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あ、黒刃さん! こんにちはー!!

お、ふみちゃんじゃないか。それと、確か……

お久しぶりです、三ノ宮歌風です。あなたは、帝都劇場スタァの黒刃さんですよね。前に見せていただいたあの劇、忘れられません

スタァか、もう引退してるんだけどな

今は新しい劇団のオーナーさんなんですよ

そうなんですね!

で、ふみたちはこれから軍部に向かうのか?

ええ、歌風さんが軍部に用事があるそうで。案内している途中なんです。黒刃さんは……その書類を出しに行くんですか?

ああ、来週までの書類でな。オーナーも忙しいってもんだ。その後は食堂で晩飯食ってくつもりだな

そうなんですね。実は私もこれから待ち合わせしてて……おと、違った重造副隊長と出かける用事がありまして

それなら急がないとな。後でまたゆっくり話そうぜ

はい!

またお会いしましょう


第六話 結果

●英雄達の……帰還?
 妬鬼姫は消え去った。
 そのことに一番、気を張っていたのは、自分の命がかかっていた古守 紀美子(AP012)だった。
 消え去ったのを見届けると同時に、紀美子はそのまま、へなへなと座り込んでしまい。
「どうしよう……足、力入らない」
 どうやら、全てが終わったことで気が抜けてしまったらしい。
「鬼は倒された? 終わった? 本当に? もう大丈夫なの?」
 その目で確認したにも関わらず、何度も何度も周りの人に問いかけ……やがて。
「…………う、うわあああああああん!!!」
 やっと、自分の中で整理がついたのか、紀美子はそのまま大声で泣き出した。
「ありがとう、本当にありがとう。みんな死ななくてよかった、生きていてよかった。生きてる、あたし生きてる!!」
 紀美子の戦いは、こうして、全ての決着を迎えたのである。


 迎賓館に元気な歌声が響き渡っていた。如月 陽葵(AP011)だ。
 こうして、迎賓館に残った人々の心のより所として、リクエストに応えながら、元気な歌声を響かせていたのだ。
「じゃあ、次の歌にいくか! 次はなんの歌が……」
 そのときだった。外が騒がしくなってきた。どうやら、決戦に向かっていた彼らが戻ってきたようだ。
「皆、無事か!!」
 陽葵は、歌のミニコンサートを中断して、騒ぎの方へと向かっていく。
 少しボロボロではあったが、決戦に向かった彼らが無事に戻ってきてくれたのだ。
「おかえり、皆っ!!」
 思わず陽葵は涙ぐみながらも、彼らの元へと飛び込んだのだった。

「あー、神通力そんなホイホイ使うもんやないね。重くはないけど火傷、結構したみたいや」
「それなら、私が癒しますよ。任せて下さい」
 火傷した井上 ハル(AP017)の元に、桜子が駆け寄ってきた。お陰でたくさん出来た火傷をあっという間に治すことが出来た。
「ですが、あまり動かさないようにお願いしますよ。神通力……でしたっけ? 無理するとその効果も薄れてしまうようですから」
 そう小言を加えるのは、グラウェルだ。無事だったとは言え、難敵と戦ったのだ。無傷で帰還できたのは少なくない。


「たっだいまーっ!! 皆、大丈夫?」
 桜子やキヨ、晴美達に、そう声をかけるのは秋茜 蓮(AP002)。皆、迎賓館に詰めていたお陰か、怪我ひとつなく無事である。
「れんれんも無事でよかったよー!!」
 晴美が蓮に抱き着いてきた。
「みんなが頑張ってくれたお陰だよ。ボクは一緒にいただけみたいな感じだったから」
 それでも少しでも役に立てられたのなら、嬉しいと蓮は言う。
「みゃー」
 そのとき、足下にいた猫が鳴いて存在をアピールしてきた。
『大将、そろそろ俺にも名前をくれないか?』
「あ、そうだね……うん、その身なりにその語り口、グンソーっていうのはどう?」
『悪くない。気に入ったぜ、大将』
「それはなにより!」
 こうして、捨て猫グンソーは、蓮というパートナーを……いや、逆か。
 蓮はちょっと軍人のような猫をグンソーと名付け、自分の飼い猫とした。
 その後、一通り落ち着いた所で、蓮はウイルスの感染が少なくなったゾンビ達の焼却や埋葬の手伝いを率先して、せっせと働いたのだった。


 ハルと春風 いづる(AP029)、そして山田 ふわ(AP024)の三人の手を掴んで、紀美子は、むちゃくちゃ泣きながら、お礼をたくさん言っていた。
「あの時……あたしの呼びかけに応じてくれたから、一緒にいてくれたから、だからここまで来れた。本当にありがとう、貴方たち、あたしの命の恩人よ」
 その言葉に三人は思わず、苦笑を浮かべながらも。
「ウチも紀美子ちゃんがいてくれたから、ここまで来れたんや」
「こちらこそ、ありがとうだよ」
 二人にそう言われて、紀美子は更に泣き出してしまった。
 と、そのときだった。
 紀美子は、はっと何かに気付き、後ろを振り向いた。
 そこには、身体の透けた神嫁達の姿がずらっと並んで、戦ってくれた者達へと頭を下げていた。
『私達の使命は、本当の意味で果たされました……皆さん、ありがとう』
 そう告げると、神嫁達はすうっとその姿を消していく。
 それをみた紀美子は、しばし、目を瞬かせながら。
 ぐいっとその袖で涙を拭った。
「……いつまでも泣いてられないわね! とりあえず、これからのこと考えなきゃ」
 泣くのはもう終わりと言わんばかりに、今度は笑顔を見せる紀美子。
 そう、泣いている暇なんてない。前を向いて進まなくてはいけないのだから。


「ただいま、帰りました」
 そう報告するのは、アルフィナーシャ・ズヴェズターグラート(AP020)。
「お嬢様っ!!」
 ハンナの強烈なハグに、アルフィナーシャは想わず苦笑。
「でもゆっくりしていられませんわ。お預かりした神器をお返ししないと」
「それはまだ後でも大丈夫です。無事で、ご無事でよかったです、お嬢様……」
 仕舞いには涙してしまうハンナに、アルフィナーシャの瞳も潤む。
「あなたが無事で安心しましたわ。お帰りなさい、アルフィナーシャさん」
 そう神崎 しのぶ(AP019)が声をかけると。
「ただいま、しのぶ先生……」
 もう一度、そう言って、アルフィナーシャは笑みを浮かべたのだった。


 激しい戦いを乗り越え、桜塚特務部隊の隊員達も帰ってきたようだ。
「ううう……し、死ぬかと思った……」
「無茶しすぎるからだよ」
 先ほど、グラウェルのところで、治療を受けた九角 吉兆(AP005)。その吉兆を支えるのは、共に戦った昴 葉月(AP010)だ。
 吉兆の腹痛は、大部分の不純物(?)を身体から出したことにより、大分よくなったようだ。
「けどさ……俺達、無事に帰ってきたんだよな」
 思い出したかのように、涼介がそういうと。
「ああ……俺達、帰って来れたんだ」
「本当に……終わったんだよな……」
 二人も続いて呟くと。
「うおおお、俺達、帰って来れたぞーっ!!」
「生きてるって、最高ーーっ!!」
「もうゾンビにはならないぞーっ!!」
 ついでにいうと、今後も戦線に立つと言うことで、既にグラウェルからのワクチン接種は終えている。
 三人は嬉しそうに抱きつくと、もう一度、改めて。
「生きて帰れて、本当によかったーっ!!」
 皆、涙を浮かべながら、喜びを分かち合っていたのだった。


「皆、万々歳のムードやけどどうしよっかなぁ。未来に帰ってもウチにはここで出来た縁しかないし。……おとんとおかんが生き返る訳ちゃうしね」
「ハルさん……」
 その言葉に思わず、桜子は言葉を失ってしまう。そう、未来から来た者達は、その心に大きな傷を抱えているのだ。記憶を失っていると言っても。
「もしこの時代を弄った事で生き返ったとしても、ウチのおとんとおかんはあの時死んだんや。もっぺん話せるなら話したい気持ちも嘘とちゃうよ? けど、ウチは今のウチを作った気持ちも大事にしたいねん」
 そう笑みを浮かべるハルに、桜子は思わず黙り込んでしまった。
「……ああ、らしくないわ」
 雰囲気を変えるために、やめやめと手を振る。
「そ、そうですね。帰るのに一週間、ありますものね」
「ま、そやな。まだ1週間余裕あるみたいやし、とりあえず帝さんに草薙の剣返してから考えよか。レプリカ貰えるみたいやし!」
 そう明るく笑うハルにつられて、桜子も。
「ええ、そうですよ。後でそのレプリカ、見せて下さいね」
「もちのロンやっ!」
 にっと親指を立てて、ハルはとびきりの笑顔で頷いて見せた。


 徐々に肌がゾンビ色に変化していく櫛笠 牽牛星(AP014)を前に、天花寺 雅菊(AP013)は急いでグラウェルのいる研究所へ連れてきた。
「大丈夫、今ならまだ間に合います!」
 グラウェルは事前に連絡を受けていたため、すぐにワクチンを準備していた。

 ——注射で。

 それを見つけた途端、牽牛星は正気に戻った。
「ぎゃああああ!!! 注射ぁああああ!!!」
 ここだけの話、実は牽牛星、注射が大嫌いだった。
「注射ばされるくらいなら、ゾンビになった方がマシたい!」
 ばきっ!!
 暴れる牽牛星を雅菊が一撃で、気絶させた。その様子にグラウェルは一瞬、あっけにとられたが。
「早くすませましょう」
 ちくっと、ワクチンを送り込んで。牽牛星はそのまま無事に、生還することとなった。
 ちなみに、ワクチン接種した第一号が、この牽牛星だったのは、ここだけの話。
 その後、グラウェルは念のためにと、決戦に向かった全員にワクチンを接種していったのだった。

「……ここは……」
 ぼんやりと見慣れない天井を見上げた。
 牽牛星が目を覚ました場所は、研究所の一室。入院用に用意された一部屋だったりする。
「お、目が覚めたか」
「……雅菊……さん?」
「グラウェルの言った通りだな。顔色も肌の色も普通の色にっている。。よかった……」
「あ……」
 牽牛星が横たわっているベッドの隣の椅子、そこに雅菊はいた。
「けど、しばらくは安静だってさ。ほら、怪我もあるんだし、さっさと寝てろ」
「……はい」
 大人しく眠ろうとする牽牛星に、雅菊は。
「あ、そうだ。俺、ここに残るわ。どうせ、向こうに戻っても、大切な妹達はいないからな。お前もそうだろ?」
 否と言えるだろうか。
 大切な相手がここに残るというのなら、牽牛星。
「もちろん、残りますばい。あ、それとこれっ!!」
 思い出して、むくりと上半身だけ起きて、いたたたと言いながらも、胸ポケットから取り出したのは、戦い前に預かったあの雅菊のキーホルダー。
 とても大切にしていたものだと知っていたからこそ。
「これ、返しますばい」
「あー、お前が持ってろ。むしろ、そのまま大事にしてくれ」
「え……」
「お前にやるよ。その代わり、勝手に行くなよ。……ホッとしたら眠くなってきた。隣の部屋で寝てるから、何かあったら大声で呼べよ」
 そういって、ぶっきらぼうに雅菊は部屋を後にしていく。
「雅菊さん……もう……しかたなかね」
 困ったように笑みを浮かべると、大切そうにもう一度、胸ポケットへと仕舞い込むのであった。


●その手を重ねて
 自分の命は、あと一週間。
 カレンはそのことに苦しみと悲しみを感じていた。
 もちろん、覚悟は決めていた……しかし……。
「こんな暗い所にいたら、病気になっちまうんじゃねぇのか」
「あなたは……」
 そんなカレンのいる部屋に入ってきたのは、八女 更谷(AP021)。
「更谷さん……いったい、どうし……」
 そのカレンの言葉を遮るように。
「ちょっと、手を貸してくれねぇか」
「手を貸す……ですか?」
 ぶっきらぼうにそうカレンに言うと、更谷に向けて差し出された手を、そのまま無造作に手を取った。
 そのまま、カレンの表情を観察しながら緩く、その手を握ると、敢えて視線を合わせたまま、言葉を選ぶような間があり。
 更谷はゆっくりと口を開く。
「……あんたの手、あったけぇな」
 出てきたのは、その言葉。
 突然の更谷の行動と言葉に困惑しながらも。
「そ、そういう、更谷さんの、方が……あったかい……です……いえ、そうじゃなくって」
 カレンはかなり混乱しているようだ。その様子に更谷は思わず笑みを浮かべながらも。
「今重なってる手は二つ。加えて命も二つありゃあ、あんたが一人で犠牲になる必要なんてさらさらねぇだろ。それに、ここにある命は俺達だけじゃない」
「……更谷さん……」
「だから今度はあんたも俺に、命を懸けてみちゃくれねぇか? 悪いようにはしねぇよ」
 一度だけ、ぎゅっと強めにその手を握り。
「おっさんが気安く手なんて握っちまって、悪かったな」
「……そ、そんなこと……ない、です……」
 その更谷の言葉に、カレンは首を横に振って意思表示。
 軽い調子で言いながらも、更谷は自分から手を放す事はなく、カレンの気が済むまで、手を握りながらその隣に在り続けた。


●一人の命と未来の為に
「それじゃあ、ちょっと出かけてきますね」
「すぐ、戻ってきます」
 有島 千代(AP025)と遠野 栞(AP031)の二人は、カレンのことを伝えるために、迎賓館の会議室へと出かけていく。
「ああ、わかったよ。良い結果が得られるのを祈っているよ」
 その二人の後ろ姿を見送るのは、氷桐 怜一(AP015)だ。怜一もカレンのことが気がかりだったのだが、神通力でカレンの周りの人々の会話や思考を拾い、独自で情報収集した結果、多くの人達が動いていることを知った。
「……なら、彼らに任せて大丈夫そうだな」
 後は出かけていった二人が帰ってくるのを、待つのみだ。


「こんにち……」
「ゲートを閉じたり維持するのって、俺の魂も使えないのか? いや、死ぬつもりじゃなくて! 何人かで一緒に維持すれば、負担も軽くなるんじゃないかと思ってさ。もうカレンさん一人で全部抱える必要は無いと思うんだ」
 そう声高に訴えるのは、葉月。しかし、その声に遮られて、千代達が来たことが気付かれずにいる。
「あれ、千代殿と栞殿、どうしてここに?」
 それに気付いたのは、役所 太助(AP023)。他にも大勢の者達が、この会議室に集まっていた。
「ちょっと取り込み中だったら、ゴメンね? 私、研究所で見ちゃったの」
「見ちゃったって何を……」
「あのゲートの起動には、血縁者でないとダメらしいってこと! これって、大事なことよね?」
「えっ!? それ本当なんですか、千代姉様!?」
 そういう千代の隣で、事の大きさに驚く栞。
「……カレン、それは本当なのか?」
 カレンの側にいた更谷が尋ねると。
「……ええ、彼女の言っていることは正しいです」
「ほら、やっぱり! 大事な事だと思ったから、それを伝えに来たの。でも、私達ができるのはこれだけだから……」
「もし、血縁者を探すというのでしたら、私も協力します!」
「二人とも、大事な話をありがとう。助かった。捜索は……そうだな。まだ方針が固まってないから、決まり次第、そっちにも声をかけるよ」
 更谷はそういって、千代と栞の頭を撫でる。
「後は俺達に任せてくれ」
「頑張ってくださいね!」
「……皆さんがなんとかしてくれるって、祈ってます」
 更谷と太助に見送られて、二人は一度、先生方のいる部屋へと戻っていった。
 さあ、ここからが太助達の出番だ。
「カレン……他に言ってないことはないよな?」
 そう更谷が凄むと。
「もうありませんよ。あれが最後です……内緒にするつもりだったんですが……」
 それを聞いて、改めて、更谷は集まった者達へと声をかけた。
「そういうことだ。とにかく、ゲートを閉じると、カレンの命が失われるかもしれない。俺はそれを阻止したい」
 そう更谷が言うと。
「カレンは、ベスの命の恩人。絶対に助けたい……でも、ベス、良い案浮かばない。でも、カレンが寿命を迎えるまで、ゲートを開けたままにしておいて、寿命を迎えるときにゲートを閉じて貰うと、いいと思う。そのためなら、カレンが救われるなら、ベスの命を差し出してもいい」
 最初に声を上げたのは、命の覚悟まで見せたベスティア・ジェヴォーダン(AP033)。もともと恩義があった上に、家族の記憶はなく、今まで親代わりになってくれたカレンの為にもベスティアは、命を賭しても助けたいという気持ちでいっぱいなようだ。
「なるほど……ベス殿の言う通り、ゲートを閉める期限を延ばせれば、カレン殿の命の負担を少しでも減らせるかもしれないでござる……」
「そうですよ。ゲートを閉じる時に、命が消費されるんですよね? そもそも閉じなければそんなことは起きないはずです。それに、そのゲートのエネルギー源の消費を少なくすることができたら、より死ぬリスクも減るはずです。ゲートの改造も必要かと」
 そう提案するのは、冷泉 周(AP004)。その言葉に今度は。
「なら、未来政府と直接話すことも必要だろう。繋ぎはグラウェルを通して行なった方が比較的スムーズに行くはずだ。グラウェルへの話は、自分がつけておこう」
 四葉 剣士(AP032)がフォローする。
「よし、ならこれから、急いで技術者達に声をかけてこよう。チドリ、一緒に来てくれるか?」
「サラさんの頼み、断るわけにはいきませんからねぇ」
 漣 チドリ(AP030)が飄々と立ち上がる。
「では、それがし達で、政府に交渉する際の案をまとめるでござる。流石に丸腰で行くわけにはならんでござるからな」
 こうして、一行は、それぞれの役目を果たすため、本格的に動き始めたのであった。


 研究所の技術者達が集まっている研究室へと、更谷達は向かった。
 普段の更谷からは、想像できないことがそこで起きる。
「命の代わりにゲートの燃料になる物を開発したい。現在だけじゃなく未来永劫、人の命を消費しないで済む方法を考えて、それを作り出したい。協力して欲しい」
 そういって、丁寧に一人一人に頭を下げていく。
「ここまで頑張ってきた奴の命が失われて、めでたしめでたし……だなんてな。そんな話は許せねぇだろ?」
「これで大団円と行きましょうや」
 チドリもそういって、頭を下げる。すると……。
「私達の為に、カレンさんが死ぬなんて許せないって思ってたんだ」
 そう告げるのは、堂本 星歌(AP009)。
「閉じるために1人分の命が必要なら分割して2人から半分ずつ取ってしまえばいい。複数人から、少量の命を貰えばいい。機械がカレンさんしか受け付けないなら、その機械を改造してしまえばいいと思う」
 そのために力を尽くしたいと告げると、更谷はとたんに笑みを浮かべた。
 燃料を作れば良いと思っていたが、なるほど、星歌の言う通り、ゲート本体を改造してしまえば、燃料のことは考えなくて済む。
「ゲートはきっと、時間も技術者も充分でない状況で作られた筈。ならば、改良の余地はあります。ゲートのエネルギー効率を大幅に向上させる!」
 世話になった分、お返ししたいと大久 月太郎(AP034)も、ゲート改造に名乗りを上げる。それだけではない。
「ゲートの内部構造が知れる良い機会……それを逃すのはもったいないのです!」
「……錫鍍さん……」
「いやその、こほん。改装のための材料はあるのですか? 私ならば、断腸の思いではりますが、ブリキコレクションを提供できますよ。確か、帝都にも大量のブリキのおもちゃが届いていると聞いておりますが」
 そう申し出てくれたのは、鏤鎬 錫鍍(AP008)。どちらかというと、ゲートの内部構造が分かるチャンスを逃したくない様子。
 こうして、3人の技術者達が協力を申し出てくれたことに、更谷は喜びを隠しきれない。
 そのまま、三人はカレンと共にゲート改造を行うこととなった。
「とても難しい作業になると思います」
 カレンは三人にゲートの設計図と、内部構造を簡単に説明していく。それを踏まえて、さっそく改造開始。

 ——神通力には頼らないつもりだったけど、これも私の力。少しでも成功確率をあげるため、カレンさんを死なせないために。どうか私に力を貸してください……!

 星歌は自らの神通力と、験担ぎも込めて、皇居で拾った時を刻む懐中時計も使って、改造を施していく。

「ほほう……なかなか興味深い構造をしていますねぇ」
 設計図を眺めながら、錫鍍も興味深そうな声を上げる。難しい構造をしているが、錫鍍の手に掛かれば、動かないものはない。
「それに錫鍍さんの大切なコレクションを差し出すのですから、それなりの成果を上げて貰わないと困りますよ」
 そういって、慣れた手つきで電気ドリルで穴を空けていく。
 月太郎はと言うと。
「月太郎はグラウェルさんの右腕だもん、もう誰も犠牲にさせない!」
 一日で設計書を読破して、残りの日は寝る間も惜しんでゲートを改造に明け暮れた。
 そして……期限前に何とか、ゲートの改良を終えることができたのである。

 全て終わった月太郎は、充実感でハイになったその身体で、涼介の元へと向かっていた。
「あ、涼介さん」
「……って、月太郎!? すっげえ、顔色悪いし、足ふらふらしてるけど!」
 涼介の側に駆け寄り、ふらふらとした足取りで、ふわりと笑みを浮かべた。
「あのね、涼介さん。お互いこの先もたくさん大変なことがあると思います。でも全部乗り越えて、うんと長生きして……生まれ変わった百合さんと、絶対に再会しましょうね! それから、涼介さんがこれからも帝都を守っていくなら、月太郎はその帝都を綺麗なものでいっぱいにします。百合さんが喜んで、くれるような……綺麗なもの、を……作って……」
 そして、バタリと月太郎はぶっ倒れた。
「つ、月太郎っ!!」
 慌てふためく涼介は、月太郎の心臓に耳を当てて、気付いた。
 心臓はしっかり音を刻んでいる。その耳に微かに聞こえてきたのは、すやすやという安らかな寝息。
「も、もしかして……寝てる!?」
 でも、何かあってはいけないと、すぐさまグラウェルの居る所へと運んでいく。
「……月太郎って、こんなに軽いんだな……」
 起きていたら、なんと言われるだろうか。しかし、涼介はこのときから、少しずつ月太郎のことを気になり始めるのであった。


●帝の元へ
 帝の謁見前に、一 ふみ(AP022)は、重造と桜塚特務部隊の隊員と共に、再度、皇居を訪れていた。ゾンビの残党を一通り駆除した後。
「おと……じゃなかった。神崎隊長、ここが前帝と皇后が眠る部屋です」
 流石に床に置いていけなかったので、二人の寝室に並べて寝かせていたのだ。
「晃仁陛下……」
 重造が思わず呟くと。
「すまない皆、少し席を外してくれないか。一人にさせて欲しい」
「わかりました」
 ふみだけでなく、他の隊員も少しその部屋から出た。
 しばらくすると、重造が出てきて。
「待たせたな。さあ、お二人を帝の元へお届けするぞ」
「はっ!!」


 今回、ふみが帝の謁見に向かったのには、理由がある。
 一つは、重造に託された報告だ。
「桜塚特務部隊、候補生の一ふみであります! 前帝と皇后をお連れしました!」
「と、父様、母様っ!!」
 そのときだけは、帝は、年相応の子供のように泣きじゃくった。いっぱいいっぱい泣いて、そして、自ら涙を拭って。
「……皆さん、わざわざここまで運んでくださって、さぞ大変でしたでしょう。本当に、ありがとうございました」
 と皆に向かって、ぺこりと頭を下げた。
「ゾンビになったと聞いて、もう二度と会えないと思っていましたが……生前のような姿になっているのですね」
「はい、私がそのようにしました」
 帝の言葉にふみが続ける。
「私にはゾンビの遺体を元の人間に戻す力を宿すことが出来ました。その力を使って、陛下と皇后様を元に戻したんです」
「……それが、神通力というものなのですね」
 どうやら、帝にも話は伝わっているらしく、すぐに納得してくれたようだ。
「ありがとうございます、ふみ。あなたには何かお礼がしたいのですが……」
 願ってもみないチャンスが訪れた。そのチャンスをすかさずふみは利用する。
「そ、それでしたら! ゾンビの遺体をある程度一所へ集める様仰って頂けませんでしょうか? そうしたら私の力が底を突くまで全ての人を元の姿に戻しますので!」
「え? それで……いいのですか?」
 驚く帝にふみは大きく頷いた。
「私はこの世界の人も……それに未来から来たという方々のゾンビも、できるだけ多くの家族を、元の姿で会わせてあげたいのです。先ほどの帝のように」
 そして、二つの弾丸をそっと、帝へと手渡した。
「この弾丸は、あなたの大切な人達が最期まで生きた証。……後はあなた達のできるだけの想いを見せて下さい」
「ありがとうございます……ふみの願い、出来る限りのことをしましょう」
「は、はい、ありがとうございます!!」
 数日後、ふみの力が消えてしまうその時まで、ゾンビの遺体を人間へと戻す作業をこなし、数多くの人々に笑顔を届けるのだが……それはまた別の話。


 次に帝に謁見しに訪れたのは、全ての神器を預かってきたアルフィナーシャだった。
「おかげさまを持ちまして、無事に使命を果たすことができました。心より感謝を申し上げますの。お許しを下されるのであれば、これからも、あなた様のお手伝いをさせていただきたいと希望いたしますの。母君様にもそう、お約束いたしましたし」
 そういって、神器を返し、代わりにレプリカを預かった。
「私の手伝いと言っていましたが……その、アーシャには、故国から大切な手紙が届いていると聞いているのですが……」
 帝が指摘するのは、アルフィナーシャの故郷の国のこと。革命軍は国内の完全掌握に成功し、連邦を樹立。国外に逃れた者も不穏人物から、取り戻すべき『財産』に変容した。つまり。
「故国には帰りません。支援物資と共に、帰国を許す免状を受け取りましたが、破り捨てましたの」
「で、でも……せっかく家に帰れる、のに……」
「んもう、何度も言わせないでくださいまし。私はあなた様のお手伝いをするって、もう決めたんですから! そうさせてくださいませ」
 ぷいっとそっぽを向くアルフィナーシャに、帝はあたふたしながらも、笑顔を浮かべる。
「では、またこうして、アーシャと会えるのですね。アーシャなら、いつでも大歓迎ですから」
 そう嬉しそうにアルフィナーシャの手を握る。
「あっ……それと、これも預かっていますの。未来から来たうちの一人が、ゲートを閉じる関係で命が奪われると聞いて、迎賓館に居る大勢の力を使って、協力しているのです」
 もちろん、わたくしもですわと、付け加えてウインクしてみる。
「わかりました、後でじっくり読ませていただきます。それに、アーシャが協力しているのでしたら、私も出来る限り協力したいと思っています」
 にこりと微笑み、アルフィナーシャからの手紙を大事そうに胸に抱いた。


「それと、帝へこちらをお持ちしました」
 次にいづるが声をかける。いづるが差し出したのは、皇居で見つけたあの写真立てとアルバムだ。
「!! これは……!!」
「誇りや優しさに満ちたいい表情をされてますね。たとえ、写真でも踏みにじられないでよかった」
 その言葉に、思わず帝の目にも涙が浮かぶ。
「わざわざ見つけて、届けてくださって……ありがとうございます……」
 帝はいづるにも、深々と頭を下げる。
「あと、祝賀会やると耳にしたのですが来ませんか? 場所は軍部内だし、安全は確保できるでしょうし。帝としてではなく、これからを生きる帝都の一人として。あなたの代わりは誰もいませんが、帝都を守りたいと思う『仲間』はいっぱいいますよ」
 そうにこやかに切り出すと。
「いいんですか? その……私も行きたいです」
 そう、はにかむ帝にいづるは、どうぞ来てくださいと促していく。

 ——きっとそんな事は彼も分ってると思うけど。それでも、自分の弟達と同じ年頃の少年が、一人で何もかも背負い込まないようにと。

 いづるはそう願わずにはいられなかったのであった。


●そして、未来政府へと
「い、いよいよでござるなっ! な、なんだか、カチコチに、その、緊張するでござるっ!!」
 準備は整った。いよいよ、皆が未来政府へ乗り込む時が来たのだ。だが、その代表として赴く太助がぎくしゃくと、驚くほど緊張している。
 それを見た御薬袋 彩葉(AP003)が、太助の背中をばーんと叩いて。
「なんかよくわかんないけど、皆の力を使えば、何とかなるはずですよ! ほら、コレ食べて頑張って!」
「むぐっ!!」
 美味しい和み飯を喰らって、太助はいつもの調子に戻る。
「そうでござるな。気合い入れるでござるよ!」
 未来政府へと向かうのは、グラウェルとカレン、そして、代表である太助に仲介をした剣士と周。それに睨みをきかせるつもりの更谷とチドリの7名である。
 本当ならば、本件に関わる全員を連れて行きたかったのだが、限られた人数での話し合いを政府から提案されたため、そのくらいの人数へと絞り込んだのである。
「皆、そろったな……じゃあ行くぞ」
 剣士がそう呼びかけると、剣士の後をついていく周と、その後に他の者がついていく形で……未来へと向かうゲートを潜っていったのだった。

 剣士の案内で辿り着いたのは、迎賓館よりも大きめな、まるで国会を開くような会議室だった。
「凄い……未来ではこれが普通なのですか?」
 思わず周が呟くと。
「ここは特別だ。政府が使う場所だからな……」
 小さくそう剣士は周の近くで囁くと。
「連れて参りました」
「ご苦労様」
 集まっているのは、政府も同じ7人程度。年齢の高い者が多いように感じる。いや、それでも若い者が数人いるようだが。
「皆さん、座って下さい。それにしても驚きましたよ。あの英雄方と直々に話し合いの場が持たされるとは」
 どうやら、今回のことは未来政府でも想定外のことだったらしい。
「ですが、折角お会いできたのですから、互いに有意義な時間になるよう、私達も協力したいと思っています」
 それでも政府は協力的な様子。さっそく、太助が前に出る。
 太助達が提案すること、それは……。

「時空間修好通商条約の締結を提案するでござる!」

 事前に帝から預かった全権委任状と共に、政府へと手渡す。
「時空間……修好通商条約……?」
 政府の者達は渡された条約を眺めながら、思わず顔を見合わせた。
「まあ、簡単に言うと、時空間を閉じずに通商できないか……という提案でござるよ」
「え? ですが、ゲートの役目は終わりましたし、あと少しで閉じる予定なのですが……」
 意図がつかめないと言わんばかりの政府の者達に、太助は説明を続ける。

「意図でござるか? 違う時代の人であれ、我々と友誼を結んだものを救いたい一心でござる。大局を見る目をもってしても、結局それがしは、目の前のただ一人の命を懸けたお困りごとを、放ってはおけぬのよ……」
 そういって、ゲートを閉じることでカレンの命が奪われる可能性があることを指摘する。
「カレン嬢のことでしたか……ですが、こればかりは我々ではどうにも……」
「自分にも発言させていただけないだろうか」
 そう話しかけるのは、剣士。
「自分が考えるに、ゲートを閉じる方がデメリットが高いと思われます。実際、未来の世界では、救援物資・人道支援の為の人員確保が出来ておりません。人員確保は既に隊長……いえ、桜塚特務部隊の隊長であらせられる神崎重造隊長より、特務部隊の特務部隊の人間を派遣する旨は既に、了承を得ています。合わせてカレンは、今回のゾンビ病研究において非常に必要な人員であり、ゲートを閉じる事によって、彼女の命が失われるのは大変大きな損失ではありませんか? 未来の状況が落ち着くまでゲートは空けておくべきかと」
 その指摘はベスティアの提案も含まれていた。お陰でゲートを開けておくというアイディアができ、この条約へと繋がっていったのだ。
 その剣士の指摘に政府の者達は、良心が痛むのかもう一度、顔を見合わせ、悩み始めた。
「うむ、ならば尚更この条約は重要でござるな。お困りごとはござらんか? それがしたちに、お任せあれ!」
 大正時代の人達は未来の世界よりも、遙かに人的被害は少ない。また、この時代で解決できたので、人員においては問題はない。
「しかし……これ以上、過去に関わるのは……」
 渋る政府に今度は、後ろで静かに聞いていた更谷が前に出てきた。
「この交渉が円滑に進むようなら、俺も未来の立て直しに対し助力は惜しまない。……ただ、俺の出来る範囲内ではあるが、それでも! 俺達、こちら側にも未来政府への誠意がある」
 チドリも協力を惜しまない。後ろから睨みをきかせながら。
「俺から見りゃあ、帝都の人間が死んだ大半はアンタらのせいです。これ以上は奪ってくれんなよ。それに、タダとは言わねぇ。復興の労働力欲しくねぇです?」
 周も援護射撃を行う。
「現在、腕に覚えのある技術者達がその問題に当たっていると聞いています。その改良はもうすぐ完成するとか。彼らによると、命を奪うほどのエネルギー源を『省エネ』……という方法により、カレンさんの命を救おうと頑張っています。これが上手くいけば、カレンさんはもちろん、あなた方の罪悪感もなくなるのではないですか?」
 そう指摘していく。
 剣士もまた声を重ねる。
「もちろん、いつかはゲートを閉じなくてはならないでしょう。ですが、それは今ではありません。この申し出、受けない理由はないが、いかがなさるおつもりか」
「どうしてもっていうなら、カレンが寿命で亡くなるまででもいい……どうか、どうか、彼女も助けてくれないか? 俺達がゾンビ病から救われたように……」
 最後に更谷が懇願すると。
「……わかりました。もう少し時間をください。すぐには返答できませんが……できるだけ良い報告ができるように進めたいと思います」
 一時、会議はそこで終了した。
 だが後日、早い時期に……未来政府からの通達が届く。

 先日、提案いただいた条約をほぼ、そのまま受け入れると。
(但し、復興に協力する分は歓迎するが、移民に関してはいろいろと問題があるので、そこだけ保留になっているようだ)
 そして、ゲートの閉じる時期は、カレンが寿命を迎える頃にとも付け加えられ……カレンはこうして、救われたのだった。

「皆さん、本当に本当に……ありがとう、ござい、ます……」
 涙ながらにカレンは、今回の件に尽力してくれた者、全員に嬉しそうに頭を下げて、感謝を述べたのだった。


●家族との再会、藤色の涙
 時間は少し遡る。
 カレンのことを伝え終えた千代と栞は、まずはもう一度、迎賓館で家族を探すことにした。すると……。
「お父様、お母様!」
 最初に家族を見つけたのは、栞。避難所を転々と探し続けていたそうだ。
 最後に辿り着いたのが、この迎賓館だったという。
 無事でいた両親に抱きついて、泣き笑い。
「皆と一緒だったから、大丈夫だったの。千代姉様も菊川先生も、怜一先生も無事よ。それにこの光を拾ったのよ。飼ってもいい?」
 そう栞は両親へと報告をする。
 数日後には、千代の家族らも無事で見つかり、嬉しそうに家族一緒にワクチン接種していた。

 ——これで全部、終わった訳だが……未来から来た人間たちがどうなるのか?

 今回の件でここを訪れていた未来人こと、アナザー達はその選択権を各自に委ねられていた。話によると、好待遇で居残りも元の世界に戻ることも可能とのこと。
 菊川 正之助(AP027)は、迎賓館に居る仲間の怪我や様子を見て回っていた。
 と、そのときだった。
「菊川先生、少し宜しいでしょうか?」
 呼び止めたのは、怜一。
「あ、はい。いいですよ」
 そそくさと怜一の元へ駆けつけ、そのまま人気の無い裏庭へとやってきた。
 裏庭では、藤の花がたくさん、花を開かせていた。
 正之助は、怜一の言いたいことは、アレだろうとすぐに察していた。が、しかし。
「……それで、未来から大正へ来たのは、親兄弟全てゾンビ病でやられ、1人生き残ってしまったからなんです。自分に何かあっても、悲しむ人はいないし、適任だと自己判断して志願して。……戻っても喜んでくれる人はもう誰もいませんが……私の時代はここではありません。ならば、元の世界へと帰るべきだと思ったんです」
「……えっ!?」
 その怜一の言葉に驚きを隠せない。まさか、残らずに帰ると選択するとは思わなかったのだ。
「何も言わずに去っては、先生もそれにあの子達も心配するだろうと思いまして、菊川先生にだけは伝えておこうと思ったんです」
 だが、怜一の言葉を聞いて、今までの行動が腑に落ちた。なぜ、あんな道具をすぐに持ち出せたのか、なぜ、グラウェルに協力的だったのか……それは全て、彼の役目があったからこそ。そんな彼を止めることが止めることが出来るというのだろうかと。
「……わかりました。君の決断なのだから、後悔の無いように」
 寂しくなるなと正之助が、そう思った直後だった。
「先生、どこかへ行ってしまうの? ここにいることはできないの? 行かないで、先生がいなくなったら、誰がお父様や菊川先生の診察をして……そうだわ! 先生も私の家に住めばいいわ。そうしたら私たちが先生の家族よ、ね?」
 そう一気にまくし立てるのは、二人の話を聞いていた栞と。
「そうですよっ!! 先生がいなくなったら、一体誰が菊川先生を太陽の下に引きずり出すっていうんですかっ!」
 千代の二人。特に栞は涙目で、千代もまたお別れが嫌らしく、全力で引き留めにかかっている。その様子に怜一も驚きながら。
「私はここにいていいのでしょうかね……」
 そう呟くと。
「もちろんですよ!」
「お別れなんて、嫌ですからね!!」

 いつの間にか、この時代の人達の温かさに居心地が良くなっていた。
 しばし、考えた後、怜一が出したもう一つの答えが。
「あちらでの研究成果は、グラウエル達がいるなら、私など不要でしょうし。この時代の医療を考えると、私の知識は、こちらでの方が役に立てる気がします。だから……」

 やっぱり残りますと言って、千代と栞、そして怜一は嬉しそうに戻っていった。
「そうそう! 栞ちゃん、今度、氷菓や甘いものを食べに行きましょうね。それに、猫ちゃんにもに合う飾り紐を探してあげたいの」
「ええ、楽しみにしていますね。そのときは、先生も一緒ですからね」
「はいはい、わかりました」
 楽しげな会話が繰り広げられる。

 それをホッとした様子で見送って、誰もいないのに気付くと正之助は。
「うおおおおおおん!! 本当に本当によかった、残ってくれて……本当に……ひっくひっく」
 一人、人知れず、嬉しそうに号泣していたのだった。


●新たな決意と渡された鍵
 この日、周と剣士の二人は改めて、重造の執務室を訪れていた。
 その前に、剣士には周の父親が重造だということは伝えていた。
 けれど、こうして、きちんと改まった場で話を聞くのは、いささか、緊張するものなのかもしれない。
「さて、これはどうする?」
 重造が持ってきたのは、先日預けた遺書と母の遺品。
「それは……あなたにお渡しします。母の遺言を達成した証として……」
「わかった。預かっておこう。必要なときはここに来なさい。それと、困ったことがあれば……いや、何も無くてもこうして、話しに来てくれると嬉しい」
 どうやら、重造も周と剣士のことを認めてくれたようだ。周は肩の荷が下りたような軽い気持ちになった。
「目的は達成しました。もう軍部に用はありません……と、きっと以前の僕なら言っていたでしょうね」
「周……」
「このまま残ることにしました。詳しいことは、また改めて伺います」
「ああ、待ってるぞ」
 こうして、二人は重造の部屋を後にする。

 そして、その翌日。周は剣士の執務室に呼ばれた。
 いよいよそのときかと周は覚悟を決めて、ノックした後、その部屋に入る。
 周は、動揺を隠すように平常を装いながらも。
「大事な話がある」
 そう切り出したのは、剣士。周はすぐさま口を開いた。
「行ってしまわれるのですね、寂しいですが仕方ありません。それならば、せめて貴方のドッグタグを貰えませんか。それを僕の……今後の生きる糧とします」
 言葉と気持ちがかみ合っていない。
 そのことに剣士はすぐ気付いた。思わず小さくため息を零すと、剣士は胸ポケットから鍵を取り出し、周に投げ渡した。
 そのことに驚くのは周。
 慌てながらも、しっかりと受け取り。
「これは……?」
「俺の部屋の鍵だ」
「えっ……」
 まだ事態が呑み込めていない周に、剣士は微かに表情を緩ませながら、静かに言葉を紡ぎ始める。
「許可を貰い、この近くに住む場所を借りた。そこの鍵だ」
 予想外の言葉。
 いや、周は心の片隅で願っていたかも知れない。
 それはつまり、帝都へ残るという剣士の意思表示でもあった。
 ぱああっと、周の表情は一気に明るみを増していく。
 剣士は立ち上がると周へ近づき、そのまま静かに抱き寄せた。
「俺が君を置いて未来に帰る訳ないだろう。それに」
「それに……?」
「俺は帰っても身内がいないが、君は父親も妹もいる。それならば俺が残るのは至極当然の話だ」
 耳元で囁かれるその剣士の声は、いつも聞く厳しさは無く、優しさに溢れていた。
「良かった、本当に良かった……」
 安堵の声に応えるように、そっと周の髪を撫で下ろす。そして僅かに体を離すと周の顔を見据えた。
「改めて言う、周……君の背中を守らせて欲しい。これからも」
 周は何も言わず、ただ、相手を強く抱きしめる事で返事としたのだった。


●別れのボイスレコーダー

 ——俺は、未来に戻る。未来の事を完璧に終わらせないと、犠牲になった人に申し訳ないって思うから……。

 葉月は、未来に戻ることを決意していた。
 だが、事情を知らない仲間には、まだ本当の事を言うことは憚られた。
 この重い話をすることで、今までの関係が崩れるのが嫌だったのだ。
 でも……今の感謝の気持ち、自分の気持ちもきちんと伝えたい。
 そう思った葉月が選んだのは。

「あーあー……改まって、録るってなると、緊張するな」
 静かな自室で、葉月は一人、自分のボイスレコーダーの前で録音をしていた。
「手紙なんて、うまく書けないだろうし……」
 だからこそ、肌身離さず持っていた、このボイスレコーダーを仲間に残そうと思ったのだ。
 少し噛んでしまったり、聞き取れないくらい小さかったりして、何度か収録した。
「……こ、これ以上、無理……」
 もう少し話したかったが、録音中にちょっと泣きそうになったので、いくつかの言葉しか残すことができなかった。


「じゃあ、またな」
 いつものように別れる……のだったが。
「あ、そうだこれ、渡しておくな」
「それって、葉月の大事にしてるやつじゃないか」
 吉兆がそう指摘すると。
「いいから、今日は二人に渡したかったんだ」
 なかば、押しつけるかのようにそれを涼介と吉兆に渡すと。
「元気でな!」
 そういって、葉月は二人と別れた。

 ——いつか帰って来れたら、その時は隠し事なんてしなくても良いのかな。仲間として、また一緒にいてくれるかな……。

「葉月のやつ、何か変じゃなかったか?」
「きっとカルシウム足りないんだよ。今度、俺の食べてる小魚やろうかな」
 涼介と吉兆は顔を見合わせ、改めて渡されたレコーダーを見た。
「ところでさ、なあ、これ、どうやって使うんだ?」
「後で四葉軍曹にでも、聞いてみるか」
 壊したらいけないもんな、あいつの大切なものだから……。
 そういって、二人は首を傾げながらも、翌日、葉月が未来に戻り、このレコーダーが葉月の残したメッセージだったということを知るのだった。


●ささやかな祝賀会で
 カレンの延命が叶った翌日。
 リーゼロッテ・クグミヤ(AP018)は、上にかけあい、軍部の一角を開放し、ささやかながら祝宴を主催した。
「え、私……ですか? で、ですが、他にも相応しい方が……」
 そう謙遜するグラウェルに。
「事情がどうあれ、ここまでこれたのは貴方が先導してくれたからに他なりません。胸を張ってよろしいかと」
 リーゼロッテは譲らない。
「……成果の裏で、奔走した者の苦労を人が知ることはあまりありません。ですが、私はきちんと見ておりましたから」
 そういって、うっすらと笑みを浮かべるリーゼロッテに。
「わかりました。でも、乾杯だけですからね」
 照れくさそうに乾杯の音頭だけ取るグラウェルに、リーゼロッテは思わず苦笑を浮かべる。
 その視線の先には、楽しそうに参加者からリクエストを貰って、様々な歌を歌い上げる陽葵の姿が見えた。
「今日は限界まで、皆のリクエストに応えるぜ! ほら、遠慮せずにいいな! おれの知っている歌なら、なんでも歌ってやるぞ!」
 満面の笑みでとても楽しそうだ。
「祝賀パーティーするんやって? どたばたした後でちゃちゃっと作れる飯いうたかて、そんなないやろ! やっぱ粉もんやで、粉もん」
 と、店から鉄板を運んできて、この場に設置。ハルは楽しげに。
「ようけ作るからちょっと待ってな!」
 全員がもういいと言うまで、ハルはラヂオ焼きをこれでもかと振る舞っている。


 と、そのときだった。
「ちょっといいかな? 特別なゲストを連れてきたぞ」
 そういって、やってきたのは重造と。
「あ、あの……その……ご招待をいただきまして、よ、よければ、私も……入れてくれませんか」
「へ、陛下!?」
 そこに現れたのは、ホテルにいるはずの帝。驚いてアルフィナーシャが駆け寄っていく。
「どうぞどうぞ、お待ちしていましたよ」
 参加していたいづるも笑顔で出迎える。
「……アーシャ、いづる……誘って下さって、ありがとう、ございます」
 嬉しそうにはにかむ帝は、そのまま、楽しい輪に加わったのだ。それを満足そうな笑みで遠くから重造が見守っている。


「良いでしょう。こんな機械……いや、この機会を逃す手はございませんよ」
 今度は錫鍍が大きな箱と共にやってきた。そして、ブリキのネジをぐるぐると回すと。
 ぱっかーんっ!!

 箱が開き、そこには可愛らしいブリキのおもちゃ達がぐるぐるとワルツを見せている。また、開いたと同時にクラッカーが鳴り、花吹雪も出てくる仕掛けも施されていた。
「私の手に掛かれば、ブリキも素晴らしい出し物になるのです」
 錫鍍のその素敵なブリキのからくり箱のお披露目に、祝賀会に居た者達の心を虜にしたのは言うまでもなく。

「あ、あなたがチドリさんですね! はいどうぞ!」
 彩葉から、祝賀会に参加する者達を写真に収めるチドリへと手渡されたのは……。
「ん? プリン……じゃない?」
「塩プリンですよっ!!」
 ちなみに、彩葉はそう言っているが、実際は具なしの茶碗蒸しだったりする。
 そうと分かれば、さっきまでの違和感は無くなり。
「ん、美味しかったですよ」
 いつもの笑顔で、空になった容器を彩葉に手渡したのだった。

「うわあ……どれもこれも……ご馳走だね!」
 目を輝かせて、ご馳走を食べているのはいづる。その様子に蓮は思わず苦笑を浮かべていた。
「所長……それ、食べ過ぎじゃ」
「いいのいいの! こういうときしか食べられないしね! あ、彩葉さーんっ! これ、持ち帰りしてもいいですかぁー?」
 美味しいご馳走を食べながらも、いづるは。

 ——みんな、無事でよかった。

 そう、皆の無事を人一倍、喜んでいた。いや、それだけではない。
「ボクもあのお握り、食べてみたかったー!」
 そう叫ぶいづるに。
「じゃあ、食べますか? はいどうぞ」
「もごっふごふご、んがぐぐ……」
 彩葉はお持ち帰り用の容器を持ってきたついでに、和み飯をご馳走していた。
 お陰で、ちょっとだけ黄泉の花畑に向かいそうになったが、念願の和み飯を食べれて、ご満悦な様子。
 と、そこで、宴会に参加している太助を見つけ、声をかけた。
「太助さんも避難所で、うちのきょうだい、お世話になりましたー!」
 と、感謝を述べることも忘れない。


「彩葉さん、アルフィナーシャさん……これからのことを話したいのだけれど、お時間取れるかしら?」
 参加していた二人に声をかけたのは、しのぶ。しのぶもまた、この祝賀会に参加していた。どちらかというと、祝賀会にハメを外して、具合の悪くなった者達の介抱がメインではあるのだが……今はまだそんな者は出ていなかったので、今のうちにと話をしに来たのだ。
「先生はどうされるのですか?」
「ここに残るんですよね!」
 そうやってくる二人に、しのぶは。
「わたしはこの時代に残ることにしましたわ。帝都のゾンビ病問題は解決に向かっておりますけど、まだ復興途中ですの。ですから、ちゃんと診療可能なお医者さんの数が十分になるまでわたしも頑張りますの。わたしがいるから大丈夫とは言えないですけれど、医師不足の心配はしなくてもいいですのよ」
 そういって、自分の愛用している診察用鞄を見せた。しばらくは帝都で医師として働くのだというしのぶに、二人は、ぱあっと笑顔になった。が、それもつかの間。
「しばらくはここにいますけど……ここでの仕事が終わったら、日本各地を回って、医療を受けられない方々を助けに行きたいと思いまして……」
「ええ、ずっと一緒に居られると思ったのに……お姉様と一緒に……」
 しょぼんとする彩葉と。
「それは素晴らしいことですが……少し寂しくなりますわね……」
 微笑んではいるものの、ちょっと寂しげな雰囲気を醸し出しているアルフィナーシャ。
「今すぐではありませんし、さっきも言ったとおり、ここでの仕事がまだありますから、お別れする時間はありますわよ」
 そういって、しのぶは二人の手を握って、にっこりと微笑むのであった。

 ——落ち着いてきたからか、昔の事を少しだけ思い出しましたの。わずかだけども幸せな時間と、ゾンビを調べに行ったまま戻ってこなかった、かつての仲間の事ですの。皆さん、空の上でこの結果を見ていて下さったかしら?

 しのぶは話を終えて、晴れ晴れとした気持ちで、窓から見える夜空を見上げたのだった。


「お嬢さん、約束のもんです」
「約束のもの……って、何?」
 チドリが差し出してきたのは、一通の封筒。訝しげにキヨは受け取り。
「開けてみてもいいの?」
「ええ、どうぞどうぞ」
 勧められるまま、その封筒を開き、中を見ると……。
「な、何これ……こんなの……初めて見た。絵……じゃないわよね?」
 そこには、カラーで印刷された写真が収まっていた。しかも、むすっとした顔に驚いた顔……それにいつ撮ったのか分からない笑顔の写真まで。
「綺麗でしょう? 実物には負けますが」
 この写真は、チドリの持っていたあのデジタルカメラで撮ったものだ。それをカレンに見せて、撮影された写真を研究所にあったプリンターでプリントアウトしたのだ。
 大正時代にはない、鮮やかな極彩色を放つ写真に、キヨは驚きを隠せない様子。
「……そんなこと言っても、なにもあげられないわよ」
 そう言いながらも。
「……でも」
 照れくさそうにそっぽを向くように、キヨは告げる。
「嬉しかったから、これは貰ってあげるわ……ありがと」
 控えめにお礼を述べるキヨにチドリは。
「いえいえ、喜んで貰えるだけで充分ですよ」
 満足げな笑みを見せたのち、彼はこう付け加える。
「気軽に遊びに来て下さい、ふわと一緒に」
 そんなんでいいのと言わんばかりの視線が、キヨから発せられる。
「……わかったわ」
 だが、納得した様子でこくりとキヨは約束したのだった。


「そういえば……はぐはぐ(あ、これ美味しい!)。リーゼロッテさんはどうするんですか?」
 ご馳走を食べているふみに、そう尋ねられ、リーゼロッテは。
「自分は帰還する予定です。——師匠に、報告しないといけないので」
 そういつもの憮然とした表情でそう答えると。
「え? リーゼロッテさんの師匠!?」
「きっと凄いメイドさんなんだよ!」
「いや、敏腕執事かもしれない……」
 その話題で一盛り上がりしているのを見て、笑ってしまう。
 しかし、その盛り上がりに水を差すつもりはない。静かに微笑み、盛り上がる仲間達を楽しげに見つめる。
「皆、お疲れ様。僕は後ろの方で応援することしか出来なかったけどね。それでも、皆の頑張りは見えていたよ。大変だったね。本当に、お疲れ様。……ありがとう」
 そう、仲間達を労いながら、シャーロット・パーシヴァル(AP001)がやってきた。
「そうだ、シャーロットさんも、もう決めたんですか?」
「うん、帰るかどうか、考えたよ。この平和な世界に生きるのもいい。貴方の命を使うのは気が引けるけど……でも、僕がここに来た理由は、皆を助けるためだから」
 改めて、皆の顔を見て、告げる。
「元気で過ごしてほしいな。僕が祈れることは数少ないけれど……でも、祈ることは自由なはずだ」
 そう、少し寂しげに笑みを見せるのであった。


 祝賀会に参加していた周は、剣士と共に、この会に参加していた。
 剣士はかなりゴネていたが、周が無理矢理連れてきてしまった。今は、仲間達と談笑しながら、酒を楽しんでいる様子。
 そんな様子を眺めながら、周はふと、戦いの日々を思い出していた。

 ——肉の感触、血の匂い、侵蝕する恐怖が、今もなお鮮明に残っている。

 辛い日々だった。
 奪った命、残された者の叫び……その全てを、抱きしめて生きていく。
 ふと迎賓館の地下で起きた悪夢の夜が脳裏をよぎるが、すぐに皆の明るい笑顔に飲み込まれた。

 と、窓に身体を預けていた周の耳元で、声が聞こえた。
「ねぇ」
 それは、あの百合の声と同じ。
 思わず周は、周囲を窺うが、傍には誰もいない。
 吹き込んでくるはずのない風が髪を撫で、今度ははっきりと聞こえた。
「あなたと会うのは、きっとこれっきりだと思うけど……」
 そこに、百合はいた。半透明な身体で、生前のままの可愛らしい笑みを浮かべて。
「あのときは、仕方なかったの。それに……お兄ちゃんを殺さずにいられたのは、あなたが撃ってくれたから。……ありがとう」
「でも!!」
 百合は口元に人差し指を置いて、もう一度、微笑んだ。
「私がいいっていってるんだから、もう気にしない! あなたには、私の分まで幸せになってもらわないといけないんだからね!」
「百合……さん……」
「私の言いたいことはそれだけ。あのお兄さんとお幸せにね……でないと呪っちゃうから」
「それは止めて下さい」
 周がそういうと、百合は満面の笑みで、すうっと消え去った。
 後に残ったのは、遠くで聞こえる友人達の騒ぐ声。
 周の心が、すこし軽くなった気がする。
 消えていった百合を追うように、周はそっと綺麗な夜空を見上げたのだった。


 お開き間際に、チドリは皆を集めて、集合写真を撮った。
 実はこれは秘密の話なのだが、チドリとしては、これでも大切な者を失ったことで傷心中である。しかし、彼はそんなことを微塵も見せることはない。普段通りのいつもの笑顔で、チドリは撮影している。
「イイ顔、頂きました!」
 後日、このときの集合写真がチドリの写真館から参加者へと届くのだが、それはまた別の話。


●ルーカスと共に
「……終わった、のかな」
 シャーロットは、全てを終えて、研究所の地下室へと向かう。
 グラウェルとカレンから、そこにルーカスがいることは教えられていた。
 ゾンビになっていたから、冷凍睡眠させられていた。グラウェルの話によると、既にワクチンは打ったとのこと。
 後は翌日、解凍作業を行い、目覚めるかどうか判断することになる。
 ガラス越しに眠っているルーカスは、もうゾンビの肌の色から、人の肌の色へと変わっていた。本当に寝ているように見えていた。

 ——生きていても、死んでいたとしても受け入れよう。

 そっと、ルーカスの眠るポッドに手を触れて。
「僕と一緒に、生きてくれる?」
 まだ何も答えないけれど……きっとルーカスならば、受け入れてくれるだろう。

 数日後、ルーカスはシャーロットと共に未来へと渡る。
「この戦いを生き抜いた強い意志たち。ありがとう、さようなら……」
 そういって、シャーロットは帝都に別れを告げたのだった。


●別れと感謝と
「そっか、もうこっちには戻ってこないんだな」
 そう寂しげに声をかけるのは、雀部 勘九郎(AP006)。
「たぶん、もう会えない……と、思う」
 ベスティアは、一足先に未来へと戻ることにしたのだ。そうなれば、もう帝都に来ることもなくなるだろう。いや、まだカレンが生きている間は、ゲートを閉じないのだから、何かあれば、こちらに来ることもあるかも知れないが、それは限りなくゼロに等しい。
「勘九郎」
 ベスティアは、ちょっとぎこちない笑顔で告げた。
「勘九郎、世話になった。お祖父さん……協力してくれた」
 たどたどしい言葉で、けれどその思いはきっと。
「だから……本当に、ありがとう」
 そういって、ベスティアは深々と頭を下げた。
「わわ、そんな礼を言われることはしてねーよ!」
 照れくさそうに勘九郎は続ける。ベスティアには言ってはいないが、カレンを助けるためにその力を提供した一人でもあった。お陰でもう、神通力を使うことは出来なくなってしまったが、それでいいのだと思っている。
「俺こそ、いろいろと助けられたよ。ベスにはさ」
 そういって、勘九郎は懐から、ひとつのボールを取り出した。
「これ、もらってくれないか。お前のために書いたんだ」
 そのボールには『今までありがとう。これから向こうで幸せになれよ!』と勘九郎の名前が記されていた。
「なんて、書いてある?」
 ベスティアは日本語が読めない。だから尋ねたのだ。
「あー、なんか恥ずかしいな。一度しか言わないから、しっかり聞いてくれよ」
 照れくさそうに頭を掻きながら、勘九郎は答えた。
「今までありがとう。これから向こうで……幸せに、なれよって……あ、これ、俺の名前な」
 ちょっとだけ、泣きそうになったのを必死に堪えながら、勘九郎は笑顔を見せた。
「勘九郎ありがとう! ……ベスも何か渡せるの……」
 ボールのようなものはなかったが、カレンが頭につけてくれたリボンがあった。それを無造作にしゅるりと引き抜くと。
「これ、やる! ありがとうだ!」
 にっと笑みを浮かべるベスティアに。
「サンキュ、ベス! ホントに、ありがとな!」
 こうして、勘九郎はちょっと涙がにじんだが、笑顔でベスティアを見送ることが出来たのだった。


●探偵は忙しい?
 あの戦いが終わった後、いづるは、警察や軍にお願いして、ゾンビを火葬する前に遺品をはずして保管してもらうよう依頼していた。
 今は、その保管している遺品の引き渡しの手伝いを行っている。
「ちゃんとお渡しできてよかったです」
「ありがとう……ございます……」
 涙ながらに遺品を受け取る中年女性に、いづるは労るように見守り続ける。
 と、そのときだった。
「いづるちゃん! またアイツが逃げてね!!」
 近所に住むおっちゃんがやってきた。
「これで何度目だったっけ?」
「いいから、探してくれっ!! 今度こそしっかり捕まえてやる!」
 そういうおっちゃんに思わず、苦笑が浮かぶ。
 このおっちゃんの妻が浮気して、慰謝料を取ってるのだが、借金地獄で大変になったので、結局、よりを戻した……のだが、それでも嫌でたまに逃げ出すのだ。
 今回は近所の酒場にいたので、すぐに見つかったのだが。
「ふう、早く見つかって良かったよ……」
 ホッとした様子で役所に戻る途中で。
「いづるちゃんだ! いづるちゃーんっ!!」
 今度は子供達だ。ちょっと嫌な予感がしたが。
「どうかしたのかな?」
 屈んで尋ねてみる。
「前にお願いしてた猫ちゃんが見つかったの!」
「でも、速くて捕まえられないの」
 このように子供達からの依頼も多かったりする。依頼料は小銭やお菓子だったりするのだが。
「おー、ついにタマちゃん発見。あの子だね」
 子供達に連れられ、猫を確認すると。
「いづるちゃん、お願いっ!!」
 子供達を見つけ、逃げ出す猫に、いづるは。
「韋駄天!!」
 自ら発現した神通力でもって。
「捕まえたっ!!」
 こうして、数日かかった依頼が一つ果たされた。

 そんな風にいづるは忙しい毎日を過ごしていた。
 韋駄天の神通力を得てからと言うもの、屋根の上から帝都を見下ろすことが増えた。
「帝都も少しずつ、元に戻っている……ボク達の生活も……」
 あの時の事件がまるでなかったかのように、時間はかかっているが、着実に帝都は復興を遂げていた。それが楽しくて嬉しくて仕方ない。
「さてっと、今日も頑張って仕事しますかー! オムライスも食べたいし」
 仕事が一段落したのを見て、いづるは彩葉のいる食堂へと向かうのであった。


●グラウェルと花束と

 ——ゾンビ達との戦いは終わった。……僕は特に役に立ってないけど……。

「でも、役目を終えたグラウェルさん達は、自分の世界に帰っちゃうんだよね……。その前に、グラウェルさんと話ができないかな?」
 結城 悟(AP028)は、事件が一段落したのをきっかけに、グラウェルの事が気になって仕方なかった。そういえばと、悟はグラウェルから貰った通信機のことを思い出した。
「……グラウェルさん、来てくれるかな? もし来てくれたら、喜びや労いの気持ちを伝えて、それから……」
 とにかく、通信機を使って、グラウェルを呼び出してみた。
「悟、どうかしたんですか? ……もしかして、体調が良くないとか!?」
「い、いえ、違うんです! その……」
 ふわっと手を出すと。
「グラウェルさん、見て下さい! これが僕の必殺の神通力です!」
 その悟の手には、綺麗なピンクの可愛い花束が出てきたのだ。
「えっ!? これはもしかして、これが……悟の神通力、ですか?」
 グラウェルは驚きながら、そう分析した。
 そう、グラウェルの指摘通り、これが悟の神通力『いつか訪れる未来』なのだ。
 他の皆のように、戦いに役立つような物ではないが、どういうわけか、花が出てくる能力なのだ。
「えへへ、驚かせちゃいました? ……これは、僕からの友情の証です」
 照れたように悟はそれを差し出した。
「……いいのですか?」
「ええ、受け取ってください」
「……ありがとう、ございます」
 少し戸惑いながらも、グラウェルはその花束を受け取ると。
「本当は、グラウェルさんと一緒に行きたいです。父様と母様も無事か分からない……でも、だからこそ両親を探そうと思います」
「悟……」
 ついていきたい……けれど、両親が見つかっていない今、一緒に行くことはできない。だからこそ、伝えたい言葉があった。
「僕は、離れていても、ずーっと友達ですよ」
 花束と共にグラウェルの手を握って、悟が微笑むと。
「悟……ありがとう、本当に……ありがとう。この花束、大切にします……」
 悟が手渡した花は『ゼラニウム』。その花言葉は『真の友情』だった。


●記憶と残していくモノ
「そうですね……そういうことでしたら、希望者には、記憶を戻すようにしましょう」
 十柱 境(AP016)は、カレンの元を尋ねていた。
 相談するのは、あの気がかりだったアナザーの封じられた記憶のこと。
 辛い記憶を取り戻したくない人もいるかもしれない。
 そういうことで、希望者のみではあるが、失われた記憶を取り戻せるよう設備を整えてくれるそうだ。
「いえ、いろいろと尽力してくださいましたから、これくらい大したことありませんよ。私も……なんとかしたいと思っていた所でしたし」
 どうやら、カレンもまたそのことを気にしていたようだ。
「そういえば、境さんはこれからどうするんですか?」
 そうカレンに尋ねられて。
「ええ、戻る前に……皆さんの所を回りたいと思ってまして」
 やりたい事があるという。
「身体に無理せずに……戻るまで時間はありますから」
「はい」
 そう、先の会議により、戻るまでには一週間以上の時間が出来た。
 ならば、急ぐことはない。

 ——先の事件といい、往々にして奇跡という報酬はあるものです。

「結局の所……運良く悟さんから、ゾンビ病に関する糸口を発見する一助になっただけで、私には何もできなかった」
 関わりのあった人、そして、無かった人にまで会って、スケッチさせてもらった。
 理由は一つ。

 境は、一つの絵画に向かい合っていた。
 先ほど会った人で全て。スケッチを元に、集合絵を描いていった。
 そして、何週間かをかけて出来た絵をそのまま、悟に手渡した。
「こ、こんな凄い絵画……その、頂いてもいいんですか? この僕が……」
「ええ、お願いします。どうしても、貴方に……渡しておきたいのです」
 少し戸惑いながらも、悟は境のその絵を受け取ったのだった。


●壊れた帝都劇場の三文芝居(?)と新たな決意
 妬鬼姫との決戦から数日後。
 壊れた帝都劇場にて、桐野 黒刃(AP007)は、自らの神通力を使い、死んだ団員達と共に劇を披露していた。
 数日間、仲間や召喚した団員達の話を使った、オリジナルの劇だ。
 未来に戻る仲間には、笑顔で送りたいと思ったからだ。
「そうだな、太助や彩葉、雅菊に牽牛星に……ああ、この際だ! 帝都を生き残った全員を呼ぼう!! チケットはいらない、皆大事なお客様だ!!」
 と決めたお陰で、劇は一週間以上のロングランになったのは言うまでもなく。


 そして、初日の劇が終わった時のこと。
「はあ……今回の劇もとっても素晴らしかっただ……あ、こほんこほん。とても良かったのです。それにしても、帝から貰ったコレ、どうしましょう……?」
 彩葉は前日に貰った勾玉のレプリカを見て、思ってしまう。
「それにしても……最近、黒刃さんの距離が近くてドキドキします。これは……もしや、変!?」
 いえ、それは恋です。しかし、この場には、残念ながらそう突っ込む者はいなかった。
「どう……気持ちを表したらいいか分からないから、とりあえず文字にしたためて……みましたが、渡す勇気なんか私にありませんよ!」
 と、そのときだった。アンコールでステージに立った黒刃が、彩葉の姿を見つけ、満面の笑顔を浮かべると。
「彩葉! お前とお前のお握りがなかったら、オレはダメになっていた。ありがとう!  ……な、なぁ。いつか、また劇団を復活させたその時は……オレと結こっ」
「こ、これがオラの気持ちだぁぁぁぁ!!」
 まさか、こんな場で言われるとは思わなかった。ちょっと慌てた彩葉は黒刃に渡そうとしていた勾玉入りのお守り袋(手紙入り)をすっこーんと、見事な送球で黒刃の眉間にジャストミート!!
「三郎……どうやら劇団再興は……叶わなくなっちまったようだ、ぜ」
 がくりと倒れる黒羽に。
『黒刃ーーー!!!』
 三郎が慌てて駆け寄るのであった。
 ちなみに、黒刃には眉間が赤くなっただけで、命に別状はなく、数時間後に目が覚めたようである。よかったよかった。


 その後、千秋楽を終えた静かなステージで、黒刃は神通力を発動させた。
 そこに現れたのは、黒刃の大切な存在。
「三郎……オレ、劇団のリーダーとして、新しい団員呼んで、新しい帝都劇団を作ろうと思うんだ」
 そう振り返りながら語る黒刃に、かつての団長、三郎は。
『いいんじゃないか。お前が決めたことだしな』
 にっと笑みを浮かべる。しかし、当の黒刃は、少し不安そうに照れくさそうに続けた。
「でも、オレ一人じゃあ、何も出来ねぇ。だから、手伝ってくれないか? これからも一緒に」
『しょうがないな、お前が一人前になるまでだからな』
 こうして、帝都劇場の新たな……ちょっと頼りない団長が生まれたのだった。


●優しいお医者さんは今日も行く
 しのぶは、未来には行かずに、この帝都のある時代に残ることにした。
「未来の様子がどうなっているか、気にならないと言ったら嘘になりますの。でも……」
 しのぶの側には。
「しのぶせんせー!!」
「あら、先生。先日は息子がお世話になりました」
 彼らはある病気になっていた家族。この少年が病気になっていたので、しのぶが治療をして、命を取り留めたのだ。
「その後の経過はいかがですの? ちゃーんと、薬は飲みました?」
「も、もう大丈夫だから、薬は飲んでないよ」
 慌てふためく少年にしのぶはくすりと笑みを浮かべた。

 しのぶにも、元の世界では、大切だった人達がいた。
 幼い頃からの友人達に、医者としての技術を教えてくれた恩師……。
 しかし、彼らはあのゾンビ病によって、もうこの世にはいない。

 ゾンビ病の調査も兼ねて、しのぶは帝都の復興が落ち着いた頃合いで、帝都以外の日本各地を回っていた。幸いにも、帝都以外にゾンビ病は流行っていなかった。だが、万が一に供えて、グラウェルからの指示もあり、各地の病院にワクチンを届けたりすることもあった。
 特に近くに医者がいない村や辺境の土地には積極的に向かい、その手助けを行っている。
 また、この時代では難病と言われていたものも、しのぶの知識があれば、それも克服することが出来る。とはいっても、それにはある程度、限界もあるのだが……。
「自分ができる事で一人でも多くの命を救いたいですの。それが、私個人でできる範囲の償いですの」
 この世界に来て、少し負い目を感じていた。
 だからこそ、自分の出来ることをこの世界で続けたいと決めたのだ。
「それにしても、先生が作ってるの、お薬?」
「ええ、そうですわ。これは漢方薬といって……」
 しのぶの治療法は、西洋医学と効果が確認されている漢方などの伝統療法を組み合わせたものだ。また必要になれば、自分で漢方薬を用意することもあった。
「……でも、そろそろ、彩葉さんの甘味が食べたくなりましたわね。晴美さんの所にも……」
 小さな村の診察を終えて、しのぶは一度、帝都に戻ることを決意した。
「それに、大学に入る人達の勉強も少し見てあげないと……」
 ここには、大事なものや、仲間がいる。
「帰りましょうか、帝都へ」
 自分の力で作ったミルクチョコレートを口にして。
 帝都もまた、しのぶの第二の故郷になりつつあった。


●素敵な店でプロポーズと家族への報告
 太助は、あの審判の刻一連の騒動が収まった後、今度は帝都の復興に明け暮れていた。
 しかし、その内容は幸せそのもの。忙しい合間を縫って、ふわとのデートを重ねて行っていた。
「あ、あのね、キヨちゃん……ちょっと相談があるんだけど……」
 もじもじと、ふわらしくない態度を見つめながら、キヨはちょっぴり遠い目をしながら。
「うん、その相談とやらを聞かせて。まあ、見当ははつくけど」
 実はここだけの話、キヨはふわの話を聞く前に、太助からふわにプロポーズしたいと相談を受けていた。そのときは、「さっさとやれば? そろそろ気付いてるんじゃない?」と、若干突き放したような言葉を投げていた。それで憑き物が落ちたような顔をして、意気揚々と出て行ったが……。恐らくこちらも。
「えっとね……その……」
 なかなか言い出さないふわに。
「太助さんと結婚したいと思うの?」
 結婚という言葉にピンとはまだ来てはいないが。
「……太助さんと……ずっと一緒にいたいとは思う」
 はああああと、盛大なため息をついてから、キヨは続ける。
「太助さんなら、きっとふわを幸せにしてくれるよ」
 笑顔でそう背中を押すように答えた。そのキヨの胸の中で、ほんの少し寂しさを感じながら……。


 そして迎えた、太助との名店『ゆう楽』でのディナーの日。
 別席にはなっていたが、少し距離を離したところに太助の家族とふわの父チドリの姿も見えた。太助とふわは、二人だけの席にいて。
 ふと、ふわの頭に浮かぶのは、先日キヨに相談したときに出た……。

 ——結婚。

 その言葉だった。
「けっこ……」
 ふわが全てを言い終える前に、太助がすぐさま慌てて止める。
「あっ待つでござる! それがしから言わせてくれぬか!」
 危うく、太助から言い出すものを、ふわから言い出させる所だった。
 太助は何とかそれを阻止できたことに、ほっと一息ついてから、改めて……やりくりして買ったダイヤの指輪の入った箱を開いて、にこりと笑みを浮かべた。
「……その、結婚しよう」
 その指輪にふわは目をしぱしぱと瞬かせて。
「うん! 結婚しよ、太助さん。もっとあなたと一緒にいたいんだ」
「ふ、ふわ殿〜〜」
 嬉しい言葉に太助はそのまま、ふわを抱きしめる。

 そんな様子をにまにまと見守るのはチドリ。
 そっと、二人の側に近づき、すかさず。
「いきなり父親ヅラも烏滸がましいですが。この先、俺の出来る限りをしたいと思ってます。それと、パパって呼んでくれます?」
「ちちち、チド……じゃなかった、その、おと、お父さん……」
 はわはわと顔を真っ赤にしているふわの頭を優しく撫でながら。ふと、太助に向き直った。
「ち、チドリ殿! あいや、ここは義父殿と言うべきか……」
「どっちでもかまいませんよ。とにかく」
 祝福するように笑みを深めて。
「大将なら安心でさぁ。娘を宜しく、は挙式まで取っときますがね?」
 なんだか、プレッシャーを与えるような言葉を投げかけているのは気のせいだろうか。その言葉に太助はたじたじになっている。

 一方、太助の家族は、その様子を生暖かい目で見守っている。
「披露宴の予約一件、まいどあり」
 そう亭主がぼそっというと。
「うむ。金に糸目は付けんぞ」
 この店の常連で太助の祖父、太蔵が、間髪入れず、そう告げたのだった。


 数日後。太助とふわの二人は、とある墓地に来ていた。
 ふわの案内で辿り着いたのは、ふわを育てたという兄の墓の前。
 綺麗に墓を洗い、花を飾った後に、太助は改めて。
「ふわどの、連れてきてくれてありがとう。……それと、兄上どの、妹ぎみと共に生きることをお許しくだされ。きっと幸せにします」
 そう墓の前に誓う。
 ふわも。
「お兄ちゃん、ふわはもう一人じゃないよ。だから安心してね」
 そのとき、やわかくて優しい、暖かな風が吹いた。思わずふわは、太助と共に空を見上げる。
「……それがしにお任せあれ」
 小さく呟き、そして、太助はふわの肩にそっと手を添えて。
「幸せになろう……ふわ」
「うん!」
 もう一度、二人は澄んだ青空を見上げたのだった。


●新しい劇団長と悩める食堂女将?
 つい先日、黒刃と彩葉は、小さな帝都劇場にて、大切な者を見送っていた。
 ちなみに、二人は黒刃の105回の告白により、めでたく恋人同志になっていた。
「ずっとライバルと思って……負けないって言ってたのに、狡いです……」
『こんだけの公演をこなしたんだ、あとはまあ、なんとかなるだろう? なあ、黒刃オーナー? それとも、団長って言った方がいいか?』
「茶化すなよ、三郎。で、もう……行くのか」
 その黒刃の言葉に三郎は、思わず苦笑を浮かべた。
『少々、この世界に居過ぎたからな。それに……迎えも来てるんだ。お前達も見えるだろ?』
「あっ……」
 思わず、彩葉が声を上げた。
 三郎の後ろに、一度消え去った劇団員達の姿がうっすらと見えたからだ。
『黒刃。お前はもう大丈夫だ。俺の劇団じゃない、お前の劇団を導け。お前の手でな!』
「三郎……」
「三郎さん……」
『彩葉さん、黒刃を頼む。それと……料理、どれも美味かったぜ。黒刃はイイ嫁さん見つけたな』
 そういって、手を振ると劇団員達の方へと向かい、一緒に消えていった。
「黒刃さん……もう、使えなくなっちゃいましたか?」
「……ああ、ダメだな。とうとう、一人になっちまった」
 そう告げる黒刃に。
「なにいってるだ! オラのこと、忘れては困るだよっ!」
 ばんと、黒刃の背中を力強く叩き。
「ほら、これでも食って元気だすだっ!!」
「ふごっ!!」
 本当ならば、三郎と最後に食べたかったおにぎり。それは彩葉と黒刃とで食べることになったのだった。


「というわけで、結婚する予定だ! 新婚旅行はハワイだぞ。団員よ、今日は無礼講だ! 丁重に味わって食べろ、お残しは許さん!」
 ここは劇場の近くにある食堂。ちなみにこの食堂の女将は彩葉だ。
「はーいっ!! ご注文の天ぷら盛り合わせと唐揚げ、お刺身盛り合わせでーす!」
 どちらかというと、和食中心ではあるが。
「それと、ハンバーグセットはどちらですか? ああ、あなたでしたか、どうぞ!」
 洋食も勉強しているらしく、少しずつメニューに増えてきている。
 その美味しい料理に、今日もまた大勢の客が楽しげに宴を行っていた。
 黒刃はそんな楽しい宴……だというのに、その手には処理しきれなかった書類が握られていた。
「えっと、これは……」
「黒刃さん、今日ぐらいお仕事終わりにしたらどうですか?」
 思わず、皿を下げに来た彩葉が声をかけた。
「これ、明日までなんだよ。それに」
 既に黒刃はスタァを引退。今はというと。
「今度はオレがスタァを育てる、三郎のようにな」
 そういって、願掛けして伸ばしている黒刃の後ろ髪を、さらりと後ろへと流す。
 目の前には、小さいながらも数十名の新しい劇団員達がいる。彼らと共に今の小さな劇場、劇団を大きくするのが黒刃のこれからの仕事なのだ。

「まあ、こんな時間に宴会? どうしましょう。明日もう一度来た方が……」
「しのぶお姉様っ!!」
「お久しぶりですわね。彩葉さん……もし可能なら、オススメな甘いもの、ひとついただけるかしら?」
 ここにまた、新たな奇跡が一つ。しのぶも美味しい甘味を味わいながら、宴に加わったのは言うまでもない。


●小さな古民家……いや、ライブ場で
 今日は審判の刻で壊れてしまった、古民家を改造して作った新たなライブ場での、陽葵の初ライブ日だ。
 人数制限があるので、チケットはあまり多くは無かったのだが、町の人達はとても楽しみにしていたらしく、あっという間に売り切れてしまった。
 そのため、ライブは数日に分けて行うことになっている。
「皆、おれのライブに来てくれてありがとう! 今日は思いっきり歌うぜ! あ、でも明日もあるから、ほどほどに、だけどな!」
 ギターを片手に、陽葵は集まってくれた皆にとびきりの歌を響かせる。
 参加者の多くは、あの迎賓館で陽葵の歌を聴いた者が多いようだ。
 伸びやかに、元気な明るい歌が部屋中に響き渡る。

 ——こんな毎日が、ずっとずっと続きますように。

 歌いながら、陽葵はそう願いながら、想いを込めて歌を歌う。
 自分の歌を好きだと言ってくれる人々のために。

 復興後のライブ場では、割れんばかりの拍手が陽葵に贈られたのは言うまでもない。


●遠方からの手紙
 今日は久し振りの休日。
 ハルは楽しそうにペンを走らせていた。時には鼻歌を歌いながら。

 ——結局帝都に残る事にしたんよねー。
 あの決戦の時に御薬袋ちゃんがゾンビにおにぎり食わせて言う事聞かせてたやん?
 アレ、印象残っててね、
 神通力使った魔法みたいなもんやけど自分の作ったメシで人を笑顔にするんも悪ないなって。

 こっちの親——見知らん爺さんは結局見つからんかったし、看板をもろて大阪で商売始めたんや。
 帝都なら、事件でできた知り合いもおるのに、何でわざわざ大阪にって?

 ただで転ばへんのがウチやで。
 記憶ちょいちょい戻ったから、チートってやつやらせて貰うけど、まだ、この世界にはラヂオ焼きまでしかないねん。たこ焼きはもうちょい後に作られるもんや。
 つまりウチが大阪でたこ焼き屋を開いたら、元祖たこ焼き屋として歴史に名前残るっちゅう訳や……!


 そこまで書いて、ハルは顔を上げた。
 ハルの部屋の片隅にあるのは、小さな神棚。
 神棚には、あのとき幼い帝から受け取った、小さな草薙の剣のレプリカが飾られていた。そのお陰か、ハルの店の繁盛振りは上場。
「ハルちゃーん!! 休みやていうのに、お客さんが仰山来てんのよ。なんとかしてくれへん?」
「え? お客さん?」
 二階の部屋から見下ろすと、何やら店の前でお客さんが並んでいる。
「しゃーないな。少し仕事したろか」
 さっと送り先である紀美子の名前を書いて。
「今、行くで。ちょーっと待っててな」
 道頓堀の片隅、初代通天閣は、そんなハル達元気な町民らをそっと見守っているのだった。


●グラウェルの元で
「グラウェルさん、お休みありがとうございました」
 そう声をかけるのは、星歌。あれから彼女も成長し、やっと正式な研究員の一人として、グラウェルの元で働いている。
「お墓参りは終わったのかい。もう少し休んでもよかったのだけれど……」
「そんなに休んだら、身体が鈍っちゃうよ。あ、グラウェルさん。今日の研究はどれから始めようか?」
「じゃあ……」
 事件が落ち着いた後、一度、未来に戻った星歌は、自分を引き取り育ててくれた親代わりの所長を探した。
 結果、所長はゾンビとなって人を襲っていたため、射殺されたとのこと。星歌はその遺体を確保し、その後、墓の下に埋葬した。そのときもグラウェル達がフォローしてくれた。
 そして、今はグラウェルの元で、ゾンビ病の更なる研究をしながら、様々な病気についても学んでいた。
「そうそう、星歌。さきほど、政府から連絡がありまして。星歌が研究していたあの病気のワクチンが認可されたそうです。これから、忙しくなりそうですね」
「ほ、本当ですか! 急いで資料、まとめないと!!」
「手伝いましょう」
 星歌は、今日も忙しいようだ。認可が来たワクチンに関してのデータをまとめていく。
 これが認可されたのならば、また新たな病気の発症が抑えられていくだろう。

 ——所長……私、今まであった人達に、尊敬している人達に、恥じないような人になっていますか?

 思わず、窓から青空を見上げて、星歌はにっこりと笑みを浮かべたのだった。


●その手が生み出すのは
 ひたひたと、筆を走らせる。
 描くのは、抽象的な……まるでピカソを思わせるような、そんな絵だった。
 境は、そんな絵をいくつもいくつも生み出していた。

 悟に渡したあの絵は、スケッチを元にその人にそっくりになるように描いていたが、今はそういう絵よりも、抽象的な絵を書いている方が気分が良い。
 見る人によって、捉えるものが違うのが、楽しいのだ。

 ——人類はゾンビ病を克服しました。規模の大小は兎も角、それ故の新たな試練も降りかかっているのかもしれません。生きているのならば、きっと、私はその試練を絵にしているでしょう。

 境の本来の職業は、暗殺者だった。だから、芸術家という肩書きは、仮のモノ。
 だが……今回の事件で、その職業になりきるようになって……。

 ——まさか、創作というものが、こんなに好きになるとは思ってもみませんでした。

 試練の場に立ち会って。或いは想像の中で。
 その犠牲も、手にした栄光も。

 その過程で、失った記憶も取り戻している。
 ゾンビ病に起因する、境の家族を巻き込んだ事件。
 隔絶された田舎ゆえの凄惨な生贄……カルト事件をも含めて、総てを絵として描いている。ぱっと見、そうとは思えぬ代物にはなってはいるが。

 ふと、窓の外を見上げながら、思い出す。
「やはり、彼——悟さんや晴美さんは、今……というのも少しおかしな話ですが、彼らは元気でやっているのでしょうか……」
 境はまた、筆を取り、絵を描いていく。その絵の価値はまだ高くはないが、気に入ってくれる人がぽつぽつと出始めている。
「早く、この絵も完成させないと……」
 あまり見せない境の笑顔が、そこにあった。


●カレーをたかる日々
「やっぱり……その、止めませんか」
 そう止めるのはカレン。その隣には。
「まあまあ、それにほら……チドリのやつ、ちゃんと作ってくれてるぜ」
 ふわりと漂うのは美味しそうなカレーの香り。
 更谷は、カレンの手を取って、チドリの写真屋へと入っていく。
「またですかぃ? そろそろたかるのは……おや、麗しいお嬢さんもご同伴で」
 お玉でカレーをかき混ぜながら、チドリが声をかけてきた。
「うーっす。カレンと来てやったぜ。ほら、ライスカレー食わせろ。カレンにもな」
「はいはい」
「いつもすみません……」
 更谷は慣れた足取りで、部屋の中に入っていき、どっかとちゃぶ台の前に陣取る。
 カレンもチドリの手伝いをしながら、更谷の隣にそっと座った。
「で、サラさん、仕事は上手くいってるんですかい?」
「まあな、ぼちぼちってとこか」
 更谷はあの後、カレンの強い勧めもあり、先日、プロのライターになったばかりだ。
 噂によると家計を担っていたカレンの負担も減って、万々歳なのだと聞いている。ついでにいうと、二人は今、同棲しており、そろそろ結婚するのではないかという噂まである。
「それにしても、いつまで来るんですかい?」
 やや皮肉気にチドリが言うと。
「いいだろ? これが俺のソウルフードなんだからな! ほら、お前の話も聞かせろ! ネタになるかもしれないしな!」
 悪びれもせず、そう言う更谷に、チドリは敵わないと苦笑を浮かべる。
「カレン嬢、本当にこの男で良いんですかい?」
「……そうですね、カレーをたかるのはどうかと思いますが……それでも、彼じゃないとダメなんです」
 そう、はにかむカレンにチドリは、思わず瞳を細めて笑みを深めるのであった。

 実はここだけの話、一人にしておくと心配だという更谷の言葉で、こうして週に一回、チドリ宅を訪れている。
 だが、さすがにカレーをご馳走になるばかりでは申し訳ないと、カレンが作ったおかずや買ってきたお菓子などを差し入れるのだが、それはまた別の話。
 チドリもそんな生活を満更でもなく、受け入れているようである。


●桜塚特務部隊のこれから
「そこ、気を抜くな!」
 帝都に平和が訪れてから1年後、剣士は変わらずそこにいた。
 桜塚特務部隊は、あの騒動があった後、表向きは引き続き、帝都を守る特殊部隊としての任を受けているが、実際は未来政府の意向のもと、救援物資の運搬と人道支援のため、定期的に未来世界へと派遣されている。
 その部隊長としての任を受け、剣士は未来と大正を行き来する生活を送っており、未来に行っていない時は、このように新たに入ってきた候補生を鍛え上げる日々を送っていた。
 その厳しさは今までと変わらないが、以前と少しだけ違う事がある。

「四葉中尉、打ち合わせの時間です」
「承知した」
 声の主に剣士は言葉を返すと、候補生達に午前の訓練終了を告げる。
 その声の相手と共に歩いていく剣士。彼と何を話しているか聞き取る事は出来ないが、その表情が、僅かばかり柔和なものに見えた。
 髪が長く、顔も整っているため、剣士の妻ではないかという噂が候補生達の間で広まっているが、彼らはまだ知らない。
 鉄仮面とも言われる彼の、表情を崩す事の出来る唯一の相手。
 彼の名は冷泉周と言う。


 ふみは、桜塚特務部隊がそのまま残ることを嬉しく思っていた。
 特に……。
「兄さんも四葉隊長も、幸せそうで私も嬉しい」
「その言葉は、僕としても嬉しいけど……」
「ふみにそう改めて言われると、照れくさいものだな」
 周と剣士は、照れくさそうに笑みを零す。
 二人の関係は、こうして、ふみにも伝えられた。
「それに……父さんも喜んでるようだしね」
 そういって、甘味処の看板商品、苺スペシャルパフェに舌鼓できることも嬉しい。ちなみにこのパフェ、周のおごりだ。
「特務部隊の皆も変わらずいてくれるし……そうそう、あの涼介君が付き合い始めたのはちょっとびっくりしちゃった」
 楽しげにパフェを食べながら、ふみは笑顔を絶やさない……はずだった。
「でも……一人だけ足りないんだよね。葉月君、どうしてるのかな……?」
 未来へ行くのなら、ちゃんと送別会を開いて送り届けたかった。
 が、彼はそれを嫌がり、人知れず一人で行ってしまったのだ。
「それには一つ、案がある」
「案、ですか?」
「そろそろ、彼らも限界みたいですしね」
 にやりと笑みを浮かべる二人に、ふみも少しだけわくわくしてくるのだった。


 かつて、桜塚特務部隊に所属していた葉月は、自分の生まれた未来の世界でゾンビ退治に明け暮れていた。今は、リーゼロッテが指揮する部隊で働いている。
「葉月、そっちにいきました!」
「了解、任せて」
 あのときの神通力は、未だ衰えること無く、こうして、戦いに役立っている。
「……葉月の力、ちょっとうらやましい」
 ベスティアが思わず呟く。
「けど、使った後、めちゃくちゃ疲れるんだよ、これ」
 帰還する力を残しながら戦うのには、かなりの時間を要したが、今では何もせずともセーブすることができる。
「これで、だいぶ減りましたかね?」
 現在の上司でもあるリーゼロッテに尋ねると。
「……どうでしょう? 少しずつ数は減っていますが、世界全体を覆うほどのゾンビ達ですからね……これを駆逐するには、まだまだ時間がかかりそうです」
 そう苦笑を浮かべる。
 それでも、都心周辺はかなり静かになっている。
 今は、その範囲を広げるべく、殲滅の頻度を上げて対応している。特に件の事件で奮戦し、力の残っている者達は、よく駆り出されていた。
「葉月、あなたもそろそろ休暇を取る時期ですよ」
 そう声をかけるのは、リーゼロッテ。
「休暇……ですか?」
 言われてみれば、あまり休暇を取ってこなかった。それもこれも、今までの贖罪も兼ねて戦っているのだ。休む暇など自分にはない。
 側で戦うベスティアは、グラウェル達にことある毎に呼び出されて、休暇を取っているらしく、そこでリフレッシュできている様子。
 しかし、葉月は自分を追い込むように戦い続けていたのだ。
「俺には必要ないですよ……」
 そう笑みを浮かべる葉月にリーゼロッテはため息をつく。
 と、そのときだった。
「葉月ーっ!!」
 懐かしい見知った声が聞こえた。
「おーい、葉月ーっ!!」
「葉月、呼ばれてる」
 見かねて、ベスティアが指摘する。
「いや、そんなわけ……えっ……?」
 ベスティアに引っ張られて、葉月が振り向いた先には。
「葉月!! やっと見つけたぞ!」
「探したんだからな!」
 そう笑顔でやってくる吉兆と涼介の姿があった。
「えっ!? えっ!? ど、どど、どうして、二人がここにっ!?」
 慌てて困惑する葉月に、二人はあのボイスレコーダーを取り出した。
 吉兆と涼介の二人は、にまっと笑うと、そのボタンを押す。

『残れなくてごめん』『今までありがとう』『絶対また、帰って来る』

 葉月の声で、それは再生された。
「絶対また帰ってくるって言ってるのにさー、お前、なかなか帰ってこなかっただろ!」
「俺達もさ、時々こっちに来て、ゾンビ退治手伝ってんだぜ」
「いや、そうじゃなくって……」
「四葉軍曹……じゃなかった、今は中尉で隊長なんだ。こっちの話もよくしてくれてさ。で、尋ねたらここに葉月がいるって聞いてさ」
 葉月の肩を抱き寄せ、にまっと吉兆が囁く。
「しかもさ、涼介、今、デキてるんだぜ……」
「え? それって、どういう……」
「わあああ!! 吉兆、それ、言うなって言っただろ!!」
「何言ってるんだよ、こういうのは、仲間全員で共有して、からかうってもんだろ?」
 そこには変わらない仲間達の姿があった。
「……まあ、そういうことだからさ、迎えに来たんだ」
「葉月、一度、帝都に来ないか? せっかくだから、皆に会ってこようぜ」
 そう、手を差し出す二人の手を、葉月は両手で掴んで。
「ああ、そうしよう!」
 久し振りに葉月に笑顔が戻った。そのことに、リーゼロッテとベスティアも嬉しそうに微笑みあって。

「けど、そのボイスレコーダー、他の人に聞かせるの禁止な! 恥ずかしすぎる!!」
 葉月がそういうと。
「えー、どうしようかな?」
「約束破ってたしなー」
「お、お前達、そこに直れっ!!」
 三人の声が未来だけでなく、帝都まで響き割ったのは言うまでもなく。

 ——やっぱり、俺がいる場所は、ここみたいだ。

 元気な二人に引っ張られながら、葉月は、帝都の桜塚特務部隊に戻るのを決めたのだった。


●帝都を騒がす……怪盗?
 蓮の部屋にコツコツと窓を叩く音が聞こえた。
「おはよう、みんな! どうかしたの?」
 窓を開け、そう声をかけるのは、蓮だ。背が幾分伸びたように見えるが、根本的に変わった所はなさそうに見えるが……。
『あのお屋敷に、怪盗ジャマスルンが予告状を出したんだって』
『どうするの? どうするの?』
 小鳥たちが口早にそう尋ねると。
「確か、あのお屋敷には、外国から届いた凄い絵画を預っていたはず……どうやら、今日も出かけなきゃイケナイみたいだね!」
『それじゃあ、皆に声かけするね!』
「うん、よろしくね! ボクも準備しなきゃ!」
 動物達にあげる餌に、それと……猫尻尾に猫耳。素顔を隠すための仮面と、半袖短パンの動きやすいコスチュームを身に纏えば。
「怪盗スカーキャット! 怪盗ジャマスルン!! お前の企みを阻止しにきたぞ!」
「ちぃ……!! 貴様が来てるとは」
「一体、誰がスカーキャットに情報を流したんだ!!」
 苦い顔をする怪盗ジャマスルンと、警察官達は、あらたな怪盗の登場に驚きを隠せない。
 だが、そのお陰で怪盗ジャマスルンの企みを阻止することができた。
 翌朝の新聞記事には、その話題が一面に載っている。
「ねえ、蓮君。怪盗スカーキャットって、誰だか分かる?」
 美味しいオムライスを食べているいづると、久し振りに晴美の甘味処に来ていた蓮は。
「さあ……ボクにもわかりませんよ。それに、地味な探偵業はもうやってませんし」
 聞かれてもわからないといった風に、とぼけてみせるのであった。


●これが後の……
 書斎で休憩がてら、三ノ宮 歌風(AP026)は、新聞を読んでいた。
 と、ある記事で視線が止まる。
「電話、ですか」
 明治の終わりごろから普及し始めた『電話』という技術。
 情報の伝達にこれほど便利なものはないだろう。
「私の神通力に似たようなものですが……やはり場所が固定されているのが難点ですね」 歌風はまだ、神通力を情報伝達手段にして『相手がどこにいても連絡が取れる』というアドバンテージを得ていた。
「この神通力のように、どこでも……電話ができる機械があれば……」
 今はまだ交換手が必要で、そこからまたつなぎ直さなければならない。
 もし、それがなくなるのであれば……もしかすると。
 思い出したのは、軍部の研究所にいた、あのブリキ屋。
 名前は確か。
「鏤鎬錫鍍、だったな」
 さっそく、歌風は本人のところへと向かった。
「突然訪れてすまない。今日は一つ、あなたに相談があってきたんだが……」
「おや、珍しいですね。どこかで会った人間さんのようですが……どこでしたっけ?」
 そんな錫鍍に歌風は苦笑を浮かべる。これでもひとときは一緒に過ごしたのだが。
 簡単に自己紹介をすませ、やっと本題へと入ることが出来た。
 『電話』を誰とでも、どこにいても使用できる機械……もとい、ブリキの開発。
 原理はラジオと同じ、電波を送受信する機械を小型化できれば……と。
「しがない物書きの妄想だ、できそうになかったら笑ってくれ」
「できますよ。ええ、問題ありません。作って見せましょう。それになにより、ブリキでできたというところが素晴らしいです。人間にしては、なかなか良い着眼点ですよ」
 この原案が数年後、『携帯電話』の発明に大きなヒントを与えたことは、誰も知らない歴史である。


●消えた力と継続は力なり?
 あれから3年後。気分転換に森を歩いていたアルフィナーシャは、突然の腹痛に襲われていた。
「うう……この痛みは……一体……」
 その場にうずくまり。
「うう……あああっ!!」
 すっきりしたと同時に、こぼれ落ちたのは、血だまりの中に見つけたダイヤモンドのように輝く鉱石。
 それがとても美しく見えて、アルフィナーシャがそれに触れると、ひどく冷たく感じられた。更に拾い上げようとしたが、キラキラと粉雪のように消えていった。
「あっ……」
 まるで、身体の中にあった何かが、すうっと消えてしまったかのように……。
「……わたくしはもう……」
 アルフィナーシャは、これが神通力の代償であること。そして、自分は子を宿すことが出来ないのだろうと、本能的に悟った。

 ——あの力で多くの人を救うことが出来ましたの。だからいいのです。

 奇しくもこの日は、その年初の初雪が観測されたのだった。

 そして、また月日は過ぎて、8年後。
「やはり、数字を見ると眠くなりますの」
 苦手な数学に苦戦しながらも、帝都に戻ってきたしのぶらに見て貰い、何とか帝都大学に入学することが出来た。
「ふふ、どんなことが学べるか……ちょっと楽しみですわ」
 そこでも数学に苦しめられるのだが、それはまた別の話。


●猛勉強の末のホームラン!
「まさか、本当に合格しちまうとはな……」
 そう告げるのは、海斗。
「いや、海斗先輩のお陰だよ。先輩がいなかったら、俺、絶対落ちてた」
 マジヤバかったというのは、勘九郎。
 そう、勘九郎もまた、帝都大学に入学し、今はその大学で様々なことを学んでいる最中だ。
「ゾンビ騒動で、俺、全然役に立てなかったからさ。色々考えて動けるようになる為に勉強したほうが良いなって思って……」
 そう苦笑する勘九郎に。
「お前はよくやったよ。それに、今も頑張ってるじゃないか」
「そういう先輩も同じ大学で学んでるじゃないですか」
 そう、海斗もまた、勘九郎と同じ大学に一足先に入学して、学んでいたりする。
 だからこそ、勘九郎の勉強や試験のアドバイスでもって、支えていたのだ。
「そういえば、キヨさんもここにいるんですよね? あんまり見ないですけど」
「あっちはずっと、研究室で研究ばっかりしてるからな。なんか、凄いカラクリの……人形だか作って張り切ってるって、桜子が言ってたよ」
「ああ、だから見ないんですね」
「そうだ、勘九郎は将来、何になるんだ?」
 そう、海斗が尋ねると。
「そうですね。プロ野球選手もいいけど……今は、将来、この国の明るい未来を作る政治家になりたいです」
「勘九郎のお祖父さんは凄い政治家だったもんな」
「数ヶ月前に亡くなりましたけどね」
 少し寂しげに言う勘九郎に、海斗はしまったという顔をする。
「で、海斗先輩はどうなんですか? やっぱり、作家?」
「ああ、作家になりたいと思う。ここでいろんなことを学んで、自分の作った作品を本にして出すのが夢なんだ」
「先輩の夢も叶うと良いですね!」
「勘九郎もな! あ、そろそろ野球部の時間じゃないか?」
「いっけね! じゃあ、俺行きますね!」
 勘九郎はそういって、近くにあった野球道具の入った鞄(もちろん勉強道具も入っている)を掴むと、そのままグラウンドへと走って行く。
 そして、数分後。
「勘九郎……今度こそ、三振にしてやる」
「俺だって、先輩の球、打ちますよ!」
 この日、勘九郎は偶然、良い感じに球に当たり。
「いっけーーーー!! ホームランだっ!!」
 帝都大に入って、初めての、気持ちの良いホームランを澄み切った青空へと打ったのだった。


●その先の甘味処で
 その甘味処に、最初に到着したのは、栞だった。
「あら? 千代姉様……まだなのかしら?」
 晴美の甘味処は相変わらず盛況で、しばし並んで、ようやく席に着くことが出来た。千代が来るまで、小さく春の歌を口ずさみながら、窓際から見える花々を眺めて待っていると。
「ごめんごめんっ!! 遅くなっちゃってー!!」
 千代は少々、くたびれた恰好をしていた。
「千代姉様、いったい、どうしたんですか?」
 そのまま席に着くなり。
「だって、ここに来る途中で、おばあさんがひったくりに遭っちゃって、それダメって、追いかけて」
「ええっ!?」
 晴美が持ってきた水で水分補給を終えて、千代はほっと一息。
「でも、追いかけたら、何とか追いついて、そのままひったくり犯をとっ捕まえて、さっき、警察に突き出してきたの。もしかしたら、また何かあるかもって言われたけど……」
「千代姉様、お怪我はありませんか? もう、無茶しないで下さいね」
「大丈夫大丈夫! これくらいじゃビクともしないよ。でも、おばあさんの持っていた鞄、無事に持って良かったー!」
「ん、もう……千代姉様ったら」
 あれからもう5年の月日が経っていた。千代は家業の交易商の手伝いをしている。外見的には、少し髪が伸びただろうか。それ以外はほぼ変わらず、栞達と交流も続いている。一方、栞は、音楽学校に通いながら、近くの診療所のお手伝いをしている。
「あ、そうだ……先日、光の孫が生まれたんですよ。チドリさんに撮って貰いました」
 そういって、栞が取り出したのは、可愛らしい光に似た子猫たちの愛らしい写真。
「わあ、可愛いっー!! この子達にも新しい飾り紐を買わないとね」
 二人の会話が弾んでいく。


 一方、その頃。
 正之助のところに、ある手紙が届いていた。
「ああ、やっと届いたんですね。待ってたんですよ」
 嬉しそうに手紙を開いて、中を読む正之助。その顔にはにまにまと珍しい笑顔が広がっていた。と、そのときだった。
「菊川先生、今日は天気が良いですから、晴美ちゃんの甘味処に行きませんか」
「わわわっ!!」
 落としそうになった手紙をしっかりと持ち直し。
「……ん? どうかしましたか?」
「い、いや、なにも!!」
 その手紙を後ろ手で隠して、正之助は怜一に引っ張られるように自分の部屋を後にしたのだった。

 怜一は、こちらへ残ると決めてから、以前より人当たりが良くなった。そのお陰か、同じ病院の看護師をしていた女性と親密になり、今は結婚して2年程経っている。
 また、以前から主治医をしていた人々が、通いやすい地域に自分の診療所を開設し、すっかりこちらの世界に馴染んだ生活を過ごしていた。
 また、正之助の方はというと……あれから5年が経過したが、正之助の生活も容姿もほとんど変わっていない。相変わらず、栞の家に居候し、大学で教鞭を取り、栞に勉強を教える日々を過ごしている。
 とはいえ、周りが変わっていく様を見ているのは正之助としても嬉しい。
「こうやって、怜一に拉致されるのはどうかと思うけど!!」
「外に出ない先生が悪いんですよ。少しは太陽に当たった方がいいんですよ」
 そして、二人は例の甘味処へと入っていく。

「……あのときは、皆、無事で本当に良かった。自分の場所に帰った人たちは元気かしら?」
「そうね、今頃、何してるのかな? まだゲートは開いているから、迎賓館に行けば、何かわかるかも!」
 もぐもぐと、新作パフェを堪能しながら、千代と栞は話に華を咲かせている。
「……そういえば結局、なぜ未来の人たちは、ここの空気がだめだったのかしら? あと落とし物って……?」
「あれって……確か、ゲートから未来の空気を入れたから、審判の刻が始まったって聞いたわよ。空気感染っていうやつだったみたい。天からの落とし物は、ゲートを開く前のテストとして、この時代に未来の物や人を送って確かめてたって、前に先生が言ってたわよ」
 なるほどーという栞に千代はうんうんと頷きながら、美味しいパフェを完食。
「もうあんな怖いことがありませんように」
 思わず栞がそう祈ったときだった。
「お嬢さん方、おごりましょうか?」
 そう声をかけたのは怜一。
「菊川先生に、怜一先生!」
「やあ、君達も来ていたんだね」
 正之助と怜一も同じ席に座り、話しはさらに盛り上がっていく。
「そういえば、5年前もこうして食べてたときになりましたよね」
「もう、あんなことは起きないよ。というか、もう起きないで欲しいって言うのが本音だね」
 そう苦笑する怜一に。
「じゃあ、先生。あと2つ、追加しても良いですか?」
 有無を言わさぬ勢いで、千代はすかさず、別の気になってた氷菓を追加する。栞もしれっと、もう一つ追加してるのは、ここだけの話。
「そう言えば、あの日もこんな風にカフェでお茶をしていたんだっけ……みんなよく生き残ってくれた。大変だったが、あの日があって、今の自分達がいるんだな」
 あれから成長した千代と栞を見て、感慨深そうに目を細めると、思わず隣にいる正之助と目が合った。
「……先生は変わりませんよねえ」
「ホントだ」
「……改めて言われると、そうですね」
「君達は……もう。私でからかうのもほどほどにしてくださいよ」
 しかし、あの日と確実に違う事がもう一つ。
 ふと、甘味処に置いてあった時計が目に入った怜一は、注文書を手に取り、席を立った。
「おっと、もうこんな時間か。もうすぐ、里帰りしていた妻が赤子を連れて戻ってくるんでね。これから、迎えに行く時間なんだ」
 珍しい幸せそうな笑みを浮かべて、怜一がそういうと。
「後で会いに行ってもいいですか?」
「今度、先生のお子さんに会わせてくださいねーっ! 絶対ですよーっ!」
 栞と千代が相次いで、そう声をかけて、怜一を見送った。
「ああ、またおいで」
 会計をすませて、一足先に戻っていく。
 そんな様子を正之助も思わず、笑みがこぼれる。

 ——あの時、引き止めてよかった。

 そう思いながら。と、そのときだった。
「先生は? 良い方はいらっしゃらないの?」
 少し悪戯な笑みを浮かべながら、栞はそういって、正之助の方を見た。
 正之助は、ふふっと笑って。
「それは秘密だよ」
 口元に人差し指を添えて、そう告げたのだった。


●医者を目指して

 ——あれから何年経ったんだろう?

 悟は、病気をしていた頃に世話になった医者の元で、住み込みで働かせて貰いながら、医者になる勉強をしていた。
 あの後、悟は両親を探したのだが、結局見つけることができなかった。
「だけど、悲しみに暮れて過ごすなんて、体を治してくれたグラウェルさんにも失礼だ」
 いつものように、診療所のカルテの整理をしようとしたときだった。
「悟くん、急患だ! また血を見て、倒れんでおくれよ!」」
「も、もう倒れませんよ! すぐに準備します!」
 カルテをまとめてから、すぐ立ち上がり、恩師でもある医者の所へ向かう。

 医者の仕事というのは、悟が思っていた以上に忙しいものだった。
 だけど。

 ——僕も、グラウェルさんのように、誰かを救えるような人になりたい。

 そう決意して、こうして、世話になった医者の元にやってきたのだ。
 今もまた、緊急でやってきた患者さんのために、医者の指示もありながら、経験を積ませて貰っている。最初は血を見るだけでも倒れそうになっていたが、今では、それだけでは倒れなくなってきたし、簡単なものであれば、悟でも対応出来るようになってきた。

 ——グラウェルさん、僕は僕なりに頑張っています。

 グラウェルさんはどうですか?
 ちゃんと元気にしていますか?
 ……僕は今でもあなたを大切な友人だと思っていますが、まさか僕のことを忘れちゃったりしてないですよね?
 また……会える機会があると嬉しいです。

「悟くん、お疲れ様。少し休憩しておいで」
「ありがとうございます、ちょっと休んできますね」
 部屋を出て、悟は外にある水道を捻って、その水を飲んだ。
「グラウェルさん、僕は……あなたに貰った命、大切に生きます」
 澄んだ青空を見上げながら、とびきりの笑顔を見せたのだった。


●久し振りの墓参り
 リーゼロッテは、グラウェルからの提案を受け、そのままボディーガードを引き受けていた。ちなみにリーゼロッテの本業は実はメイドではなく、傭兵業だったりする。
 それでも要請を受けて、メイドに変装して側にいることも数回あったのだが。
 お陰で懐は思ったよりも温かく、生活に苦労することもなかった。
 少々、血生臭い仕事が多くなったのだが。

 そして、久し振りの休暇に思い立ち。
 リーゼロッテは軍服姿にライフル、懐にはレーザーガンといった重装備で向かったのは、森の中にひっそりと佇む墓の前だった。
 全てのゾンビを退治できていないここはまだ、危険な場所でもあった。
「どうも、師匠。退屈してるでしょうから、また来てやりましたよ。良い酒が手に入ったから、今、あげますね」
 リーゼロッテは懐から小さなウイスキーボトルを取り出すと、ゆっくりと墓に注いでいく。まるで、ゆっくりと飲んで下さいと言わんばかりに。
「……あの時、記憶を無くしながらも、戦い続けてわかったんです。私達傭兵は平和な世は似合わない。騒がしいくらいの中にいないと落ち着かないんだって」
 ふわりと、三つ編みしてひとつにまとめた髪が揺れた。
 さらさらと周りの木々もまた、つられて揺れて風の音を響かせている。
「ですがまあ……ほどほどにやりますよ。貴方に救われて、生きろと言われた命ですから」
 空になったボトルのキャップを閉めて、仕舞い込むとふわりと笑みを浮かべた。
「それじゃあ、もう行きますね。ゾンビがたくさんいますから、大変なんですよ」
 そこでリーゼロッテはしゃがみ込み、懐に入れていたあの、いつもつけていた眼鏡を供えた。ちなみに今、リーゼロッテがつけているのは、その代わりと言わんばかりの薄い色のサングラス。
 記憶を取り戻し、騒動が一区切りして心境も落ち着いたので、もうその眼鏡はしていない。実はこの眼鏡は師匠である墓の主がつけていたものだったりする。
「行ってきます……」
 最後に呟いた名は、小さくて聞き取れなかったが。
 きっと墓の主には届いただろう。木漏れ日から漏れた光が、古い眼鏡に当たり、きらりと輝かせたのだった。


●復興のために
 ベスティアは未来の世界の復興に尽力を尽くしていた。
「ベス、喜んで下さい! かなり条件は厳しいのですが、ベスの提案した件が採用されました!」
 グラウェルが嬉しそうにベスティアのいる部屋までやってきた。
 今、グラウェル達の居る研究所の一室に住まわせて貰っている。そこから、政府の仕事……というか、ゾンビ掃討をメインに請け負っていた。
 それでも帰ってくるのは、この場所だ。
 いやそれよりも。
「……ベスが提案した、移住のやつ?」
 そう、ベスティアは未来政府にある提案をしていた。

『人が減った分は連れて来ればいい。町や国を直すのには人手がいる』

 人口が減り過ぎている未来世界。各種インフラの崩壊や自然環境を元に戻すのはとてつもなく大変だ。だから、大正時代の人間を未来に移住させ、数世代にわたって人口の回復と環境の再生を行わせてはと、ダメ元で提案していたのだ。
 その影で、勘九郎の祖父の助力があったことは、言うまでもない。

「ええ、そうですよ。今、桜塚特務部隊の皆さんが調整を行ってまして、条件は厳しいのですが、既に移住したいという方が少しずつ増えているそうです」
 そうなれば、また未来も住みやすくなるだろう。
「その代わり、私達のように記憶を消して来ることが条件になるそうです」
 アナザーと似たような状況になるそうだ。しばらくは監視もつけられるのだそう。
「ベス?」
 下を俯き、ぷるぷると震えるベスにグラウェルが問いかける。
「どうかしたんですか? お腹が空きましたか?」
「違う……その、なんかこう……胸がぽかぽかする……」
 頬を染めて、少し興奮気味のベスティアに、グラウェルは驚きながらも。
「……胸がぽかぽか……そうですか。それよりも私は誇らしいです。ベスの考えたことがこうして政府に認められたのですから」
「……認め……られた……」
「ええ。……そうだ。ベス、今日はお祝いしましょう。ベスの好きなステーキとケーキを買ってきましょう。それに、カレンもこっちに来ると言ってましたから、一緒にお祝いしましょう」
「うんっ!! 肉は厚めにレアで!」
 ベスティアはそういって嬉しそうに、グラウェル達と一緒に買い物に出かけるのであった。


●遠い未来の片隅で
『えっさ、ほいさ』
『ロボットつくるー』
『えっさ、ほいさ』
『いーっぱい、つくるー!』
 小さなロボット達が、工業用ロボットを次々と生み出していった。
「ちびロボさん達、頑張ってるね」
 シャーロットは消えずに残った『アルターロジック』を使って、工業用ロボットや、今後の生活に必要な物資を作っていた。依頼者はあの政府からだったり。
 あれから数年が経って、短かった金髪も長くなっていた。今は邪魔にならないよう一つにまとめてポニーテールにしている。
「そうだ、カレンさんやグラウェルがしんどいなら、ゆっくり休めるよう、安眠できるお休みポッドでも作ってあげようかな? あのとき、僕はなにも出来なかったし」
 これは良い考えと、さっそく思い浮かんだポッドの図面を引き始める。
 そんなシャーロットの首には、銀色のロケットペンダントが提げられていた。
 いや、それだけではない。
「シャーロット、そろそろ休憩の時間だよ」
「ルーカス!」
 あの後、冷凍から目覚めたルーカスは、見事、復活を遂げていた。
 ゾンビでいた期間が長かった所為か、足で歩くことは出来なくなっていたが、それ以外については何も問題なく過ごしている。
「ルーカスもお疲れ様。一段落したら、休憩にしよう」
「だから、働き詰めはいけないよ」
 ルーカスは冷たいお茶とおやつを膝に乗せて持ってきた。
「……そうだね。ああ、僕もこれ作ってみたんだよ」
 そういって、シャーロットが取り出したのは、試作段階の薬。
 しかも……。
「色が紫……なんだけど?」
「良かったら、飲んでくれる? 大丈夫! 味は美味しいと思うよ!……副作用? うん、それはちょっとまだわからないかな」
「それは流石にダメだろ!」
「あははは! やっぱり、ダメ?」
 大切なルーカスと共に、シャーロットは楽しく暮らしている。
 まだ、足りない物はたくさんあるけど。

「これからも、僕は、ここで生きていく」

 薬指には銀色の指輪。そして、銀のロケットには、シャーロットとルーカスの写真が収められていたのだった。


●奉納した刀と神嫁のゆく先
 共に戦った脇差し——月読。
 紀美子はそれを大切そうに、神社の本殿に奉納した。
 それだけではない、部屋から持ってきた琴をわざわざ本殿に持ってきて、ヴィンと鳴らす。
「さて……いよいよ本番! あたしのこれまでの練習の成果、見せたげる!」
 紀美子は意気込んで、琴に向かう。そして、つま弾くのは今までしっかり練習した、神前に捧げる曲。
 厳かな空間に、凜とした琴の音が響き渡った。

 ——本当にありがとうございました。神よ、我らが祖先よ。今、この刀をお返しします。

 そんな感謝の言葉も込めて、心を込めて曲を弾いていた。
 その周りには、紀美子の神通力がもたらしたのか、かつての神嫁達が姿を現し、その様子を暖かく見守っていた。
『一番元気なのは、紀美子ちゃんだよねー!』
 と、神嫁の一人が呟いた。
 それが紀美子にも届いたのか、一瞬ぴくっと反応したが、何とか最後まで曲を弾き終えたのだった。

 刀を奉納した後は……。
『これが数年後の世界ですか』
『わぁ! 見てみて! 可愛い子いっぱいいるよ!』
『素敵な服だわ、ねぇ生地は何を使っているの?』
『キャラメル、なるものを食べてみたいので、紀美子さん、食べてくれませんか?』
 紀美子は平和を取り戻した町を歩きながら、目指すは晴美のいる甘味処。
「……も、もうーっ!! 少し静かにして下さーいっ!!」
 思わず大声を上げてしまった。ちなみに上記の会話は、紀美子の脳内で繰り広げられている。すなわち、今、突然町で大声をあげる少女になってしまったのだ、紀美子は。
「あ、えっと……すみませーんっ!!」
 恥ずかしそうにダッシュで甘味処に到着!
「あれ? きみきみどうしたの? 息切らして」
「え、あ……えっと、キャラメル入ってるパフェください」
「はーい! 好きな席座って、待っててねー!」
 しゅーっと、あのローラー靴を使って、お客様の注文に応えている。
「あら、紀美子ちゃん!」
「桜子さん!」
 そこに桜子がやってきた。
「よかったら、一緒に食べない? 紀美子ちゃんと話もしたいし」
「もちろん、一緒に食べましょう!」
 そのまま同じ席に座り、二人でパフェを待つ。ちなみに桜子が頼んだのは苺パフェだ。
「そういえば、紀美子ちゃんは今、何をしてるの?」
 学校を卒業した今、紀美子はと言うと。
「今のあたし? 花嫁修業してるの!」
 ばーんと言わんばかりにえっへんする紀美子に、桜子はにこにこと話を促す。
「今になると恥ずかしい話なんだけどね? あたし、どうせ死ぬからって好きなことしかしてこなかったのよね。一生懸命やったのは琴と勉強ぐらい。だから……その、恥ずかしながら料理とかちゃんとやってこなかったし。そもそも、あたしの夢、好きな人のお嫁さんになることだし! 花角先生も小説内で語られていたわ「命短し恋せよ乙女」ってね! だから、花嫁修業頑張って、いい人見つけるわよー!」
 そういう紀美子に、桜子は素敵ねと微笑む。
「そういえば、桜子さんは何してるんですか?」
「そうね……紀美子ちゃんと同じ感じかしら。でも、あの事件のことを考えると……看護師を目指すのも良いのかと思って、今はその勉強も始めてるの」
 どうやら、桜子も頑張っているようだ。
「はい、お二人さん! ウチの美味しいパフェ、ゆっくり堪能してね!」
 晴美の持ってきたパフェに喜びながら、美味しそうに二人は甘味を味わったのだった。

●忙しい毎日と父との墓参り
 ふみは、桜塚特務部隊で、毎日忙しく働いていた。
 ふみに与えられた仕事は、主に帝都復興を円滑すべく、町の人達の悩みや不安を聞き取り、不足がないかを判断すること。
 また、未来政府からもたらされた物資を配布する際も、率先して行っている。
 そのため……。
「やあ、ふみちゃん、今日も元気だね」
「あ、ふみちゃんだーこんにちはー!」
「みんな、こんにちはっ!!」
 軍服を着ても着なくても、こうして、町民に親しまれる存在になっていた。
 特に、ふみが重点を置いているのは、遊郭など下層の、手が回り難い場所への声かけで、同じ女性には優先して声をかけている。
「困ってることはありませんか?」
 軍部で余った日用品を手に、休みの日だというに声をかけている。
「ありがとう……すまないけど、いつも使うあれ、ないかい? ちょっと切らしてしまってね」
「よかった、丁度、ここにありますよ。どうぞ、使ってください」
「ふみちゃん、遊ぼーっ!!」
 よく子供相手に遊ぶので、子供達にも好かれている人気者だ。
「ごめんね、今日はこの後、父さんと約束してるの。また今度ね」
「うん、分かった!」
 子供達と別れて、ふみはとある喫茶店に入っていく。
「もういいのか、ふみ」
 そこには、隠居中の重造がそこにいた。とはいっても、部隊の事が気になるらしく、辞めたというのにちょくちょく顔を出している。
「うん、大丈夫だよ。待たせちゃったかな?」
「いや、久し振りに甘い物を楽しめたよ」
 ふみも食べるかと尋ねれば、食べてたら夜になっちゃうと、重造を早くと急かしていく。

 二人が向かった先。
 そこは、ふみの母親が眠る墓地だった。
 二人は墓に生前好きだった花を手向け、水をかけて、墓石を清めていく。
「ねえ、お父さん。お母さんとのなれ初め聞きたいな」
「え? なれ初めといわれてもな……」
「お母さん、内気そうに見えて、意外と積極的だったから、お父さんを罠にかけて、押し倒したとかありそう♪」
 まさかそんなことないよなーとふみが言った途端。
「な、なんで知ってるんだ? いや、聞いてたのか!?」
 狼狽する貴重な父親の姿を見られて、ふみは。
「……まさか、当てちゃうとは思わなかったけど……そうだったんだ……」
「う、ごほんごほん……このことは、周には内密にな」
 ふみは思う……きっと、周のお母さんも同じような事されて、やられちゃったんじゃないかと。
「兄さんのお母さんの話を聞いて、私もってなったのかな?」
 それは聞いてみないと分からないが、真相は闇の中だ。なぜなら、その人はこの世にいないのだから。
「何か言ったか?」
「ううん、なにも!」
 誤魔化すように、ふみは線香をつけると、墓に語りかけ始めた。
「お母さん、約束通りお父さんを連れてきたよ。いろいろあったけど……私は元気で頑張ってるから、安心してね」
 そういうふみの頭をぽんぽんして、重造もふみと一緒に手を合わせる。
 一通り、お参りが終わった後で。
「……ところで、ふみには気になった相手はいないのか?」
「えっ!?」
「ほら、周はああだし、せめてふみには、結婚式を挙げさせたい。私が死ぬ前にな」
 妙な圧力を感じつつも。
「そうだね、兄さんと四葉さんの仲睦まじいのは憧れだけど……」
「ま、まさか、ふみも女と出来てるってことはないよな?」
「ないない!! というか、そもそも、まだ相手もいないよ」
「……なら、さっさと相手を見つけないと……孫が抱けない」
「……ん?」
 ふみの足が止まった。
「ちょっと待って、相手は自分で見つけるからね! お父さんは静かに待ってて」
「いや、でもなあ……」
 ふみの「待ってて」という凄みに、少したじたじになりながらも、重造はなんとか諦めたようだ。……本当に諦めたかは謎だが。
「はあ……私にも恰好良い王子様、来ないかなぁ……」
 そうふみは、大切な父と一緒に夕焼け空を見上げながら、一緒の家へと戻っていくのであった。


●二人っきりの新婚生活
 めでたく、牽牛星と雅菊はゴールインした。
 とはいっても、帝都では未だ同性婚は認められてはいないので、書面上では、タダの同棲だったりする。
 だが、せめてと帝がこっそり用意した特別な婚姻届によって、認められていた。
 帝の印が押された特別なそれは、神棚の奥に仕舞われている。
 元々、雅菊は必要な金銭は貯蓄していたため、余裕はあったのだが。
「共働きで!!」
 と、牽牛星が説得したからに他ならない。
 1年目は復興に携わりながら、警官として職務をこなしていたが……。
「……雅菊さん……これ、どういうことばい……?」
「私を信じろ。ったく、心配性だな」
 見つけた相当額の通帳を見つけて、牽牛星は驚くことになる。
 そのため、2年目からは、警官を辞めて、牽牛星も主夫兼、雅菊の運び屋の手伝いをするようになった。

 そして、穏やかな日々が過ぎていく。
「朝ご飯出来ましたよ、雅菊さん。あと今日のお弁当ば、ここに置いておきますけんね」
 とても美味しそうなお弁当箱に蓋をして、きゅっとランチマットで包んでいく。
 牽牛星は、こんな風に誰もが羨むほどの主夫力を発揮して、頑張っているのだが。
「あれから……数年経ちましたけど、私はちゃんと雅菊さんの役に立ててますか?」
 時折、不安に駆られて、牽牛星はそう尋ねてしまう。
 その度に雅菊は、何を言っているんだと言わんばかりに。
「あ? 数年前から役に立ってるよ」
 そのまま後ろから強く抱きしめ、そのまま牽牛星の唇を奪ったのだった。

「……目指すは、あの黒猫だっ!!」
「おー……??」
 未来ではかなりのシェアを持っていたあの宅急便は、まだ帝都には生まれていない。
 今のうちに雅菊は、自分の事業をしっかりとした物にしたいようだ。
 彼らの戦い(?)はまだまだ続く……ようである。


●幸せな家族の営み
 太助とふわは墓参りの数ヶ月後、盛大な結婚式を挙げて、幸せな家庭を築いていた。
 太助は相変わらず、帝都の復興に全力を尽くす毎日。
 あのとき目覚めた『大局を見る目』は、時を戻す効力こそ失われたが、仕事力としては健在で、これまでより広い視野で仕事が出来るようになっていた。
 ふわもあの後、すぐに生まれた双子の育児に目が回る忙しさである。
 慣れない育児では、キヨや父のチドリの手を借りながら、精一杯愛情を注いで、二人を育てていた。
「ほーら、高い高い!!」
「きゃははは!」
 チドリは妬鬼姫と戦った後、若返ったかのように年齢を重ねつつも、その身体は衰えることも無く、こうして、ふわの元気な双子達の相手をしていた。
「こっちは俺に任せて、ふわは夕食頼む!」
 そう笑顔で声をかけるチドリに、ふわは少し照れたように。
「パパ、ありがとね」
 と、溢す。ふわは長年、父親がいないと思っていた為、未だに上手く甘えられないのだ。
 そんなはにかむ娘にチドリは。
「礼を言うのは俺の方でさぁ。……ありがとな、俺の可愛い娘さん」
 そう告げると、満更でもない表情で手を振り、双子の相手を続ける。
 一方、ふわはそのまま自宅のキッチンへと向かった。
 そして取り出したるは包丁……ではなく。
「鬼斬丸、今日もお願いね!」
 いつになく真剣な眼差し。仕方ない。今日はこれから大事な行事があるのだから。
「はあっ!!」
 華麗にふわは、材料を切り刻み。炊きたてのご飯にそれらをまぶす。
 出来たのは、美味しそうな五目寿司。
 それに用意した飲み物や……。
「後は太助さんが帰ってくるだけなんだけど……」
 思わず、ふわは時計を見ながら、皆が来る準備を整えていた。

「すみません、困ったことが起きまして……」
 もうすぐ終業時間だというのに、役所に一人のおばさんがやってきた。
「どうし……」
 太助が反射的に向かおうとする前に、太助の同僚達が我先にと、おばさんの元へ向かっていった。
「え?」
 呆けている太助に同僚達は次々に。
「ここは俺に任せて先に行け」
「仕事の代わりはいても、お父さんの代わりはいないんですよっ」
 その気持ちを受け取り、太助は彼らに頭を下げると。
「ありがとう、皆……」
 そう告げて、そのまま急いで帰路についたのだった。

 結論から言うと、太助が帰ってきたときにはもうパーティーは始まっていた。
 だが、始まったばかりであったため、それほど気になる遅刻でもない。
 いつもはもっと遅くなったりすることが多かったから。
 キヨもいつもの仲間達もやってきている。
「ただいま!」

 今日は太助とふわの双子の子供、『太美(たみ)』と『和(かず)』の誕生日だ。
 名前の由来は、太美が太助の一文字と住民の民から、和はかつて、ふわが妬鬼姫に叫んだあのときの言葉の答えとして、名付けていた。
 太助は任務でもあった誕生日ケーキをしっかりと持ち帰って、子供達だけで無くふわにも褒められていた。
 盛大なパーティーの中、ふわは。
「うまれてきてくれてありがとう」
 そういって、二人を抱きしめ、その頬にキスをする。
「お父さんもキスするでござ……げふ!」
「パパはいやー!」「ママだけでいいよー」
 ちょっと冷たかったけど、太助のハグは受け入れてくれた模様。
 そんな温かい毎日が彼らと共に過ぎてゆく……。

 ——この先、どんなことがあっても必ず守り抜くよ。

 太助は改めて、家族を抱きしめながら、そう誓うのだった。


●卒業と名誉と帝と
 そして、14年後。
 アルフィナーシャは、優秀な成績で大学院を卒業。
 数年前から勃発していた、故郷での内戦が終結した。
 ズヴェズターグラート共和国は、自治権を得て、樹立。
 戦犯として処刑された、侯爵やアルフィナーシャの父をはじめとした人々の名誉が回復された。
 共和国より招聘を受けたアルフィナーシャだったが、それを固辞。
 自分の手を汚していないのが主な理由だが、帝の手伝いをしたいという気持ちの方が大きかったからであった。
「せっかく故郷に帰れたのに……よかったんですか?」
 そういう現帝に、アルフィナーシャは。
「いいのです。それに、約束しましたから」
「約束?」
「ええ、約束です」
 その内容までは言わなかったが、アルフィナーシャは、帝都で現帝……いや。
「慶仁様、わたくし、やっと、帝の力になれる立場になれて嬉しいのです。これからもどうぞ、よろしくお願いしますね」
 そう、アルフィナーシャはこの帝都で、帝を支える女官の一人として、入官することができたのだ。それだけでも嬉しい。かつて亡くなった后と約束したことを果たせたのだから。
「……私は」
「……?」
 帝はそっと、アルフィナーシャの手を取り、真剣な眼差しで。
「私はこうして、いつものように話し相手になっていただければ、それでよかったのです」
「で、ですが……わたくしはその、子供が出来ない身体になってますし」
「それがどうかしましたか? どうしても子供が欲しいのであれば、養子をとれば良いのです」
「な、何を言っているんですか!?」
「アーシャ……私はあなたと一緒になりたい」
「そ、それは……その……」
「いけませんか? あなたは誰よりもずっと、頑張ってくれた。だから、私はあなたを私の伴侶として迎えたいのです」
「で、でも……」
 困惑するアルフィナーシャ。
 その日は誤魔化したが、毎日アタックしてくる帝に最終的には絆される形で、結婚することになり。
「え……に、妊娠……!? ほ、本当ですの……!?」
 子供も無事、宿すことが出来た。
 どうやら、数年前に感じたあの喪失感は、神通力だけであり、子供が出来ない身体にはならなかったようだ。
 そのことに安堵しながら、アルフィナーシャは、次の時代の帝と姫を産むこととなる。

●百合のお守りと
 月太郎は20歳になっていた。短かった髪を伸ばすようになって、性別を間違われることもなくなっていた。
 そして、今は芸術家として活動しており、絵画から彫刻に衣服、果ては建築デザインと幅広く手を出している。特に花をモチーフにしたデザインが多く、それらは女性からの評判もよかった。
 そんな月太郎は今、ある墓地を訪れていた。
「良いお天気……お話しするには良い日ですね」
「月ちゃーん、水持ってきた!」
「ありがとう、涼介さん」
 月太郎は、あの涼介と一緒にここへ来ている。その訳は直ぐに分かった。
 二人が来たのは、『山本』と刻まれた墓石の前。
 そう、百合の月命日にこうして、会いに来たのだ。
 花を飾り、水をかけて墓石を洗い流すと。
 月太郎は改めて、墓石と対峙する。
「こんにちは。今日はふたつ、お伝えしたいことがあって……ひとつ目は百合さんのお守りが遂に完成したんです!」
 そういって、取り出したのは、華奢なガラス瓶の中に、絹糸の百合の花が一輪入ったハーバリウムだった。ボトルシップの要領で、瓶の中でかぎ針で編んだという月太郎しかできない、とてつもない技術を盛り込んだ代物だ。
「ほら、とっても綺麗に作れたでしょう? 材料集めには、周さんが沢山手伝ってくれたんです」
 そっと、お墓の前に置いて、嬉しそうに笑みを浮かべる。
「それで、ふたつ目は……年が明けたら私、お嫁に行くんです。百合さんのお姉さんになるから、親友以上になれましたね?」
 そういって、隣で見守る涼介を見上げる。そう、月太郎は、涼介と結婚することになっていた。
 遠い日の百合との指切りを思い出し、懐かしさに瞳を細める。
「小さい頃の私は、体が弱くて……大人になることすら叶わないと思ってて。こうして今、元気な体で沢山の人と繋がりを持てたことは本当に幸せです。……それでも」
 そう呟いて、月太郎は目を伏せた。
「私は……あなたと一緒に、大人になりたかった」
 出来たばかりの百合へのハーバリウムに触れながら、月太郎の笑みは少し泣きそうになっていて。それに気付いた涼介もまた、あわわと慌てつつ。
「また、会いに来ますね。それから……」
 大丈夫と涼介に声をかけてから、もう一度、改めて、墓石に語りかけた。

「いつかあなたから……会いに来てくれる日を、いつまでも待ってます」

 それはそう遠くない時期にその約束は果たされるのだが……それもまた、別の話。
 月太郎はそっと肩を抱きしめてくれる涼介と共に、満足げな笑みを零しながら、その墓地を後にしたのだった。
 その頬に、降るはずのない、ひとしずくの雨を残しながら……幸せそうに。


●帝都での暗躍
 20年後の帝都で、剣士と周は相変わらず、特殊任務に当たっていた。
 あの戦いの影響か、体力はあまり落ちず、体型もそのままを維持している。
「久々の作戦ですね。いつも通り僕が先鋒で良いですか」
「構わない」
 近頃、帝都に台頭してきた海外の反社勢力が帝都を騒がしているとの情報が帝の元に届いたそうだ。今回、剣士と周に割り振られた任務は、彼らの拠点へ潜入し、破壊工作を施す事。

 周は、剣士の横へそっと寄り添う。
 煌々とした月光に照らされた剣士の双眸が、背筋が凍るほどに美しく見えた。
「ふふ、今日も素敵ですね。四葉中尉」
「作戦前だ」
「分かっています。予定より少々早いですが、始めましょうか」
「突入のタイミングは、冷泉少尉に任せる」
「了解」
 互いに軽く視線を合わせた刹那、静かな殺意が空間を侵蝕する。
 予め施した細工で停電させ、二人はするりと闇へと溶け込んでいく。
 突入と同時に怒号と銃声が響き渡るが、その激しい音は少しずつ消えゆき。
 ……やがて訪れた、深海のような静寂が辺りを包み込んでいく。
「作戦成功だ」
「……はい」
 規則的に滴る水音。転がる肉塊。床を染める鬼灯を潰したような血。
 周は、そこに凛と佇む剣士に思わず、目を奪われていた。

 ——剣士……あなたと一緒にいられるなら、僕の墓標に名はいらない。


●そして、完成した本は……
 あれからどれだけの時が過ぎたのだろう。
「そうですか……未来、へ」
 いよいよ、長らく開いていたゲートが閉じる時が来た。
 既に未来には、この世界へと行ける原理は、確立しているらしい。
 しかし、それを現実にするには、もう少し時間が掛かるという。
 歌風はふと、空を見上げて。
「私は物書きです。みなさんのいた『未来』という世界を空想しては思いを馳せ、その妄想を文字として綴るのが趣味の……言ってしまえば空想家です」
 そして、帰還する未来の、アナザー達を見た。
「しかし同時に、私は今を生きる人間でもあります。この歴史は、誰かが語り継いでいかなくてはならない……いや、その責任がある」
 そういって、歌風は僅かに表情を緩ませた。
「未来でまた逢いましょう。数年、数百年先かはわかりませんが。次は『本』の中で!」 この戦いの記録を本として遺す。
 同時に、これから現代に残った仲間が歩むそれぞれの『歴史』を綴り続ける。

 ——そうだ。

「タイトルだけ、お教えしておきます。未来に帰ったら探してください。今に生きる私たちと、未来に生きるあなたたちと繋がれる『もう一つの世界』」

 ——『アナザープレヱス』と。




●桜の見える公園で
 チドリは、自分が歳を重ねても老けること無く、生き続けることに早い時期から気付いていた。恐らく妬鬼姫と交わったことで、このようなことになったのだろうと考えている。グラウェルも原因を突き止めようとしたが、流石にこれまでは把握できなかったらしく、後でかなり謝られたのは、少し面白かった。

 その代わり……事件を通じて、帝と縁が結ばれたのを良いことに、仲間には言わず、人知れず、『鬼と交わり長寿を得た秘匿すべき人間』と国の庇護を得ることに成功していた。

 そして、予期していたことが起きてしまった。いや、起きるべくして起きたとも言うべきか。
「おまえのライスカレー、美味かったぜ」
 90年という長寿を全うする更谷から、その言葉を受け取ることになったのだ。
「最期までそれですか、サラさんらしい」
 更谷の最後は枕元で見送って。

 何人もの仲間達をそうして、見送っていった。
 更谷だけではない、家族の……ふわ達の子孫までも、影ながら見守っていた。
 仲間達の墓参りは、欠かすことのない日課となりつつある。
「アンタの孫は立派にやってまさぁ。そっちはどうです?」
 そう、墓石に語りかけながら……。

 もちろん、チドリも生きて行くには、仕事が必要だ。
 磨き続けた技術で写真賞を総ナメにしたり、歌舞伎町の伝説のホストになったり、皇室との繋がりでSPの職を得たり……。
 そうして生きる数十年。

 約100年後の2021年に、それは訪れた。

 都心の小さな公園のベンチでチドリは舞い散る桜の花を見上げていた。
 そこはかつて、妬鬼姫と共に過ごした診療所の跡地。
「ここも随分と様変わりしちまってさぁ」
 心が疲れた時には、チドリはよく此処に来る。
 国からの庇護により戸籍などに不自由はなくても、不老のまま『生きる』に疲れたことは何度もあった。
 そのたび『落とし物』のデジカメ、その中に今も生き生きと輝く仲間達の写真を見て迷いを払っていった。

 ——待つと決めた。例え何百年かかっても、たった一人心を渡した女を。
 ——あの日さよならを告げた女に、贖罪と愛を請う為に。

 ふと、隣に誰かが座る気配を感じた。
「酔狂な男よの。……随分と待たせたか」
 その声は、出会ったときよりも幾分……いや、かなり若く感じられた。
 聞こえた声に一瞬固まって、それからじわじわと胸に熱が広がっていく。
「……いいえ。俺も、今来たところです」
「それにしても……んー確か、さ……なんとかと言ったか?」
「サラさんのことですかい」
「そう、この記事、そいつが書いたものだろう? ホラが多くて仕方ない」
 彼女が取り出したのは、【伝説のホストがいた街】という題名のルポが掲載された雑誌だ。それは更谷の子孫であるルポライターが書いたものなのだが。
「はははっ!! 正しくは、サラさんの子孫ですがね。けど、半分は正しいですよ」
「やっぱり嘘、書いてる」
 と、なにやら素が出てきた。
「あ、いや、嘘を……書いているのだな」
「おやおや、いつもの口調はどこにいっちまいましたか?」
 そのチドリの言葉にむすっとした。改めて隣にいる少女を見た。確か都内の高校の制服だったかと、チドリは思い返す。
 長い茶髪をそのままに、猫のようなつり目は、あのときと同じ色を見せていたが。
「だって……あの口調しないと気付いてくれないと思ったんだもん……」
 どうみても、それは人間のそれだった。月のように白い肌。赤……くはないが、少しだけ癖のある長い茶髪に、やや短すぎるスカート。胸元が見え隠れするセーラー服に思わず、目が奪われて。
「こら! 見るでないっ!!」
「こればっかりは、貴女の……いや、そろそろ名前を聞かせていただけますか? 俺は漣チドリと申します」
「……それは知ってる」
 彼女は手に持っていた雑誌を大事そうに抱えながら。
「山吹つき子……それが今生の、名だ」
 そう、照れたように答えた。
「そうですか。じゃあ、この夜空に浮かぶつきのようですね。今宵は本当に」
 チドリはそこで言葉を句切って告げた。
「本当に……綺麗だ、なにもかも」
 その瞳に恨みの色がないことに安堵し、手を伸ばす。
 この奇跡が壊れてしまわぬよう、強く腕の中に閉じ込める。
 確かにそこにあるぬくもりを感じながら、止まっていた自分の中の時計が再び動き出す音を聞いたような気がした。

今回のMVP

桐野 黒刃
(AP007)

リーゼロッテ・クグミヤ
(AP018)

三ノ宮 歌風
(AP026)

一 ふみ
(AP022)

今回の獲得リスト

シャーロット・パーシヴァル 祝賀会に参加・ルーカスと未来へ・結婚指輪と銀のロケット
秋茜 蓮 猫のグンソーと共に・怪盗スカーキャット!
御薬袋 彩葉 塩プリンをどうぞ!・黒刃さんに勾玉ジャストミート・もうすぐ黒刃さんと結婚!
冷泉 周 称号「桜塚特務部隊・少尉」・剣士と共に・剣士の部屋の鍵
九角 吉兆 桜塚特務部隊でがんばってます!・小魚とチキンの骨がエネルギー源?・葉月から預かったボイスレコーダー
雀部 勘九郎 ベスとの別れ・帝都大学で勉強中・ベスティアからもらったリボン
桐野 黒刃 劇団オーナー兼団長・彩葉ともうすぐ……・彩葉からの大切な勾玉と手紙
鏤鎬 錫鍍 ゲートの改造のお手伝い・祝賀会でブリキのからくりを披露・歌風と共にブリキ電話作成!
堂本 星歌 カレンの為にゲート改造!・グラウェルの元で研究員に
昴 葉月 ボイスレコーダーを仲間に渡して・未来で奮戦・その後仲間と帝都へ
如月 陽葵 迎賓館の心のより所・祝賀会で歌を披露・壊れたライブ場復活!
古守 紀美子 神嫁制度廃止!・月読は神社に奉納・神嫁様達と一緒!?・花嫁修業始めました
天花寺 雅菊 牽牛星と同棲・目指すは大手配達屋!・牽牛星からの愛妻(?)弁当
櫛笠 牽牛星 注射は苦手!・警官から主夫兼運び屋の手伝いへ・雅菊と同棲・雅菊からもらったキーホルダー
氷桐 怜一 帝都に残ることに・4人と仲良し・妻と子ができました!
十柱 境 記憶は希望者のみ戻すことに・未来で画家になる・悟に絵画を託す
井上 ハル 祝賀会でラヂオ焼き・その後は帝都のある大阪で元祖たこ焼き店を営む・草薙の剣のレプリカ
リーゼロッテ・クグミヤ 称号「祝賀会の影の立役者」・未来の世界で傭兵に・形見の眼鏡は師匠の墓へ
神崎 しのぶ 帝都に残ることに・闇医者から親しまれる医者へ・日本各地を回って救済の旅へ
アルフィナーシャ・ズヴェズターグラート 力を失うも努力で大学院を卒業・父達の名誉回復・帝と結婚!
八女 更谷 カレンを救うために奮闘!・カレンとお付き合いからの結婚!・チドリにカレーをたかる
一 ふみ 祝賀会に参加・帝にお願い!・桜塚特務部隊のアイドル♪・父と墓参り・天からの落とし物コレクション
役所 太助 ふわとのプロポーズ成功!・ふわと結婚して双子のお父さんに・役所で忙しく働いてます
山田 ふわ 太助とのプロポーズ・その後結婚して双子のお母さんに・鬼斬丸は包丁!?
有島 千代 カレンの情報提供・家族との再会・4人と仲良し・ひったくり犯捕縛!・交易商の手伝い
三ノ宮 歌風 アナプレの作者!?・携帯電話の基礎を構築
菊川 正之助 怜一の告白に驚きつつも・4人と仲良し・あれ? 相変わらずの生活です・秘密の手紙
結城 悟 グラウェルに花束を・花言葉は『真の友情』・医者を目指して・境から貰った絵画
春風 いづる 帝に思い出のお届け・探偵さんは忙しい!・八咫鏡のレプリカ
漣 チドリ カレンを救うために・祝賀会でキヨに写真のプレゼント他・ふわ家族とともに・遙かなる時を超えて
遠野 栞 家族との再会・4人と仲良し・音楽学校に通いつつ診療所のお手伝い・菊川先生何か隠してる?・光の孫の写真
四葉 剣士 称号「桜塚特務部隊新隊長・中尉」・周と共に
ベスティア・ジェヴォーダン カレンを救うために奮闘!・勘九郎との別れ・ゾンビ掃討しつつ復興協力・勘九郎から貰ったメッセージボール
大久 月太郎 ゲート改造に尽力・涼介といろいろあって結婚へ・完成した百合のお守り

マスターより
 お、終わったああああああ!!!
 ではなくて。

 大変、ずるずるとかなーりお待たせいたしました!! やっとアナプレ、最後の結果文章のお届けです!!
 いかがでしたか? もう、驚きを通り越したチドリさんとか月太郎さんとかはともかく、怜一さんのあのアクションには、ふおっと言わされましたけど、これでもかっ!! というくらい、もりもりのかきかきでやってみました!
 っていうか、歌風さんは、私ですか!?(違います)
 少しでも皆さんに喜んでいただけると幸いです。
 ただ、アクションが届かなかった方とか、アクションが少し薄い方とかは、それほど多くは書かずにおいています。それと、こっちで拡大解釈して、恐らく意図した展開にならなかったという方もいらっしゃるかもしれません。すみませんが、ご了承下さると助かります。

 ということで、全6回、いかがでしたでしょうか?
 いろいろと、細かな問題はありましたが、最後まで駆け抜けることが出来ました。
 これもひとえに参加して下さった皆様がいてくれたお陰、本当にありがとうございました。
 ですが、まだ終わりませんよ!

 メモリアルブックにCDの販売が控えています。
 特にメモリアルブックは、皆さんの投稿が反映されますので、もしよろしければ、購入だけでなく、そちらでも楽しんでいただけたらと思います。
 ちなみに、既にkatsuさんから全PCさんのバストアップ掲載は確約していますし、メモリアルブックのスペシャル版(通称、SP版)では、費用はかかりますが、なもまるさんによるPCさんの書き下ろしピンナップ(のイラストが入った絵はがき5枚入り)が同梱される予定です。あ、SP版はプレイヤーさんのみ購入できるものになりますので、後でメールでもお知らせしますね。
 とにかく、終わってもまだまだ楽しんでいただければと思います!!

 それと、次回作に関してですが……詳しいことはメモリアルブックや後日控えているツイキャスとかでお話ししようと思います。ですが、ここでは「やりたい」とだけ、伝えておきますね。ふふふ。

 あっと、それと実況担当のふわさんから連絡がありまして。
 今週の水曜日に、な、なんと!! 「生放送での実況」を行ってくれるそうです!! な、なんだってーーーっ!!
 こちらもお楽しみにっ!!

 わわ、言い忘れてました!!
 平日のお昼になるのですが、短めのツイキャス放送をかざやんからお届けする予定です。詳しいことは公式Twitter等でお知らせするので、そちらをチェックお願いします。Twitterで質問のあったことにも触れていきますので、こちらもどうぞ。
 アーカイブも残しますので、聞き逃した方も安心ですよー♪

 それでは、今日はこの辺で。
 最後まで参加して下さり、ありがとうございました!!