている内に、入ってきた扉が勢いよく、放たれた。
「皆、無事ですか!! 桜塚特務部隊です!! 皆さんを助けに来ました!!」
 その声に二人は顔を見合わせ、特務部隊の指示に従い、迎賓館へと向かったのだった。


 悟の両親が家を空けて数日。悟は部屋で療養していた。
 直に皆既日食を迎えると聞き。
「本当に暗くなるのかな?」
 布団の中で、わくわくするのと同時に、不思議な胸騒ぎが脳裏を掠めていく。

 徐々に部屋が暗くなる。窓の外の景色も暗くなる。
「太陽は直接見たら、ダメなんだよね」
 少しずつ暗くなっていく部屋の中で、悟は部屋のランプを点けようとして、違和感に気が付いた。

「…………」
「……え?」
 悟の耳に届いたのは、人の呻き声のようなもの。しかも、それは近かった。
「……まさか、一階から? 一階にはよし江さんしか居ないはずだよね……?」
 悟はランプを点けず、代わりに懐の愛銃を取り出した。
「物盗りか何か…?」
 いや、もっと違う、すごく嫌な予感がする。
 悟は静かに慎重に1階へと向かっていく。震える手で銃を握り、物音がした部屋の隅から半開きの襖を睨む。
 ――よし江さんは、もう居ない。
 何故か、悟はそんな気がしていた。
 ……近付く足音。
 悟は覚悟を決めて、銃を構え……扉の前に出る。
「!! よし江さんっ!!」
 そこには血まみれで横たわるよし江がいた。目を見開き、動かない様子を見るときっと、よし江はもう……。
 では、あの呻り声は……まさか!!
「うがああっ!!」
 近づいてきたゾンビに悟は、すぐさま拳銃の引き金を躊躇いなく引いた。
 何発も何発も何発も……。
 気がついたら、ゾンビは横たわり、動かなくなっていた。
 夢中で撃っている間に、ゾンビは死んでしまったようだ。
「よ、よし江さん……!!」
 近づき、脈を確認するが、事切れていた。
「よし……江……さん……ううう……」
 溢れる涙をそのままに、悟は近くにあった手ぬぐいで顔を隠すと静かに手を合わせる。
 物音を聞きつけて、桜塚特務部隊の隊員達が来たのは、その数分後であった。
 悟もまた、着替えた後、迎賓館へと向かうのであった。


 太助は、家族サービスとして、黒刃から譲ってもらったチケットを使い、彼が出演しているハムレットを見ていた。
 ……はずだった。
「なっ……なんだ……これは……」
 突然耳鳴りが来たかと思ったら、船酔いのような気持ち悪さがやってきて、人々がゾンビとなって襲い掛かってきた。
 幸いにも家族や知り合いの中には、ゾンビになる者達はいなかったが、それも時間の問題かもしれない。
 この状況に立ち尽くす太助の脳裏に、懐かしい声が突如……聞こえた。

『いいか太助。非常時にこそ役人の真価は問われる。冷静に、出来ることに全力を尽くせ』
 太助の父、太一は、幼い太助にそう声をかけていた。
『できるな?』
『うん!』
『それでこそ、私の息子だ』
 最後にはくしゃりと太助の頭を撫でて……それが、太助の父が不慮の死を遂げる直前にかけてくれた、最後の言葉だった。

 どうして、このときに思い出したのかわからない。
 だがしかし、太助を奮い立たせるには、充分だった。
「みなの者逃げろ! 異形と反対方向へ! 男は女、子ども、ご老人を支えよ!」
 声を張り上げ、自分も救援へと向かう。一瞬、家族の方を見たが、太助の家族達はそれをわかったのか笑顔で頷き返してくれた。
「皆、行ってくるでござる!」
 心の中ですまないと呟き、自分は一足先に老婆を背負って、劇場から避難していくのであった。


「……ああ、始まってしまいました。労働反対でよろしい? よろしくないと」
「研究に夢中になりすぎて、つい忘れてましたね……」
 ここは、帝都にある小さな工房。そこに錫鍍と星歌は、ブリキ製品を作ったり、はたまた別の研究をしていたりしていた。
 うっかり逃げ忘れて、帝都の外れに位置しているというのに、遠くからゾンビ達の声が迫ってきているのがわかる。
「年の為、先は付け替えておきますが? 錻力を同じ先で弄りたくありません」
 錫鍍は愛用のドリルの先を、鋭利なものに差し替えておいたが、それを使用したいとは思っていない様子。
「んー……出来れば生け捕り……というか、研究にも使えるから……いや、でも欲張りすぎちゃだめだね。最優先は生きること。とりあえず逃げるか」
 星歌も護身用に持ってきた薬品と油を肩掛けカバンに入れて、裏口へと向かう。
「うむうむ、その方がよろしいですよ。そうと決まったらさっそく、ここから脱出を……」
 二人はそろって、裏口を出ると。
「ああああっ……」
 そこには既にゾンビが1体。
「ややっ!!」
「えっと、薬品? それとも油がいい??」
 パニックを起こす二人の前に、一人の女性が立った。
 近未来的なレーザー銃で、ゾンビの頭を一気に吹き飛ばす。
「二人とも、ここにいたんですか……」
「カレンさんっ!!」
「た、助かりましたぞ!」
 カレンは二人に微笑むと。
「私には、まだやるべきことがありますから一緒には行けませんが……この先に迎賓館があります。そちらに向かってください。そうすれば桜塚特務部隊の方々が助けてくださるはずです」
「はい、わかりました!」
「い、一緒には来てくれないのですか……よよよ」
 引き留める錫鍍にカレンは苦笑を浮かべる。
「このあたりのゾンビは私が倒しましたから、他よりは安全なはずです。そう遠くはありませんから」
 その言葉を聞いて、ホッとしたのか、二人はカレンの言葉に従い、なんとか迎賓館へとたどり着いたのだった。


◆襲撃×襲撃×襲撃
 ゾンビの襲撃は止まることを知らない。
 吉兆は、その襲撃を非番で外出中に受けていた。
「急に襲うなんて、何をしてるんだ! お願いだから、正気に戻ってくれ!!」
 そうゾンビに説得を試みたが、全く反応せず。そのまま吉兆に襲いかかってきたので、持ち前の勘と運動能力で、ゾンビを頭突きで怯ませると、鋭い蹴りで敵を飛ばす。
 逃げる途中で幼い子供を抱えて逃げる母子を見つけて、手助けもする。
「子供は自分が運びます! さあ、逃げましょう!!」
 開いていた店に飛び込むと、そこに彩葉がいた。どうやら、吉兆が飛び込んだ店は、彩葉が務める西洋料理店『極楽亭』だった。
「なんですか? なんですかあれ?! なんか変な人いっぱいで……」
 慌てる彩葉に吉兆は。
「自分は分かりませんが、あれらから逃げて生き延びなくてはなりません。早くバリケードを!!」
 机や椅子を運んで出口に置こうとする間にも、ゾンビは近づいてくる。
「このままだと、お客さんも怪我をしちゃうかも……む、む、む。飯炊き女をなめないで下さいね! お店からちょこーっと拝借してきたお酒とお料理で使うマッチが、私にはあるんですからね!」
 マッチを擦って、持っていた酒の瓶をゾンビに投げつけ、火の付いたマッチも投げつけた。が、上手く燃え上がらずに、じゅっとマッチの火が消えてしまった。
「え? 嘘……!?」
「彩葉! これを使え!!」
 店長から渡されたのは、アルコール度数の高いウォッカ。
「ひぃ、怖いけど、怖いけどやりますよー!」
 もう一度、酒瓶を投げつけ、火の付いたマッチを投げつけた。
 ぼうっ!!
「グアアアアアア!!!」
 ゾンビが怯んで後退している間にドアを閉め、どんどんとバリケード代わりの机や椅子を重ねていく。
 数時間後、桜塚特務部隊に助けられた一行は、そのまま迎賓館へと移動したのだった。


 工事中のビルの屋上。そこにリーゼロッテがいた。
 持ってきた双眼鏡で様子を窺いながら、背中に背負ってきたスコープ付きのスナイパーライフルを構える。
「……そこっ!!」
 静かに屋上からゾンビを狙い撃ちする。その先ではゾンビに襲われそうな人が救われていた。
「全て倒せませんが、見える範囲だけは……ん?」
 ライフルのスコープ越しに、見知った後ろ姿を見つけた。
 あのグラウェルと共に行動しているはずの、カレンだ。
「どうして、あの方がここに?」
 思わず持ってきた無線を取り出すが、聞こえるのは桜塚特務部隊の無線連絡のみ。迂闊に話しかけるのは愚策だろう。
「ですが……援護ならかまいませんよね」
 無線を仕舞い込むと、リーゼロッテは再びライフルを構えた。
「そこ!!」
 リーゼロッテの静かな弾丸がまた、ゾンビの頭部を吹き飛ばしたのだった。


 そして、アルフィナーシャの屋敷でもゾンビは襲ってきていた。
「い、一体……あれは何ですの……?」
 幸いにもメイドから早く状況を知ることができたので、バリケードを築いて、籠城できるようにしている。もちろん、じいやの指示に従い、逃げ道は確保している。

 ――お父様は、お母様がご存命なら、女の子らしいことが教えてやれるのにと、悲しげに笑っていらっしゃいましたの……でも、見ていてくださいませ。

 アルフィナーシャは父の形見のサーベルをすらりと抜いて。
「お父様の娘として、恥ずかしくないよう、雄々しく戦って見せますの!」
 バリケードの上から、ゾンビを排除しようと奮戦する。
「お嬢様、数が多いです。一度、下がりましょう」
 徐々に数が増えていくゾンビに、じいやとメイドがアルフィナーシャを下がらせる。
「わかりましたわ」
 今はドレスではなく、動きやすさを重視した服装になっている。これも万が一を考えての選択だった。
「いえ……下がるよりもここを離れた方が良いかもしれませんぞ」
「え? ここを離れる……ですの?」
「お嬢様の荷物はこちらにあります。いつでも逃げることは可能です」
 コロコロのついたトランクを持って、メイドが告げる。
「電話で救援を呼ぶつもりでしたが、繋がらない所を見ると、恐らく交換先でも混乱しているようですね。ならば、直接、軍部へと向かうのが得策でしょう」
 さっそく、二人に案内されながら、アルフィナーシャは、外へと向かう。
 が、しかし……。
「じいや、あれは……!!」
「まさか、ここまで入り込んでいるとは……仕方ありませんな」
 じいやは一人は近くにあった梯子で一気にゾンビ達を押しとどめると。
「じいや!?」
「さあ、お嬢様! この間に逃げてください!」
「で、でも……!!」
「革命の時も、お嬢様のお母様の時もお助けすることはできませんでした。でも、今ならお嬢様のためになれます」
 その間もゾンビは梯子越しからじいやを齧り始めていた。
「行きなさい!! お嬢様の……アルフィナーシャ様のご両親様の分まで……必ず生きてくだされ!! ぐおっ!! め、メイド……お嬢様を頼み……ましたぞ!!」
 その言葉を最後に、アルフィナーシャは、メイドに連れられて、その場を後にしたのだった。
「……剣が折られることはあっても、心が折られることはあってはなりませんの」
 溢れる涙を拭って、前を向く。
「お、お嬢様!!」
 その行く手を塞ぐゾンビ達が二人を襲う。
「伏せて!!」
 閃光がゾンビを撃ち貫いた。
「二人とも、無事ですか!!」
 そこに居たのは赤毛の女性……いや、あのカレンだった。不思議なあの銃で、ゾンビを倒して、二人を救ったのだ。
「逃げるなら、こっちです。この先に桜塚特務部隊がいます。彼らと共に迎賓館へ向かってください」
 カレンの援護を受けて、二人は無事、桜塚特務部隊の隊員と合流を果たし。
「ふ、ふえええええ!!!」
 その安心感でアルフィナーシャの涙腺は、しばらく止まることは無かった。


 見世物小屋でも騒ぎが拡大していた。
 ベスティアは来るかもしれない指示を待っていたが、そのときは訪れず。
 ならばと、騒ぎの乗じて自らの檻を破り、雇い主の元へと向かうことにする。
「うわあああ!! だ、誰か、助けてくれぇ~」
 既にゾンビに噛まれ、血だらけの座長を無視して、ベスティアは四つ足で駆けて行った。
 行く手を邪魔する者がいれば、死なない程度にと思っていたが、自分を守ることで精一杯らしく、ベスティアを阻む者はいない。
 壁を伝って、屋根を駆けてゆく。
「きゃああ、た、助けてぇ……」
 見れば、傷の少ない女性がゾンビに襲われそうになっていた。
「グルル、仕方ない……助ける」
 ベスティアは方向転換し、屋根から飛び降りる勢いと共に、ゾンビを足蹴にした。ぐしゃりと、ゾンビはそのまま動かなくなっていく。
「た、助けて下さり、ありがとうございます」
 そういう女性にベスティアは、無言でそのまま立ち去った。もちろん、壁を伝って屋根へあがって。
 そんなことを、何度かやりながら、軍部へと向かっていたのだが、途中、桜塚特務部隊の網につかまって、迎賓館に連れてこられた。
 幸いにも、そこにグラウェルがいたために、ベスティアは大人しく指示に従ったのは、言うまでもない。


 境もまた、日が陰るまで日常を過ごしていた。
 しかし、騒ぎが起きると、すぐに逃げの一手を打つ。
「指令が来る前に命を落とす訳にはいきません。……ですが、一人安全に逃げて試練を乗り越えた事になりましょうか」
 最近まで得た地理の利を利用して、死角になる道を選んで、突き進んでいく。
 途中、こと切れた警官から、こっそりと拳銃と警棒を拝借していくのも忘れない。あとは、道すがら拾った木材だろうか。だが、それは追ってくるゾンビを躱すためのバリケードとして使ったため、手元には残らなかった。
 気づけば、前方に桜塚特務部隊の人達が人々を救援しているのを見つけた。
「す、すみません……助けてください」
 そう近づけば、境も他の生存者と共に迎賓館へと向かうことができたのだった。


 人々が逃げ惑う中、しのぶは様子を伺いながらも、ゾンビの近くにいた。
「このまますぐ、逃げたいのですが……何らかのサンプルはいただきたいものですわね。でも、恐いですの! きゃああああ!!」
 叫びながらも、距離を取りつつ、ゾンビに接近。
「もう、いやあああああああ!!」
 そして、持っていたトランクで、勢いよく近くのゾンビを叩きつける。
「うおおお……」
「い、今のうちにですわっ!!」
 トランク攻撃で怯んだ隙に、しのぶはそそくさと逃げ出す。
「もう……トランクが汚れちゃいましたわ……」
 嫌そうに持っていたハンカチで、ゾンビの血で汚れた個所をしっかりとふき取ると、持っていた小瓶にそれを入れて、トランクにしまい込む。
「でもこれで……」
 と、思った矢先に、またゾンビがやってくるのが見えた。
「もう、ゾンビは何体いるのかしら? そろそろわたし、帰りたいのですけど……きゃあああ!!」
 と、そのときだった。桜塚特務部隊がゾンビを倒してくれたのは。
 しのぶはホッとした様子で、そのまま避難誘導に従い、迎賓館へと向かうのだった。


 月太郎は、体の調子が戻ったのを良いことに、外に出かけてしまったことを後悔していた。
「ど、どうして……こんな、こと……に……はあ、はあ」
 何とか見つけた廃屋に逃げ込むと、近くにあった家具やらを出口において、バリケードを作る。
 作ったバリケードから少し離れた壊れた家具の影で、月太郎はようやく休むことができた。
 精魂尽き果て、ぐったりとする月太郎の部屋に、どんどんとゾンビが襲ってくる音が響いた。
「せめて家で死にたかった。……こないだの高熱の時、死ねれば良かったのに」
 思わず涙する月太郎に、ただただ震えながら、ゾンビが外へ行くのを待つだけ……。
 そのときだった。
 バチバチという、聞いたことのない音が聞こえたかと思うと。
「誰かいるんですか? 返事をしてください!」
 優しそうな女性の声が聞こえた。
「ここです……こっちに来て……」
 小さな声ではあったが、女性には届いたようだ。がしゃがしゃと、月太郎の作ったバリケードを退かしてやってきたのは、赤毛の女性。
「……あなたは……?」
「私は如月カレン。顔色が悪いようですね……立てますか?」
 カレンの手によって、月太郎もまた、迎賓館へと移動することに成功するのであった。


 黒刃は、帝国劇場にて、逃げ遅れた観客らと役者達とで、入り口を大道具で封鎖した。
 万が一のため、裏口は鍵を付けただけにしてあるが……。
 劇場内では、不安げな表情で身を寄り添う人々であふれていた。
「なあ、みんな……残った者で、劇を再演しないか」
 そう黒刃が役者仲間に呼びかける。
「でも……外があんなことになってしまってるし……」
「劇をしても……」
 困った様子の役者達に。
「不安だからこそ、オレらがそれを払拭しなくてどうする? それに……ここにいるのは、オレ達の観客、お客様だろ?」
 黒刃の熱の籠った説得に、役者達もハッとさせられたのか、黒刃の意見に同意してくれた。
 かくして、劇場での劇が再開された。
 ホールにいる人々は驚きながらも、その劇に見入っている。
 外がどうなろうとも、ここでは、確かに劇が……役者魂が息づいていた。
「生きるべきか死ぬべきか、それが問題だ。残酷な運命の矢に刺されながら耐えるべきか! 荒波のように押し寄せる災いに立ち向かうべきか! ……嗚呼この剣一つで、全てを終わらせられるのに……」
 迫真迫る黒刃らの演技に、惜しみない拍手が送られる。
 桜塚特務部隊が救援に来たのは、劇が終わった後。彼らは劇を楽しみ、そして、特務部隊の救援で助かったことに喜びを隠せない様子。
 こうして、彼らもまた迎賓館へと移動したのであった。


◆甘味処での攻防
 甘味処へ向かう途中で、皆既日食を迎えた紀美子と、桜子。そして、桜子に引っ張られて嫌々来たキヨの3人は。
「あ、陰ってきた。ほら、太陽欠けてるよ」
 持ってきていた曇りガラスで空を見ながら、キヨは少し興奮気味だ。
「え? 本当? キヨさん、見せて!」
 そう同じく興奮する紀美子にキヨは、瞳を細めて、曇りガラスを貸してくれた。
「直接太陽を見たら目に悪いからね」
「ねえ、見て! 本当に太陽が欠けて……え?」
 完全に欠けたときに、耳鳴りとあの気持ち悪さが彼女らを襲う。
「こ、これって……一体……??」
 耳を押さえながら、しゃがみ込む桜子がキヨへと声を掛ける。
「私にも分からない。けど……これはきっと、日食とは関係ないと思うけど……え?」
「きゃあああ!!」
 キヨの隣で、声を張り上げるのは紀美子。紀美子へと手を伸ばすゾンビが……。
 ばちこーーーんっ☆
「大丈夫?」
 近くにあった木材で、ゾンビを張り倒したのはふわ。
「ちょっと危なかったね? 怪我ない?」
「あ、ありがとう……えっと、あなたは?」
「ふわちゃんは、山田ふわだよ。怪我なくてよかった! ……この木材、壊れちゃったけど」
 そう笑みを零すふわに、紀美子もつられて笑みを浮かべる。
「それよりも逃げた方が良さそう。さっきの化け物、増えてきた」
 そう指摘するのはキヨ。キヨの言う通り、ゾンビは人々を襲い、徐々にその数を増やしているようだ。
「でも、一体どこへ?」
 困惑する桜子に紀美子が告げる。
「確かこの先に、晴美さんの甘味処があったはずよ。そっちに行きましょう」
「そうね。その方がいいと思うわ」
 紀美子の言葉にキヨが頷く。桜子もふわも頷き、4人に増えた一行は、晴美のいる店へと駆け出した。
「あ、いいもの発見! 借りちゃおう!」
 ふわが見つけたのは、転がっていたバット。実はコレ、うっかり吹っ飛ばしてしまった勘九郎のバットなのだが……まあいいだろう。
 ふわは、それを持ち直して、行く手を阻むゾンビをうりゃあと、バットで跳ね飛ばしていく。ふわがいなかったら、紀美子達は、安全に店に辿り着くことはできなかっただろう。だがしかし。
 ぼきっと半分の所でバットが折れてしまった。
「うわーん、とっても使いやすかったのに」
「ふわさん、こっち!!」
 幸いなことに、そこに晴美のいる店があって、4人は勢いよく店の中に入ることが出来た。
「皆、無事!? ちょっと出口締めるよ!!」
 晴美が確かめた後に、扉の鍵をかけたのだった。


「大事件に巻き込まれたかったけど、こんな酷いのは願ってない! 願ってないから!」
 そう甘味処で叫ぶのは蓮。
「うん、君のせいではないよ。恐らく他の……もっととてつもない何かが動いて、こういう状況になったんだろうと思う」
「そうじゃないんです、ボク、神社で神様に願ってしまったから、だから!!」
「ほら、落ち着いて。まずは深呼吸!」
 いづるに言われて、蓮は思わず深呼吸をさせられる。するとどうだろう。少し気持ちが落ち着いてきたように感じた。
「いいかい。こんなこと、神様も予想していなかったことだと思うよ。それに、秋茜さんが願ったからと言って起きる事象にしては大きすぎる。だから、違うんだ。それよりもまずは、この状況を打開する方法を考えよう」
 いづるはそういって、蓮を落ち着かせた後、さっそく、窓から外を眺め、ゾンビの動きを観察し始めた。
「いづる所長?」
「いいから、静かにして……」
 どうやら、ゾンビは目で見て、敵を判断しているようだ。目に入った生き物全てが敵になっている……その証拠に通りかかった猫や犬も捕まえて噛みついている。幸いなことに犬や猫はゾンビにならず、そのまま死体のままのようだが……。
「目で見て判断しているのなら、その目を潰せばどうにかなるかもしれないね……」
 いづるはそう、結論づけるのであった。


 栞は、開いていた裏口から、小さな子猫が鳴いているのを見つけた。
「子猫……ちゃん?」
 子猫が見つめるその先には、あの騒動で襲ってきたゾンビが、ゆっくりと近づいてきている。
「きゃあああああ!!!」
 ゾンビの姿を見つけて、栞は思わず叫び声を上げた。
「……!? 栞さん?」
 その栞の声に正之助は、すぐさま駆け出した。その様子に怜一も厨房からナイフを拝借して、その後を追う。
「すみません、借ります! 千代ちゃん、入り口は任せたよ」
「ま、任されました!」
 裏口の守りを託された千代は、近くにあった掃除道具入れから、モップを取り出し、裏口を確保していく。

 思わず叫び声を上げた栞だったが、子猫が危ないと分かった途端、その体は子猫を守るために動き出した。急いで子猫の元へ駆けつけ、拾い上げる。
「もう大丈夫よ。一緒に逃げ……!!」
 気付けば、ゾンビはもうすぐそこに。
「危ない!」
 栞を引き寄せ、ゾンビの初撃を躱したのは、正之助だった。そのままゾンビから距離を取ろうとするところへ。
「二人とも! 早くこっちへ!」
 怜一が声を掛け、正之助はいつもは見せない全速力で栞を抱きかかえて、安全な裏口に飛び込んだ。
「こっちに来るな!!」
 ナイフを持った怜一が、ゾンビへと斬りかかる。ナイフに怯んだ所に、蹴り飛ばして、ゾンビを牽制。近寄ってくるゾンビを一通り蹴り飛ばすと、怜一も裏口の中へ。
 ばたんと、扉を閉めて、まずは安全を確保すると。
「奴らを中に入れてはダメだ! 早くバリケードを!!」
 近くにあった椅子やテーブルで塞いで、バリケードを築いていく。
「ごめんなさい! 先生 大丈夫ですか……!?」
 子猫を抱きしめながら、涙ながらに栞が声を掛ける。
「泣くほどの話じゃないさ。猫ちゃんも君も無事で何よりだ。……けど、あれだけでちょっと疲れちゃったよ……」
 そう近くにあったソファーに座り込む正之助に、やっと栞も笑みを取り戻した。
「これだけじゃ足りない! もっと持ってきて!!」
 怜一の声に栞は猫を正之助に渡して、すっくと立ち上がる。
「ちょっと手伝ってきます」
 怜一と千代が急いでバリケードを増やしているところへ、栞が加勢しに行く。

 何とか危機を脱した晴美の甘味処に、桜塚特務部隊が到着したのは、その数時間後だった。
 甘味処で籠もっていた者達も全員、特務部隊に守られながら、そのまま迎賓館へと向かったのだった。


◆迎賓館へ
 迎賓館に避難してきた者達が次々と収容されていく。
 軍に守られているということで、ほっとした表情を浮かべる者や、今回の襲撃にショックを受け、部屋の片隅でガタガタと震える者もいる。
 皆、見知らぬ敵との遭遇で、不安な夜を迎えようとしていた。

 収容作業を終えた涼介の元に、小さな影が近寄ってくる。
「涼介お兄ちゃん」
 ぎゅっと抱きついてくるのは、涼介の妹、百合だった。
「百合? 百合じゃないか! 無事だったんだな」
「お兄ちゃん、怖かった、怖かったよう……」
 抱きついてくる百合の頭を撫でながら、涼介は尋ねる。
「父さんと母さん、それに兄弟達は……?」
「……わかんない……変な化け物が家に入ってきたから、逃げてきたの……無事かどうか……わかんない……」
「……そうか」
 涼介はそういうと、改めて百合の方を見る。安心させるように笑みを店ながら。
「ああ、ここに来ればもう安心だ……ん? 百合、怪我してるじゃないか! 腕から血が出ている」
「あっ……夢中で逃げてきたから……気付かなかった……」
「ここには、良い先生がいるから、見て貰おう。こっちだ」
 持っていた武器を背中に背負い直すと、涼介はそのまま、百合と一緒に医務室へと向かったのだった。

 そして、ここでもある意味(?)運命の出会いを果たしていた。
「あっ!! それ、俺のバット!!」
「ごめんなさい、ふわちゃんがゾンビと戦ってる間に折れちゃった……」
 勘九郎がふわの持っていたバットを見つけて、声をあげたのだ。ふわはすぐさま、勘九郎にそのバットを返したが、この状況では、折れてしまったバットを直すのは難しいだろう。
 と、そのときだった。
「木のバットじゃないけど、金属製のバットなら、私の部屋にあるわよ」
 キヨが声をかけてきた。
「「え!?」」
 思わず、勘九郎とふわが同時に声をあげた。
「しかもなんか、釘みたいなのもついてた。どうせ、私は使わないし、欲しいのならあげるわ。私の部屋に行けるのなら、だけど」
「よし、行くぜ! このバットの代わりになるのなら!!」
「ふわちゃんもなんか欲しいよ!」
 元気になった2人を見て、キヨは僅かに微笑むのであった。

 そう……これはまだ、始まりに過ぎない。ゾンビとの戦いは、まだこれからも続くのだ。
 人が犇めくホールで、歌風は、自分の手帳にこう記した。
 『まさに"地獄"である――』と。

今回のMVP

雀部 勘九郎
(AP006)

ベスティア・ジェヴォーダン
(AP033)

神崎 しのぶ
(AP019)

今回の獲得リスト

シャーロット・パーシヴァル あだな「シャロシャロさん」・落とし物部屋への入室許可・かき氷はゆっくり食べよう! 絶対に!
秋茜 蓮 あだな「れんれん」・いづるの事務所所員補佐・ちょっとだけ神社トラウマ?
御薬袋 彩葉 しのぶは憧れのお姉さん!・マッチ・ウォッカ(1本)
冷泉 周 階級「軍曹」・あだな「あまねっち」・体力+1
九角 吉兆 遊郭に牡丹・豆腐屋の親父と顔なじみ・涼介と顔なじみ
雀部 勘九郎 称号「海斗の後輩」・壊れたバット・海斗との約束
桐野 黒刃 雅菊と牽牛星はウマの会う食べ飲み仲間・カリスマ役者
鏤鎬 錫鍍 落とし物部屋への入室許可・星歌の所長・ブリキコレクション
堂本 星歌 落とし物部屋への入室許可・グラウェル達のお気に入り
昴 葉月 あだな「はづはづ」・胸ポケットに大事な物
如月 陽葵 あだな「ひまちゃん」・ふわにびっくり・歌風を助けた・勝手口が壊れたライブ場(古民家)
古守 紀美子 あだな「きみきみ」・家からの電報
天花寺 雅菊 牽牛星に慕われる運び屋兄さん・黒刃は食べ飲み仲間
櫛笠 牽牛星 大切なビー玉・拳銃(8発)・警棒
氷桐 怜一 正之助は恩師・千代と栞は可愛い顔見知り・ナイフ
十柱 境 あだな「キョンキョン」・新しい芸術(?)作品・拳銃(6発)・警棒
井上 ハル あだな「ハルっち」・ラヂヲ焼きの店主・棒っぽいもの(?)
リーゼロッテ・クグミヤ シャーロットに物資運びを手伝って貰う・双眼鏡・高性能スナイパーライフル
神崎 しのぶ 可愛らしい給仕の彩葉さんにきゅん♪・ゾンビのサンプル(小)
アルフィナーシャ・ズヴェズターグラート 大切な人形・大切なサーベル・手伝ってくれるメイド・じいやのことは忘れない・帝国ホテルにご招待
八女 更谷 チドリと腐れ縁・新聞・マッチ・箒
一 ふみ あだな「ふみたん」・晴美の顔なじみ
役所 太助 あだな「たすっくん」・必殺人助け人
山田 ふわ あだな「ふーちゃん」・晴美の店の常連・デラックススーパーハイパーグランドキング苺パフェはふわ専用の裏メニュー
有島 千代 栞は可愛い後輩・正之助と怜一は頼れる先生・モップ
三ノ宮 歌風 執筆中の小説『憂国の門』・陽葵に助けられた・杖・手帳・ペン
菊川 正之助 栞の家庭教師・怜一は頼れる生徒で医者
結城 悟 拳銃(6発装填可能)・弾12発分
春風 いづる あだな「いづるん」・蓮が心配・オムライス好き!
漣 チドリ 更谷と腐れ縁・カメラ・財布・鞄・薬品(あと1回分)・包丁・大事な物
遠野 栞 千代は頼れる先輩・正之助と怜一は頼れる先生・拾った子猫
四葉 剣士 階級「軍曹」・グラウェルの有能な護衛・ソナーゴーグル×3・電磁ネットガン×3
ベスティア・ジェヴォーダン 称号「私の可愛いベス」・首輪代わりの黒のチョーカー・グラウェルからのお願い
大久 月太郎 カレンに助けられる・大切な宝物